第23話 光明

「高エネルギー反応確認……!アレを受けたら流石にミカボシも保ちません!!」


艦橋より見えしは偽神がこの戦いを終わらせんと力を蓄える様。

「そんなことは見りゃわかる……!!回避運動、急げ!!」

完全なる奇襲。警戒はしていたが、それでもここまで強引にことを終わらせようとしてくるとは思わなかった。


だが現にそれが確実な一手となろうとしている。

面舵一杯、急速旋回。

「ダメです、間に合いません……!」

「まだだ……!諦めんじゃないよ!」

ミカボシの全機動力を持ってしても、その射線から逃れる事は叶わない。


終わりが迫る。

最も望まぬ形で、誰もが笑えぬ形で。


全てが絶望に呑まれようとした。



瞬間、一つの影がその射線上に躍り出る。


「させ————ない……!!」

「光ちゃん……!?」


それは水晶の盾を携えた七海光。

彼女は迷うことも躊躇うこともなく、神話庭園とミカボシの間に立ち塞がる。

「ダメだ、それは……!!」

麻雛罌粟は理解している。偽とはいえ、神を騙るに相応しき力を持っている。

そんなものの前に出ればひとたまりも無いことは明らかだ。



だが時間は、無慈悲だ。



「愚かな!!諸共消し炭になルがいい!!」



—————嘲笑。



解き放たれるは高濃度レネゲイドの、純粋なエネルギーそのもの。


それには小細工の一切が意味をなさない。

力及ばなければ、死のみが待ち受ける。




それでも彼女は止まることなく、ただ真っ直ぐと向かう。


そして力の奔流が彼女を呑まんとしたその瞬間————





光が、集う。

黒く、禍々しい光が眼前を覆う。


それが人を、命を害するものという事は一目で理解ができてしまった。


恐怖。


人間という生き物の本能がその存在を恐れ、命の危機を感じ取った。

心が震え、動けなかった。

何もできずただ守られるだけで、大切な家族も失ってしまった。



それが、全てを失ったあの日のこと。



そんなあの日が思い起こされるに相応しい程の禍々しき光が、目の前を覆っている。



でも、今はあの日とは違う。



色んな人たちから、多くのことを教わった。

この世界を巡って様々な事を知った。


そしてこの場所で、数多の願いと約束と、絆が現状いまを紡いだ。



ならば、自分がすべきことは分かっている。



敵を倒すことはできずとも、自分にできることはあるから。



だから今、未来へと繋ぐために—————




一歩、力強く踏み締める。

杭を打つように、その足を地面に突き立てる。


迫る黒に臆することも無く、己が意志と共にひび割れた水晶の盾を突き出す。


「絶対に死なせない……!今度こそ……誰も!!」


ただ真っ直ぐと、譲れぬ一線の一歩前で。


必ず守ると、誰一人死ぬことなく共に帰ると約束したのだから。




そして盾は、その想いに応えた。




「っ……あああああああああっ!!」



展開されるは彼女の身長など優に超える光の大盾。


彼女の護るという意志そのものが形となりて、全てを害さん黒を堰き止める。


「っ……ぐ……!」


受け止めたその瞬間、重く、手が砕けると錯覚するだけの衝撃が走った。

それでも決してその脚は、体芯は揺らぐ事はない。

「ハッ、まさか本気で受け止めるつもリか!?」

だが黒き偽神は彼女は嘲笑い、その想いも踏み躙らんとさらに出力を高める。


力が増すにつれて、盾のヒビは広がる。

音を立てて、彼女の眼前に死が迫る。


それでも、彼女の決意は揺らぐことは無い。

その光が弱まることは無い。




————重かった。


誰かのためと、数千年戦い続けてきた人の一撃は。

あの人が背負ってたものも、それを成し遂げるという決意と覚悟も、何もかもが。


「こんなもの……あの人の攻撃に比べれば軽すぎます……!!」


それを知った今、こんな意志のない攻撃に負けられるはずがなかった。


「絶対に……守り抜く……!!結ちゃんも、あの人も……!!」


彼女の想いに呼応するように光は増して、その黒さえも飲み込んでいく。


ヒビは広がれど、その盾も彼女自身は決して揺るがず、そして————



「はぁぁぁぁぁっ!!」



盾が、砕ける。

光が闇へと散っていく。

鳴り響く音が、どれだけの力を彼女が支えていたのかを物語る。


残された衝撃と風が、華奢な少女の身体を吹き飛ばさんとした。



だが、それだけ。



「なッ……!?」

確かにそこには、ミカボシさえも沈めるに足るだけの力があった。

確実に全てを死に至らしめるだけの力があった。


その一線より先、彼女より後方、その力は微塵たりとも通る事を許されなかった。

「っ……はぁ……はぁ……!!」

彼女もその腕を血に濡らしながらも、決して倒れることなくその場に立ち続けたのだ。



そして訪れるは、刹那の静寂。

この場の誰もが理解していた。

今この一瞬、盤面が覆えったと。


勝利を確信していた偽神さえも全てを悟り、己を守るように影の軍勢を一気に呼び起こす。

それらは壁のように彼らの視界を埋め尽くし、彼らの行手を阻まんとする。


されど、彼らが掴んだ希望の一糸を離すわけがない。

「死ぬ気で体勢を立て直す!!光ちゃんが作ったこのチャンス……無駄にするんじゃないよ!!」

彼女が作り出した"もしも"を、確かなものへと繋ぐために。



全火器安全装置解除オールウェポンズフリー



誰よりも早く、ノワールが動く。



全目標、確認ターゲットロック



彼女が持つ全ての火器という火器を魔眼の力で浮かばせて、両手に握った機関銃の狙いを定めて————





迷いが無かったといえば、嘘になる。


それもそうだ。


家族同然だった仲間を皆殺しにした相手と手を組んで戦うなんて、なんて笑い話だろうか。


無論、奴を倒すには彼女の協力が必要なことは頭でわかってはいた。

けれどそんな理性だけで心を制御できれば、どれほど楽だったろうとも思った。



それでも、そんな心を押し殺してでも戦う理由はある。


いつか願い事が出来たのなら、その時には力を貸すとあの日少女と約束をした。


私達を救いたいというあの時の願いに嘘があったと私は思わない。


けど、何かに迫られることのない、本当の心からの願いをあなたはまだ叶えていないのだろう。

愛する誰かを想う気持ちも、少しくらいは分からないわけではないのだから。


だから、私は全てを持って貴方に力を貸す。


必ずみんなで月を見るという、契約やくそくがある。

迷うなと言ってくれた、仲間がいる。


だから私は少しだけ早く願いを叶えた先輩の黒瀬佳苗として、ネームレスエトランゼのノワールとして————




全弾、掃射開始フルファイア


引鉄を引く。

激鉄が落ちて、一斉に銃声が鳴り響く。

発火炎が、闇の中で星々のように瞬く。


「ッ……!?」


同時、銃弾が雨のように降り注ぎ、空間埋め尽くす轟音は嵐が如く。

絶え間なく鳴る銃声の一つ一つが、影の群れの一つを消し去っていく。


無造作に放たれているようで、一切無駄のない掃射。流れ弾の一つもなく、的確に紛い物の命の全てを奪い去る。

再生を試みようとも、姿をなしたその瞬間に再び黒へと還る。


「貴様ァ!!」

レネゲイドの力を集積、彼女目掛け即座に放

つ。

先程のと比べれば威力は落ちれど、人を消すには十分な力を有する。

「撃てぇーッ!!」

それを弾くは光弾。砲声より早く、彼女守ろんとその砲弾が黒を相殺する。


熱波が、暴風が彼女を襲う。

それでも彼女はそちらには見向きもせずに敵という敵を屠り続ける。


————熱い。


そう、一瞬だけ彼女の頭をよぎる。

数百という数の敵を目の前にして、その全てを正確に認識して、大局さえも見据えて彼女は戦い続ける。脳という演算処理装置が夥しい熱を発するのも必然。これを続ければ、脳そのものが焼き切れてしまうということさえも。



それでも、彼女は引鉄を引き続ける。



ただひとえに、手にしたこの細い希望の糸を結び繋げるため。



全ての因縁を、その手で終わらせるため————



「お終いよ、神話庭園」

「葦草風情がァァァァァッ!!」



最後の引鉄を引いた。



いくつもの火線は束ねられて、結い紡がれた一筋の光が真っ直ぐと、月へと繋がれるように闇を裂いた。



撃ち貫くは偽神の頭の一つ。

静寂が訪れると同時、音もなくその頭部は弾け、影の中へと溶けていった。



そしてその場に、残りし者は彼ら。

偽神と悪神と、三人のオーヴァード。



それ以外は、何一つ残らなかった。



先までの軍勢は見る影もなく、平野が広がるのみ。

彼女の足元に散らばるは数百を超える空薬莢。

それだけが、この場所で何が起きたかを物語る。


"厄災を生み出す者カラミティメーカー"の名を、その災禍を以ってしてこの場に示したのだ。


「さて……あとはこれだけね……」

そう口にして手にするのは、ナイフとハンドガン。その陰に立ち向かうのは少し心許ないとは思えど、彼女に不安や迷いは微塵たりともなかった。


彼女自身は撃ち尽くしたとしても、希望の糸は繋がれた。



そしてその糸が導くは、一羽の鴉。

迷うことなく、拓かれた道を彼は一気に駆け抜けて————




————跳躍。抜刀。



「ッ……グッ……!?」



一閃。

解き放たれた黒刃が、偽神の首の一つを叩き斬る。



空を舞うは黒衣を纏いし月夜鴉。


「さぁ始めようぜ、神話庭園」



その手には、刃こぼれ一つせぬ月輪の名を冠し一刀。

紡いで繋いだ一筋の糸は、彼へと結ばれて。


「最終ラウンドだ」


物語は、終わりへ向かう。

長きにわたる因縁と共に。

悲しみの連鎖と共に。



そして、約束と共に。



物語の終わり、満月が昇り切るまで、あと一刻。


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