第38話 リベラルタスとお嬢様2
そろそろシシリーの元に戻るので、とお嬢様の前を辞して、リベラルタスと二人で戻る。
階段を下りながら、隣のリベラルタスに話しかけた。
「本当は、別の狙いがあったんでしょう?」
「はい?」
「あんな内容、私から伝えればいいだけじゃない。わざわざお嬢様に直接言う必要ないわよ」
「……リリアンヌさんを通じたら、リリアンヌさんの希望がまじるから、ちゃんとご本人の意向を聞いてこいと言われました」
うぬぬ、よくわかっているな。
優しいお嬢様は、私がどうしても、と言ったら絶対その通りにするだろうし、正直、私が仲介だったらお嬢様の意見なんか聞かずに即OKしていただろう。
セイラ先生はどうして会ったこともないお嬢様と、そして私との関係をそんなにちゃんと把握しているのかしらとも思うが、そういえば、側妃の問題で、私が難色を示していたのを見ているのだ。
それで、私が独断専行なところがあるのに気づいて、大人なりの方法でサポートしようと思ったのかもしれない。
そう思うと……なんとなく、嬉しくなってしまった。
いや、本当なら喜んではいけないのかもしれない。私がないがしろにされているのかもしれないのだから。しかし、私だって完璧な人間でないし。いろいろな人がいろいろな考えのもとで、お嬢様と付き合ってくれた方が、お嬢様には絶対にいいはずだ。
メリュジーヌお嬢様の未来を、私だけでなく、自分の意思からもセイラ先生は応援してくれようとしているのだとわかったら、やはり嬉しいではないか。
私がなるほど、とうなずいていたら、リベラルタスが他にも、と続ける。
「あと、人柄と手を見てこいと言われました」
「人柄はともかく、手って?」
「あの縫物の技術を持つ人ですからね。うちの店の者はみんな、メリュジーヌ様がどんな神の手をしているのか興味津々なんですよ」
単なるオタク的興味だったか……。
「じゃあメリュジーヌお嬢様に対して、なんか思った?」
「……そうですね、縫いタコもありますが、働く人の手をされてましたね。水仕事もされているみたいですか。あと目もよさそうですよね。あんな緻密な作業をあんなに細い体でどうやって続けているのかと興味深いです」
そういうことを聞いているわけではないのだけれど。リベラルタスは、お嬢様を公爵令嬢という視点ではなく、自分の店にカードを卸している雇人という視点でしか見ていないようで気が抜けた。
「そうじゃなくて、可愛いなぁとか綺麗だなぁ、とかは?」
「ええ? 公爵令嬢を相手に、そのような恐れ多いこと考えられませんよ」
その公爵令嬢に、労働者のような視点で感想を言っているのは恐れ多くないのだろうか。
そういってはいるが、本当のところは、あまり顔を見てなかったようだ。
前も思ったけれど、この人、意外とシャイだから。
「ああ、優しそうなお方ではありますね」
困ったようなリベラルタスは、なんとか絞り出したような褒め言葉をひねり出す。
確かにお嬢様は優しい。優しすぎるから困る。
「まぁいいわ。お嬢様の将来が傷つくような余計なことは言って回らないでね」
「リリアンヌさんが危惧されていたのは、メリュジーヌお嬢様がご家族から虐待を受けているということに関してでしょうか」
清潔にはしていても、洗いざらしで古い布地だとか、いくら細部にこだわっていてもシーズン遅れの型のドレスを着ていたとかは、彼にはすぐわかっただろう。
「そうよ」
あんな部屋に住んでる公爵令嬢に対して、変だと思わない人がいたら、そちらの方がどうかしている。
「お約束いたします。絶対に他の人にメリュジーヌ様に対する個人的なことを言うことはしませんが……もし困ったことがあったら言って下さいね。できる限り応援しますので」
にこやかなリベラルタスに、微笑み返す。
私たちに同情的なのは助かるが、今は、やってもらうことがあまりない。
しかし、あ、と思いだした。
「ホセおじさん用に借りた服を用意しないといけないから、選んでおいてくれる? 私が支払いをするわ。それと、貴方にもお詫びをしないとね。お茶かけちゃったし」
「わかりました。庭師の方が使いやすいものを選ばせていただきます。ですが、私へのお詫びは不要ですよ?」
「それは私が困るの」
ちょっと図書室に連れて行っただけで、リベラルタスは私に高価なインク壺までくれたではないか。
かけた迷惑ばかりがたまると、こちらの心の負担が大きくなって困ってしまう。
何か考えておこうと思ったころ、部屋についた。
シシリーの部屋の扉を開けたら、まだ授業をしているようで、シシリー専属メイドは各々仕事をしていた。戻ってきた私たちを見て、さぼっていたと思われたのか、少し顔が怖い。
「遅かったじゃない」
「ごめんなさい、ちょっといろいろと手間取っていたの」
「私のせいです、申し訳ありません」
リベラルタスが前に出て、メイドに謝ってくれる。部外者には強く怒れないというのがわかっているからだろう。そのまま、仕方がないわね、とうやむやになったのだが。
彼は特に意識して私をかばったわけではないだろう。優しい人だから。しかし、彼にかばってもらえたのが無性に嬉しくて、なぜか彼の方を見るのが難しかった。
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