『ギルティ・スタッフィー』

第21話 駐輪場と僕


 長期休暇明けの僕は、明日が学校だ、というときは嫌な思い出を夢に見る。

 でも今朝は、随分と平和な夢を見た。

 春の初め、高校に入学した直後のこと。締め切りを忘れていた書類をもって学校に行った日のことだ。自転車を取りに向かったとき、駐輪場から誰かの話し声が聞こえてきた。それ自体は特別なものじゃない。だけど、その剣幕というか、耳で感じるオーラみたいなものに吸い寄せられてしまったのだ。

「もう、文世のせいだからね」

「ごめんよー。どうしても課題が終わらなくて」

「だからって私の宿題を写す必要ある? あなた、頭いいのに」

 誰かが一方的に怒られている、と恐る恐る駐輪場をのぞき込むと、そこには二人の少女がいた。ひとりは神野。もうひとりは丹瀬。知り合ったばかりの少女と昔馴染みが喧嘩をしている場面に出会ったら、僕がとる行動は一つ。隠れるのみだ。

 ぷりぷりと怒り続ける神野に、丹瀬はずっと謝り倒している。丹瀬があんなに頭を下げているのを見たのは初めてで、丹瀬が僕ではない誰かに抱き着くのを見るのも初めてだった。

「ちょっと、外ではくっつかないでよ」

「いいじゃーん。私とちーちゃんの仲なんだし」

「それでも……いや、まぁ、たまにはいいけど……」

「マジ? ちーちゃん好き! ちゅーしよ!」

「本当にやったらシバくからね」

 怒った表情をしている神野に、丹瀬は構わず抱き着きにいく。

 え、え、と僕は焦った。二人が、あんまりにも親しく見えたから。

 丹瀬は男の子が好きだったんじゃないのか。僕のことはからかいやすい相手程度に思っていて、だから同性が好きなことを隠していたのか、とか。抱き着かれた神野の方も、不機嫌そうな表情の底から丹瀬に対する特別な感情が滲み出ているように見えた。

 今になって見れば、あれは甘えたがりな親戚に対しての呆れとか、年長者が年下に向ける甘さみたいなものだったのだなとは思うけれど、当時はまったく気が付かなかった。同級生の、それも女の子同士が付きあっている。僕が願って、そして届かなかった理想を手にしている人がいて、それを手に入れたのが偶然にも友達だったのだと信じ込んでしまった。

 彼女達の関係はどこの誰までが知っているのだろう。喋る相手もいないけど、僕が彼女達の幸福を壊すような真似だけはしたくない。

 駐輪所の片隅で震えながら、友達が手に入れた幸せについて思索を巡らせる。

 こうして、僕の長い迷走が始まるのであった。

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