第41話 罪悪感
「それ、本当なの!?」
その話を聞いた時、思わず声を上げてしまったけれど、私のせいじゃないと思う。
まさかそこまではしないだろうと思いたかったのだけれど、……公爵家の執事はマックスに横領の冤罪をふっかけて追い出すことにしたようだ。
それはジェームズが仕組んだことなのか、総執事長も含めての判断なのかはわからない。
マックスが屋敷のお金に手を着けたという噂だけが、あっという間に屋敷中に流れた。
このタイミングでそんな話が流れたのだから、私にはそれが仕組まれたことだとしか思えなかった。
そんな乱暴な方法で、ジェームズが私の脅迫に屈服するとは思わなかった。
もう少し、恨みを抱かせないようにやりようがあっただろうに、と呆れて物も言えない。
どういうやり方でマックスを追い出すかな、というのも含めて観察するつもりだったけれど、一番禍根を残す形を選択するとは、ああ、この公爵家もダメだな、と思う。
代書も経理もできるほど、高度な教育を受けている存在なんて、この公爵領にどれだけいると思っているのだろうか。
私がジェームズだったなら、私との取引のため、マックスを公爵領の侍従という職は辞めさせたとしても、公爵領の領地の視察をさせたり税収を上げるための仕事をさせるようにもっていっただろう。
なんたって、領主が不在なことが多いのだから、ここは。
単なる代書と経理をしているだけの存在を、代官になるよう育てれば一石二鳥なのに。
優秀な人材を公爵領から出さないようにするためにも、それは必須の行いだろうに。そうすると思い込んでいた。
そんな風に公爵邸から離れたマックスを、アルバイトという形ででも、こちら側に引き込めればいいと思ったのに、この顛末である。
「まずったなぁ……マックス、ごめん……」
しかし良心は痛むが、マックスを完全に切り離す方法を公爵家が選んでくれたのはこちらにしたら助かるのは事実だ。
マックスは、私が差し出す手を取るしかないのだから。
罪を犯したという形でマックスが追い出されたのなら、紹介状も書かれていないだろう。そんな人を雇おうとする人はこの世界ではいないからだ。
大体、ここの世界は労働基準法もないし、労働組合もない、完全に買い手市場だ。雇う立場の方が強いのだから。しかし。
いつか絶対、マックスの汚名はそそごう。それと生活の保障はしよう。
それだけは誓う。
私はお人よしではないし、性格だって悪いことを自覚はしている。しかし、憎んでもない第三者に冤罪をかけてその人の誇りや未来を打ち砕いて平気でいられるような恥知らずではない。
自分の保身のためにそんなことを平気でするジェームズが憎くてたまらなかった。
きっとジェームズは私に脅されたから仕方なくやったと悲劇ぶっているのだろう。私に罪をかぶせて。
いつかジェームズもこの家から追い出してやる。
そう勝手に心に決めながらも、今は耐えるべきだと唇を噛んだ。
******
マックスへの接触はマルコーさんたちに頼み、私は彼とは無関係を貫くことにした。マイナに対しても私はあくまでも紹介者という立場を貫いているから、私がいわゆるビジネスオーナーだという事情を知る人は公爵邸の中にはいないはずだ。
「本当だったら、リベラルタスを引き抜きたいんだけれどねえ」
銀の鹿と小さじ亭でのセイラ先生の授業の合間に店内をうろつけば、リベラルタスが仕事をしているのに行き会い、思わずため息をついてしまった。
セイラ先生の右腕であるリベラルタスを引き抜いたら、さすがに叱られるだろうし、そんな恩知らずなことはできない。
「そんなに私を買ってくださってありがとうございます」
私の褒め言葉にもまんざらではなさそうに、リベラルタスが嬉しそうに微笑む。
「リベラルタスは野心ってないの?」
「野心……ですか?」
「俺はもっとビッグになってやるぜ! みたいな」
自分で言っていてもよくわからない。コネ社会で職業選択の自由もないこの世界で、自分の夢だって制限されてしまうだろうから、そんな夢を持つこと自体があり得ないかもしれない。
「さしあたっては満足してますね。これ以上を求めるとしたら……本をもっと読みたいとかならありますが」
ある種の人間にとっての知識欲は、喉が渇いた人間が、水を求めるのと同じものだ。
そして、目の前のリベラルタスは、そのタイプの人間なのだろう。
ずっと考えていたことがある。そして、それを相手に切り出すのは今なのではないか、と思った。
以前にセイラ先生の授業中に考えたこと。もし、それを達成できるならリベラルタスしかいないのではないだろうか。
ただし、彼にやる気があればの話だが。
「もっと公爵邸で本を読みたくない?」
「それは確かに読みたいですねえ」
「……公爵邸で本が読める身分を用意してあげる代わりに、リベラルタスに頼みたいことがあるのだけれど」
「なんでしょうか?」
私がこんな図々しいことを考えているなんてことを考えもせず、さわやかな笑顔を見せるリベラルタスに良心がずきずきする。
いうだけならタダだから! と私はリベラルタスを睨むように見つめて口を開いた。
「帝国最高試験に合格して。三食面倒見るし、勉強もサポートするから」
「……は?」
「公爵家で雇用されているという身分だけれど、仕事をしないでいいようにできるから、その代わり四六時中勉強して一刻も早く帝国最高試験に合格して貴族になって、国の中央に入り込んでほしいの」
「ええ!?」
帝国最高試験。この世のありとあらゆる資格試験の中で最も難しいと言われている試験。
この試験に通れば、この職業選択に硬直しているこの国で、王家の後見をもってどんな職にも就くことができるし、平民も爵位をもらえる。
メリュジーヌお嬢様が将来公爵になるにしても、側妃の道を選ぶにしても、貴族の知り合いは多いに越したことがない。そして帝国最高試験に合格した“特士”と呼ばれる人々は、どんな貴族も敬意を払う特権階級になることができる。
「本気で言ってるから、考えておいてほしいわ。もしこれを受けてくれるなら、この店を辞めてもらうことになるけどね」
セイラ先生に申し訳ないから引き抜くことはできないとは言っているが、帝国最高試験を受けるために彼が自発的に辞めるのなら、セイラ先生も止められないだろう。
「それ、いつまでに受からなければならないとかあります?」
「そうね……お嬢様が成人するまでだから、遅くて三年?」
「無理じゃないですか!?」
試験に対する知識は、リベラルタスにもあったようだ。それくらい無茶を言っているのは私だって自覚している。
「そう? たとえ落ちたとしても、貴方の人生に損にはならないと思うわよ。だからちゃんと考えておいてね。あまりにも時間かかるようなら他の人に声をかけるから」
「はぁ……」
リベラルタスは気が抜けたような声を出している。やはり、思考の斜め上の発想なのだろうか。
私はあくまでも大真面目なのだが。
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