第37話 リベラルタスとお嬢様1
「ところでリベラルタスは、セイラ先生からメリュジーヌお嬢様について何か聞いてる?」
「いえ、何も?」
「そう……」
セイラ先生は約束通り、メリュジーヌお嬢様については誰にも……リベラルタスにすら話してないらしい。
リベラルタスにお嬢様を会わせるかどうかもこちらに丸投げしてくれたのは、私が納得した状況の下で、彼に会わせるかどうかを選ばせてくれるということだろう。
お嬢様のこの公爵家での扱いを、リベラルタスに教えるもよし、そうでないならそれもよし、と。
ーー迷ったが、リベラルタスを信じるしかないだろう。
きっと、セイラ先生もそれを考えて、彼をここに連れてきたのだろうから。
「メリュジーヌお嬢様に失礼のないように。それと、ここで見たことは絶対に誰にも話さないで。セイラ先生以外には」
「? 私はセイラ様に言われた用事を済ませるだけですので」
リベラルタスはよくわからないような顔をしている。それはそうだろう。
リベラルタスを連れて、階段を上へ上へと上がっていく。奥様は幸い、今は出かけているようだ。周囲を見まわすが堂々としているせいか、使用人にすれ違っても誰も注視している様子はない。
メリュジーヌお嬢様に与えられている屋根裏部屋の前で私は立ち止まり、ノックをした。
「お嬢様、開けてください」
「リリ? どうぞ? 珍しいわね、こんな時間に」
中から涼やかな声がして、建て付けの悪いドアが音を立てて開く。
私しかいないと思っていたお嬢様は、私の後ろにもう一人男がいることに気づいて、体をこわばらせた。
「あ……あなたは?」
メリュジーヌお嬢様の目がリベラルタスに注がれている。
強引に先に中に入り込み、お嬢様とリベラルタスの間を邪魔するようにして、彼に早く入るように促した。
「シシリーお嬢様の先生のセイラ様に……仕えてるリベラルタスです」
メリュジーヌお嬢様はセイラ先生が仕立て屋のオーナーであることは知っている。
お嬢様の作るカードを販売してもらっている店の人だと話せばあっさりと納得したようだったが。それでも、そんな人が自分を訪ねてくるのはなぜだろうという当然の警戒はしているようだ。
「シシリー様より、この家の皆様が旅行に行かれる計画があると聞きました。そしてメリュジーヌ様はお残りになるかもしれないと。もしその間にお時間がありましたら、セイラ様の所有する邸にぜひお招きしたいとのご伝言です」
どうやら、シシリーは授業の合間の雑談で、嬉しさのあまりセイラ先生に旅行のことを話したのだろう。
それだけではなく、いろいろと裏をとっている様子なのは、エルヴィラの家庭教師あたりだろうか。
セイラ先生とは知り合いらしく、メリュジーヌお嬢様の実情を話したら、それとなく近づいて、エルヴィラの情報をいろいろと引き出しているようだ。
「でも、お義母様はお許しになるかしら」
真面目なメリュジーヌ様は、奥様から許可が下りるかを考えている。
許可なんかとる必要ないから! どうせ邪魔されるだけだし!
「それに、私が行ってもご迷惑にならないかしら……」
尻込みしているお嬢様に、にこやかにリベラルタスが、他にも伝言を。、と続ける。
「王都で行われる社交シーズンに合わせて、領地内の貴族からも注文が入っております。その縫物の手伝いをよろしければ手伝っていただきたいのです。もちろん、賃金は弾みます」
まさか公爵令嬢にそんなことをさせることが目的なはずはないだろう。何か別の狙いがあるみたいだけれど、よくわからない。
しかし、メリュジーヌお嬢様の顔は逆に、それはお困りでしょう、と同情的になっている。
彼女のその人の好さを見通して、縫物の手伝いをしてほしいという依頼の形にしたのかもしれない。
私と違って、金品にこだわらないメリュジーヌお嬢様は、頼まれごとには嫌と言えないというか、誰かに喜んでもらえるのを喜ぶ人だ。
ちょうど、セイラ先生にメリュジーヌお嬢様のマナーについてを見てもらいたいと思っていたこともあって、私はぎゅっとこぶしを作ると、お嬢様に訴えた。
「なんとしてでも、行きましょう、お嬢様。リベラルタス、それはどこなのです?」
「レーン山の洞窟の近くだそうです。私もうかがったことはないのですが」
「あら……」
思わず、お嬢様と顔を見合わせて笑ってしまう。ちょうど以前に話していたところではないか。やはり風光明媚な場所だと有名なだけあって、そこに別荘を持つ貴族は多いのだろう。
行ってみたいと話していたところだけあって、お嬢様はようやく乗り気になってくれたようだ。
「奥様がいない間でしょう? 大丈夫ですよ。ちょっと行って帰ってくればいいのですから」
「そ、そう?」
お嬢様は困ったような顔をしているが、行きましょうか、とほほ笑んだ。
しかし、実際に何も言わずにお嬢様が家を離れても、きっとばれないのではないかと思う。
ばれたらばれた時だし、本当に爵位なんぞ投げ捨ててでも、メリュジーヌお嬢様なら、縫い子として食べていけると思ってる。それに私も一緒に逃げて二人で暮らせばなんとでもなるだろう。
まるでプロポーズのようだけど、本当にそれくらい思っている。
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