第22話 私にできること

 とりあえず、セイラ先生が話を流してくれたのがありがたい。そんな私の感情に気づいているのだろう。ふふふ、と彼女は笑って私を観察しているようにも見えて、どこかで面白がられているようなのも悔しいのだけど。


「リリアンヌの方のお話も伺いましょう」

「あ、はい」


 私はバッグの中から、持ってきていたカードを見せる。メリュジーヌお嬢様が作ったあのカードだ。あれから何枚も作っていたお嬢様から3枚借り受けてきた。


「これを、こちらのお店で販売することはできないでしょうか」

「これは素晴らしい。もしかして……」

「はい、メリュジーヌお嬢様が作られたものです」


 以前に、メリュジーヌお嬢様に裁縫の仕事を回してほしいという話をセイラ先生にはしてある。

 だから、この細かい作業のされたカードの作り主が誰か、すぐに目星がついたらしい。


「なぜ……? 以前もお話ししましたが、メリュジーヌお嬢様はあの家での唯一の公爵令嬢。このようなことをする必要はないですよね?」


 唇が一瞬震えた。

 言い訳しようとするならば、いくらでも口実なんて作れる。特に彼女のように既に貴族であって『必要がない』のに、実業家になろうとしている女性をくすぐるような口実なんて自分はいくらでも思いつく。メリュジーヌお嬢様は公爵令嬢だけれど、芸術家を志しているなどと言ったりして。


 しかし、セイラ先生の何かを探るような目は、そんな薄い綺麗ごとなんて、見破るのだろう。

 もう彼女は明らかに勘づいているのだろうから。


 それに、私はこの女性を観察してきた。

 この女性の聡明さはこの先の私たちに必要だ。この人が私たちの味方になるよう口説き落とせなかったら、私もお嬢様もあの家から抜け出すなんてことができなくなるだろう。


「先生にはお話します。でも、絶対に口外しないでいただけますか? 公爵家の名誉にかかわる問題なので」


 セイラ先生は一応公爵家の被雇用者。雇われている身だ。直接はメリュジーヌお嬢様に関係なくはあっても公爵家に不利になることは立場的にできないはずだが。それでも念を押さずにいられなかった。


 もちろんです、と真剣な顔をして彼女は頷いてくれた。

 私はゆっくり息を吐くと、静かに話しだした。


 エンドラ公爵家でのお嬢様の立場、そしてエドガーとの婚約破棄、公爵家の財産の扱いなども含めて話せる部分は全部。取り上げられてしまった王女のドレスについて言及したら、やはり服飾関係者だけあって、王女のドレスを知っていたらしく「まぁ」と声を小さく上げていた。

 やはりそれほど公爵家のあのドレスは有名だったらしい。


 話を聞き終えて、セイラ先生は納得したように、口元を押さえて何かを考え込むような仕草をしていた。


「なんとなく想像はしてました。シシリーお嬢様の方が歳若いのに、メリュジーヌお嬢様には家庭教師がついている噂を聞かず、シシリーお嬢様の方に先に私に話が来てましたから。他のお嬢様方の家庭教師は皆、知り合いですしね。ご病気で家にいらっしゃるらしいとは聞いてましたけれど、公爵邸に医者が通っている風はなかったのも変だなと」


 色々とバレているじゃないのよ。


 お嬢様が奥様に虐げられているという話が外に漏れて恐ろしいのは、お嬢様が将来的に貴族社会での立場が失われるのではないかという危惧だ。

 親に虐げられているということは、しつけがなっていない、教育がなっていないと本人の瑕疵となることもありうるのだから。

 私の顔色が変わったことに、セイラ先生は落ち着いて、となだめるように両手を振った。


「大丈夫ですよ、勘づいているのは私くらいかと。エドガー様が婚約者をエルヴィラ様になったことを知る人は少ないと思われますし。公爵様は気づいてらっしゃらないのですよね?」

「家の方に寄り付かないお方ですから……公爵様がどう思ってらっしゃるかも使用人の私としては知ることも難しくて」

「そうですよね……現状がリリアンヌのいう通りならば、メリュジーヌ様を王宮に保護を願いでた方が良くないですか? 私の方から陛下に口添えいたしましょうか?」


 ただの子爵夫人だというのに、王族にコネがあるの?


 公爵の地位の高さすら知らなかった私だが、この世界で暮らすようになって、平民と貴族の隔たりの大きさ、そして貴族同士でも爵位の壁の高さはなんとなくわかるようになってきた。

 なにより元男爵令嬢というだけで、使用人の中でもそれなりにまともな扱いを受けているのだ。それは完全に平民であるアンナなどと比べれば差は歴然だった。


 そして王族は特別な存在だ。

 大陸内でいくつもの国に別れ、色々な民族が住んでいるが、王族だけはお互い婚姻で血の繋がりがあり、一度臣下に落ちれば王族に戻ることはよほどのことがない、本当の意味でも雲の上のような人。

 そんな存在に対して、この人は特別なルートでもあるのだろうか。しかし、私は首を振った。


「王宮に繋がりを持ちたくないのです」

「なぜですか? メリュジーヌ様はほぼ確実に側妃と望まれているお方。王宮はこの事実を知れば放ってはおかないですよ?」

「だからです。側妃にお嬢様がなるのは嫌なのです。しょせん正妃様のスペア。お嬢様はそんなお立場ではなく、ただ一人の人として誰かに愛されてほしいのです」


 私の考えはこの世界では受け入れられるとも思えない。王族に近しくなるのが栄誉と考えるのが一般的な貴族の考えなのだろうから。

 しかし、先進的なセイラ先生ならわかってくれるかもしれないと、望みをかけて彼女を見つめた。


「……それが、メリュジーヌお嬢様の意思だとしても、でしょうか?」

「それは……」

「リリアンヌがメリュジーヌお嬢様を思う気持ちはわかります。しかし、メリュジーヌお嬢様はどう思ってらっしゃるのですか? ちゃんとお嬢様の考えをおたずねしましたか? それに、この国で側妃が国王に御輿入れにならなかったことは私が知る限りではありません。もし意図的に公爵令嬢が逃げたとしたら、反逆罪にも繋がるのですよ?」


 そう言われて、はっとなった。

 私はそこまで考えていたわけではなかった。それほど大きな問題であるとも思っていなくて。

 しかしあの優しいお嬢様は、このことをそのまま言えば、貴族の務めだとそのまま受け入れてしまいそうで、怖い。

 彼女の自分すらも犠牲にしてしまいそうな優しさを知っているからこそ、自分が彼女を守らなきゃと思うのに。


「……それなら……もう少しだけ、時間をあげてもらえませんか」

「リリアンヌ……」

「お嬢様は、幼少のみぎりから好きでもない婚約者を押し付けられ、家にずっと閉じ込められている存在でした。もし側妃となるのがお嬢様にとって変えられない運命だとしても、世界を見て知って、それから運命を受け入れてほしいと思います」


 私はお嬢様が好きだけれど、私はお嬢様ではない。彼女の運命を肩代わりすることはできない。

 だからせめて、彼女自身の力を増やす手伝いを。彼女が今、幸せにほほ笑めるようにする力になりたい。


「そのために、セイラ先生。お嬢様に少しでも力を貸してください」


 私がそう言って彼女に頭を下げると、頭を下げる必要はないですよ、と声がした。


「リリアンヌ、私もメリュジーヌお嬢様に興味があります。私の友人、リリアンヌの大事な人ですからね。お嬢様次第ですが、私も何かできるか考えておきますね」


 そう言って、彼女は私の手を優しく握る。その手は柔らかく、温かかった。

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