第7話 王太子妃という選択肢

 ご主人様たちの夕食中は、使用人たちは壁際に立って控えている。

 シシリー専属の侍女である自分もそのようにしながら、この家の主人たちを見ていた。

 その家族の晩餐の中にメリュジーヌお嬢様ははなから数に入ってなくて、旦那様もいない。

 元々王都や伯爵領でも仕事をしている旦那様は、この本邸である公爵領にはほとんどいない。代官と執事に仕事や家の運営を任せきりにしているようだ。

 そんな話を聞くと、また勘ぐってしまうんだよなぁ。愛人でもよそに囲ってるんじゃないの?と。

 前科ある人だからねえ。


 目だけ上げて、周囲に控えている侍女たちを見る。

 食事の配膳専門の侍女や侍従は歩き回っているが、前の方に立っているのは専属侍女だけだから、この家の中でも発言力や権力を持っている方だろう。誰がどう繋がっているかは、リリアンヌの記憶からは見えなかった。

 どうもそういう人間関係作りとかを構築するのがリリアンヌは苦手だったようだ。


 家の中でも幾つかの派閥がある。


 旦那様が中心の男の集団。執事、従僕など、家の管理や運営に関係する男性陣。


 次に奥様が中心の、家を管理する女中頭などの年老いたベテランメイドたちや、まだ未成年であるシシリーに仕える侍女は奥様の派閥に含まれる。


 そして、長女のドロテアと次女であるエルヴィラが中心の比較的若いメイドたち。


 それ以外の下働きの平民に近い馬の管理人たちや庭師などの下男は男集団に、台所や掃除の下働きは奥様やドロテア、エルヴィラの輪のさらに下についている形になっている。


 大きく分けて3つの派閥が存在していると思ってよいだろうか。


 メリュジーヌお嬢様に比較的同情しているのは、この下働きの層と、若いメイド達が少し。男性の派閥は基本が無関心で、露骨に嫌がらせや侮蔑をしているのは、奥様とドロテア、エルヴィラの下にいるメイド達だ。

 若いメイド達がメリュジーヌお嬢様に同情を寄せるのも、リリアンヌと仕事場がかぶり、リリアンヌへの好意からメリュジーヌお嬢様への好意に繋がっているせいだろうか。


 旦那様はほとんど家におられず、家の支配者は奥様だから、この家でメリュジーヌお嬢様の存在感をアップさせるにはどうすればいいか。侍女たちの人間関係を探ることからスタートしようかな、と見ないふりで周囲を見ながら考えた。


「そういえば、昼間にエドガー様がいらしてたそうね」


 誰かが奥様に報告したらしい。思わず、眉がぴくっと動いてしまった。


「そうだったの? 家にいればよかったわ……」


 巻いた髪を二つに分けているエルヴィラが悔しそうにしている。


「エルヴィラがエドガー様と結婚すればいつでも会えるでしょう?」


 すました顔で奥様が言えば、え? とシシリーが顔を明るくさせている。


「まぁ、やはり、お姉さまとエドガー様はそんな仲に?」

「はしたないわよ、シシリー」

「あら、エドガー様はメリュジーヌの婚約者だと思っていたけれど、いつの間にそんなことになっていたの」


 興味がありそうな、なさそうな顔でドロテアが呟いて、もくもくと食事をしている。

 そんな長女に奥様はちらっと視線を送る。


「貴方の方は勉強の方は進んでいるのかしら?」

「順調です」

「ちゃんと学ぶのよ。カルマリン様の妃となれるのは貴方しかいないのだから」

「はい、心得ております」


 ん? カルマリンって王子様だっけ?

 そういえば、この国は王国なのだから、王がいて、王子がいるのか。

 そういえば、公爵家といったら身分が高い貴族なのだから、王太子妃になっても身分的には釣り合うのだ。


 このドロテアは王太子の婚約者かなんかだったのだろうか。リリアンヌの知識の中にその情報はなかったのだけれど。

 しかしドロテアが王太子妃となれるのなら、メリュジーヌお嬢様だってなれるし、血筋からしたら絶対そちらの方がいいような気がするのだけれど。これは公爵がちゃんとわかった上でのことなのだろうか。


 もしメリュジーヌお嬢様が王太子妃になれたら、一気な下剋上だ。シンデレラだって考えられそうなのだけれど。ドロテアのまっすぐな栗色の髪を見ながら、どうすればいいか、考えを巡らせていた。





 私たち使用人の食事も交代で済ませれば、仕事の時間も終了となる。

 シシリーから解放されてからすぐに地下の自分達の部屋に戻らずに、屋根裏部屋のメリュジーヌお嬢様の部屋までこっそりと階段を上がっていった。


「メリュジーヌお嬢様、よろしいでしょうか」

「あら、リリ、具合はもう大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ」


 ノックをすれば建付けの悪いドアを、ギギギと開けながら、お嬢様が中に招き入れてくれる。

 ああ、笑顔が眩しい。輝いている。美少女は存在しているだけで空気を清浄化してくれる。


「これ、いただいたクッキーですけれど、よかったらどうぞ」

「まぁ、いいの。ありがとう」


 エプロンに入れていた厨房からもらったクッキーの残り半分を差し出した。アンナにもあげてしまったから、少ないけれど。

 甘いものはあまり口にすることができないお嬢様は、それでも喜んでくれる。

 私たちメイドよりお嬢様の方が待遇が悪くて、奥様と廊下で会ったら、無意味に殴られたりすることもあるので、奥様が自室のこもられていない時はお嬢様は食事を取りに行くこともできず、私が届けることもある。

 

 お嬢様の小さなベッドに腰かけて、少しばかりお喋りをする。本当はエドガー様のこととかを聞いてみたかったけれど、お嬢様は本当にどうでもよさそうで落ち着いていて。

 それなら次の男の方に行ってもいいじゃないか。

 そう思っていたら口走っていた。


「お嬢様は王太子妃になりたいとか思わないのですか?」

「……?」


 訊くにしても直球すぎた!

 こういうのの腹芸が上手になりたいのだけれど……っ。


 私の唐突な質問にメリュジーヌお嬢様は何を言ってるの? という顔をしていた。


「え? 王太子の正妃は必ず外国の王族を迎えられることになっているじゃない?」

「あー……法律でダメなのですね」

「有名な話じゃない」


 くすくす笑いながら、お嬢様が教えてくださる。

 今、私たちがいるリャルデ王国、そしてその周辺には王国がいくつか存在しており、それらが1つの大きなヴァルデル帝国を為している。

 そして、その帝国内で王となるものは正妃……第一王妃はどうやら他国の王女を娶る決まりらしく、現国王の正妃様も隣国の王家出身である。


「まだ正妃も娶っていないのに、この国の女性から妃を選ぶのも気が早い話ではないかしらねえ」


 側妃とも呼ばれる第二王妃以下は自国から娶ることも決まっているらしいが、この国の王太子自体は成人して間もない。

 そしてもちろん、婚約者は隣国の姫と既に決められているが、相当年下らしく輿入れまで時間がかかるとのことで、先に側妃の方の輿入れはどうか、と貴族の中でもめているそうだ。

 メリュジーヌお嬢様はおっとりと、他人事のように笑っている。

 第二王妃以降も立場は愛妾などではなく、ちゃんと妃として立場や身分を保証される。


 ドロテアの王太子妃発言は、その立場を狙っているのだろうか。しかし。


「冗談じゃないですよ。第二王妃なんて立場にお嬢様をさせられません」


 一人の男に複数の女。この家の公爵が愛人を囲っていたせいか、その辺りの感覚が狂っているかもしれない。

 しかし、自分としたらメリュジーヌお嬢様は、一人の男に大事にしてもらいたい気がする。

 体の持ち主のリリアンヌの感情に引きずられている部分もあるけれど、やはりこういう好感を持てる女の子は幸せになってほしいんだよねえ。

 そう願うのは、お節介だろうか。

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