第27話 彼女と、私
二乃の部屋に戻ってきた。真冬でもないのに震えていた彼女を優しく抱きしめる。
濡れた猫みたいに無力で、捨てられた犬みたいに悲しげだった。私に煙草を奪われた二乃は逃げ道をひとつ失ってしまったけれど、私という存在が彼女の穴を埋められたなら、それは彼女にとって喜ばしいことなのだろうか。
そしてそれが、独りよがりな妄想でないとは言い切れないけれど。
「……君がいてくれてよかった」
「ん。そ」
縋りついてきた二乃の言葉に胸をなでおろす。初めて見たときの大人びた雰囲気と遠巻きに感じていたタバコの匂いは消え失せて、そこにいるのは一人の幼い少女だった。落ち込んでいたのを抱き寄せたら、あっさりと私の胸に沈んだ。前に一緒の布団で寝たときは、随分と抵抗されたのに今回は随分と素直だ。
弱っているんだろうなぁ、と察するに余りある。
青かった顔にも血の気が戻ってきて、少し赤いくらいになっていた。耳元とか、すごく分かりやすい。私の胸に顔を埋めているから思うところがあるのかもしれない。ま、私が埋めたんだけど。文世に大きさを指摘されるとムカつくけど、二乃をいじめられるなら、このサイズまで育ってよかったとも思う。
「何か、してほしいことはある?」
まずは頭を撫でてみた。暇だったし、彼女がしてほしそうだったから。
文世と一緒で、意外と甘えん坊なところもあるのかな。
「離れないで、ほしい」
たどたどしい言葉を、どうにか絞り出したようだ。それがいじらしくて、言う通りにしてあげることにした。
会話もなく、どれだけの時間が経っただろう。
様子を見かねた美鶴ちゃんが部屋に来て、晩御飯の時間を知らせてくれた。それを合図に、私と二乃との密着していた空間に隙間が出来る。安堵と、少しだけ残念な気持ちが私の中に湧き出てくる。後者を消し去って二乃に気づかれないようにするのは難しそうだ。
あー、くそ。
このまま押し倒してキスしたいくらいには、二乃は魅力的な女の子だった。
「あ、あの。神野さん」
「…………」
「えっと。かっ……ち、千尋」
「なぁに? はじめくん」
照れたように、拗ねたように、彼女は私の胸の中で頬を膨らませる。一瞬だけ目が合った二乃はそのまま私から視線を逸らさない。じっと、誰の邪魔もなく見つめあう。
「同性愛について、千尋はどう思う?」
「さぁ。普通すぎて、欠伸が出るほどに退屈なものなんじゃない?」
過去の話なんてつまらない。人生は苦しいだけのものじゃないのだし。
ずっとそばにいたいと思える相手と同じ時間を過ごす。数刻前の嫌な記憶もなかったことにして、珍しく二乃以外が作った一ノ瀬家の晩御飯を食べに向かう。
明日は今日よりも良い日になって。
そして忘れがたい日々になってくれますように。
完
たこ焼き、上手に焼けますか? 倉石ティア @KamQ
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