第34話 事業案
最初のうちは知るべくもなかったけれど、公爵家に仕えているということが、この世界ではステイタスになるというのは便利なものだ。
特にこの公爵領の中では大手を振って歩けるレベルらしい。
現代日本社会でいうと、一部上場大企業か官公庁に就職くらいの社会的信用を得られるらしい。
身元がしっかりしていて、仕事ができないとまず公爵家などという高位貴族に紹介をしてもらえないし、採用もしてもらえないからであるが。
そしてそれが、今回の第三者と会う時にも有利になるとは気づかなった。
その利点に気づいたのは、私をその事業者に引き合わせてくれたセイラ先生のおかげでもあったのだけれど。
リベラルタスに対して私を紹介してくれた時も、セイラ先生は私を、公爵家に仕えている優秀な存在と紹介してくれていた。
今回、セイラ先生の引き合わせで、私から権利を買いたいと最初に声を掛けてきた人と会うことになった時も、それで私を信用したようだった。
「初めまして。マルコーと申します。よろしくお願いいたします」
マルコーなる人はセイラ先生にコネをつけて、私に話を繋げたくらいなのだから、それなりにやり手なのだろうし、身元もちゃんとしているのだろう。見た目的にはやり手には見えないけれど、人は見た目によらないと私は知っている。
丸い眼鏡がよく似合う、ご本人も丸顔で丸い体形のおじさんは、鼻の下のちょび髭をもぞもぞ動かしながら挨拶をしてくれた。こちらからも名乗って挨拶をして、いよいよ腹の探り合いが始まった。
「実は私は天然ガスを利用し、自分で事業を起こそうと思っていました。お幾らで購入されるつもりでしたか?」
詳しいことを相手に言うつもりはないが、アドバルーンと同じ仕組みで気球を作り、それに人を乗せることで観覧料を取ろうということは考えていたのだから嘘ではない。
自分の権利を譲ることで、私が仮に自分でこの事業を起こす上での不利益はどうなるか、権利の限度も自分ではわからないから、この話し合いで探るつもりだ。
彼がいう値段は思ったより高く、これがどうしても欲しいという相手の意図を察することができた。
「マルコー様のほうで、これらの事業をもっと大きく伸ばすつもりがあるのなら、私の持つ権利はお譲りするつもりですが……私の権利だけでは足りませんよね?」
じらしてみて、相手の出方をうかがう。
お前がやろうとしていることは、なんだ? さっさと言え。
露骨にはそうは言わないけれど、暗にそう圧力をかけてやる。
出されたお茶を両手で持って、猫背でお茶を飲んでいるマルコーをうかがうように見つめれば、思ったよりあっさりと頷かれた。
「ええ、もちろん、リリアンヌ様の権利だけでなく、他の方の権利もまとめて譲っていただけたらとは思っております」
それはリベラルタスや銀の鹿と小さじ亭が持っている権利だろうか。
本気で根こそぎだなぁ、と思うと同時に、そちらの方にも権利の譲渡を願い出ていたことを、セイラ先生が言ってなかったのは、最初から断るつもりだったからだろうか。
「我々はアドバルーンの技術を基本として、それから空を自在に飛べるよう研究も進めたいと思います」
おや?
この人の目的は事業ではなく研究方面だったか。
「高いところまで風船を浮かせることができるのなら、色々な物だって持ち上げられますよね。それに大きなプロペラのようなものをつけたら、行きたいところまで簡単に空を飛んでいけると思うんです」
マルコー氏の目がキラキラしている。
ああ、空を飛ぶのは人類の夢だからなぁ。
アドバルーンの存在を知って、もともと持っていた夢に火がついてしまったのだろう。
飛行機で空を飛ぶことができるのを知っている私からしたら、それって、飛行船? となってしまうのだが。
「私も出資できます?」
一生懸命プランを語る夢見るマルコーさんを遮りながら、そう問いかけた。クラウドファンディングなら参加したいなぁと思う。彼がスポンサーを決めてやったり、彼自身が金持ちなら別に必要はないだろうけれど。
「もちろん、私の持つ権利は売却いたしますし、それに対する対価はいただきますが、それを出資金としてそちらにそのまま融資をし、もしその研究や事業が成功した暁には、私の方に出資額に見合ったリターンが来るというのはいかがでしょう?」
もともと、私はアドバイスしただけだから、この権利に執着はない。もし失敗したとしても、最初からなかったものと思えばいい。
この世界に株式会社みたいな仕組みの会社はあるのだろうかと思ったが、海運や保険など一部の業種を除いてはないようだ。
それでも、まるっきりその考え方がないというよりはマシなのだけれど。
「リリアンヌ、本気ですか?」
私の提案に、セイラ先生が驚いて目を見張る。私は迷わずうなずいた。
「その夢が現実になるのは相当時間とお金がかかりますよね。その応援をしたいと思うのですが。そういう夢に、ささやかながらの協力をしたいんです」
協力というより、勝ち馬に賭けて儲けたいだけともいうが、本音は言わない。
マルコーさんの希望は叶うだろう。しかしそれがいつになるかはわからない。それを少しでも早めるために支援すれば、私も儲かるしマルコーさんも助かるだろうし。
さっさと話しをまとめてしまおうとする私に対して、どこかセイラ先生は不満そう……というより、不安そうだ。
騙されているのではないか、と思っているのだろうか。
騙すとしたら、それはマルコーさんが詐欺師で、このプラン自体が全部嘘だとしたら、それは騙されることになるだろう。
しかし、彼がしようとしていることに対して疑う理由はない。
「私の方は、複製権は売却いたしません。アドバルーンを使っての事業も存続するつもりですから」
セイラ先生の言葉に、マルコーさんは少し困ったような顔をしている。
アドバルーンがどのような構造をしているか、そういう細かいことはリベラルタスが権利を握っているのだろう。それが手に入らないとなると、彼の研究は遅れてしまうのが明らかだからだ。
しかし、自分たちで工夫して、一生懸命開発したアドバルーンを、後から来た存在にやすやすと奪われたくないというセイラ先生の気持ちも痛いほどわかった。
それをわかっているのだろう。彼は無理強いしてこなかった。
「もちろん、それでもかまいません。さしあたりこちらは、研究に絶対必要になるリリアンヌ様の権利の使用を認めてもらえればいいですから」
じゃあ、契約書を……と羊皮紙にお互いの要望や希望を書き留めたものを書式にしようとまとめはじめる。そんな私をセイラ先生はつ、と肘をつついて止めさせた。
「リリアンヌ、大丈夫なのですか?」
「何がですか?」
「貴方が融資するには結構大きな金額ではないですか?」
「そうかもしれないですね。でも、金って使わなかったらないのと一緒ですよね」
私は勝算があることだと思うことでも、セイラ先生には博打に見えるのだろう。
でもダメだったとしても、私は後悔しないとなんとなく思えた。
「無駄金かどうかはあとでわかります。とりあえず、何もしないより、夢に向かって動き出そうとしている人を応援したいですから」
ああ、そうか。と自分で言ってて気づいた。
私は夢に向かって手を伸ばす人が好きで、応援したいからこそ、先生をやってたんだなぁって。
目の前の人はおじさんだけれど、夢を叶えたいとあがく人には違いない。
なんだかんだ言っても、私のおせっかいな性格は、異世界に来ても変わらないようだ。
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