climax

第21話 進撃

月明かり一つさえ届かぬ闇の中。

一つの巨悪が咆哮上げて、数多の影が地面より出づる。対するは悪神の名を冠した機動戦艦。砲声と共に、火線がその悪を撃ち貫く。

戦端は開かれて、眼前に湧き出るのは人の形をした無数の影という影。その数にして数百から数千。彼らの嘆きが、怨嗟がこの光なき空間を音という音で埋め尽くしていく。


「主砲、撃てぇーッ!!」

そんな音を掻き消すように鳴り響く号砲。戦いの始まりを報せると同時、再びその一撃が巨躯を撃ち抜く。

「効かヌわ、その程度!!」

されど即座に再生するその身体。神話の再現、人の力など意味を為さぬと嘲笑うかのようにすぐさまその穴は埋まり、雄叫び上げてミカボシに牙を剥く。

その巨躯をしならせて、艦橋目掛け鞭を叩きつけるように一気に振り下ろす。

「させないよ!!」

砲塔、回頭。

即座に砲塔が火を吹いて、振り下ろされようとした頭部が弾き返される。


「お見事です、支部長!!」

「まだ油断するんじゃないよ!!」

艦橋より仰け反るその姿を見て、麻雛罌粟は一瞬にして息を整える。

眼前に迫るは第二第三の首。一つは噛み付かんと、一つはレネゲイドをその口に蓄えミカボシへと狙いを定める。

「来るよ、回避運動!!」

狙いから逃れんと急速前進。螺旋を描くように、その船体は空を舞う。

その機動はもはや舟とも航空機とも違う、空を泳ぐ魚が如く。

死線という死線を縫うように、命喰らわん猛攻の中を駆け抜けた。



悪神の名を冠し戦艦、ミカボシ。

その表向きの姿は海上レストラン。


だがその真の姿は、ある企業の最新鋭の技術によって真髄まで改造を施された戦艦である。


この船の動力は通常の内燃機関のみならず、遺産「茨木童子の義手」を第二の動力源とすることで海上のみならず、空中を舞うことさえも可能とした。


何より、この船は麻雛罌粟という古代より生きしレネゲイドビーイングと接続することでその真価を発揮する。


彼女の想いが船に宿る。その力が、船を動かす。


故に—————



その動きは、彼女の闘志に応えるように更なる鋭さを増していく。

「っ……ぐ……」

それと共に増すG。艦船の総重量は人の身と比にはならず、にも関わらず彼女はその一身にその重みを受け続ける。

それでもなおミカボシは空を駆け、その最中で砲塔を向け一撃を放つ。


だが、たとえどれほどの機動力を持とうともその猛攻の全て避け切ることは能わず。

その牙が鋼鉄に突き立てられて、剥がれた装甲が宙を舞う。

「がっ……!」

と、同時、麻雛罌粟の口から血が滲む。

艦のダメージさえも彼女にフィードバックされ、痛みと傷がその身体に刻まれる。

「支部長!!」

「狼狽えるんじゃないよ!このくらい、私がこれを使う時点でわかってただろう……!」

痛みに顔を歪め、それでもなお彼女は眼前の敵からは目を離さずに、その牙を振り払い追撃から逃れる。


されど、狡猾なる邪悪は既に構えを終えていた。

「少しはやるようだったが、ここマデだ」

顔のない顔が、ニヤリと笑う。蛇の口が開き、その一つが動力部に喰らいつく。そしてもう一つが口を開き、黒き光がその口腔へと集う。

「まだ、終わりじゃないよ……!」

視界が光に呑まれるその中でさえも、麻雛罌粟の闘志は決して消えることはない。

「無駄な足掻キを!!」

彼女は理解していたから。

たとえ今が絶望の淵にあろうとも————


「させるかよ、バーカ」


立ち向かうは、一人ではないと。



————瞬間、剣線。


「ナっ……!?」

一つの斬撃が、ミカボシに喰らい付いたその首と頭部を斬り離す。

神話庭園はそのとき初めて彼の存在を認識する。その身を足場に駆け上がった、稲本作一という鴉の存在を。


僅かに狼狽えた隙を彼女は逃さず、砲塔は大きく開いた口へと向けられて。

「撃てぇーッ!!」

一声と共に放たれた砲弾が、その頭部に直撃する。巨躯は揺らぎ、蓄えられた力は地に向けて叩きつけられる。


その方向には着地した彼がそこに。全てを消し去る力が彼の元に。

しかし彼は決して動じることもなく。ただ冷静に次の攻撃へと転じようとする。

それは、彼もまた————

「稲本さん!!」

「ナイスカバーだ……七海光……!!」

仲間たちのことを信じていたからだ。

七海光が手にする水晶の盾は、誰一人傷つけることなく地へとその勢いをいなし殺す。

人など容易く消し去らんその力を受けてなお、彼女の体躯は揺らぐことなくその場に立ち続けた。


その二人が目を向けるは上方。影が彼らを覆うとと同時、降り落ちる巨大な質量体。

いや、それは大蛇の身体そのもの。

「潰レろ!!」

エネルギー体ならまだしも、質量体であればその勢いの全てを受け流すのは難しい。ましてや、誰かを庇いながらなどもってのほか。

にも関わらず、二人は臆することなく眼前の敵へと構えて————

照準、構えターゲットロック

銃声。一つに聞こえた、無数の発砲音。

闇を裂く光の糸は束ねられ一つの火線となり、肉を削がれたその首は自らの重みに耐えきれず彼らに当たることなく地へと落ちた。

「流石です、黒瀬さん」

「この程度、造作もないわ」

上がる土煙の中を彼女、黒瀬香苗はまるでそこをランウェイと言わんばかりに優雅に歩み進む。その傍に、未だ熱の冷めぬ銃火器を浮かばせながら。


そのまま三人並んで、見上げるように目の前の宿敵たる神話庭園に目をやる。

「さて、と。悪くない働きをしたとは思うが……」

その視線の先、落ちたはずの大蛇の首は見る見る間に影が集いて元の姿を取り戻していく。

「フハハハハハ!!葦草風情の攻撃、効くわけがなかろうて!!」

そして声高らかに、己の力を誇示するように咆哮を上げる。

「相手が遺産だとはわかってましたけど……まさか、こんなに早く再生するなんて……」

振り撒かれる絶望の中、彼一人はある一点に目を向ける。

「支部長、体勢を立て直すのにどれくらい必要だ?」

「三十秒あればいけるが……どうしてだ稲本!!」

「アンタの、ミカボシの攻撃なら決定打になる」

その視線の先、首が一つ。未だ元の形を取り戻し切れず、肉と骨が露わになったままの姿がそこに。それは、先端開かれたあのミカボシの砲撃によってついた傷。

彼女の古代種のレネゲイド故か、それとも遺産の力を取り込んだ砲撃ゆえか、どちらにせよその一撃は確かに意味をなしていた。

「つーわけで、こっちで時間を稼ぐからよ。頼んだぜ、麻雛罌粟」

そのまま彼は不適な笑みを浮かべて、その手に剣を創り、その脚に力を込める。

「そうかい……無茶するんじゃないよ!」

その彼の姿を横目に、ミカボシは再度加速。牽制の砲撃を放ちながら距離を離す。


「はっ、葦草風情が何をしようト無駄だ!」

嘲笑と共に黒きレネゲイドが吹き出し、辺り一帯を再度包み込む。それと共に湧き出る、影の群れ。

距離を詰めるその間にほとんどを薙ぎ払ったはずだが、既に斃したものと同数かそれ以上の数の亡者が彼らの行先を阻まんとする。

「さて、どうしますか?コマンダー」

黒瀬は彼に問う。

「決まってんだろ、正面突破だ」

それを聞いて、黒瀬も小さく笑みを浮かべる。

「背中は、任せてください」

いつもの通り、確かな決意をその盾と共に七海は並んで。

「んじゃ、行くとしようぜ」

彼も一歩、強く踏み出す。

音もなく、瞬く間にその歩を進める。


目の前の影の群れに飛び込むように。

人を喰らいし絶望へと立ち向かうように。



彼の前に立ちはだかるは、願いの残滓の群れ。

「悪いが、退いてもらうぜ」

剣を抜いて、斬線が一つ二つ。流れるように目の前の影の首を、胴を次々と斬り離しながら前へ前へと駆け進んでいく。

「アアアアアッ!!」

怨念たちは彼に向けて、断末魔にもならぬ怨嗟の声を放つ。

されど彼はそんな声など耳に入らぬと言わんばかりに足を止めることなく、次々と影の群れを斬り薙ぎ陣形に穴を開けていく。

「七海」

「守りは、任せてください」

二人、目を合わせることなく互いに背を預け合う。

斃すことと守ること。方法も信念も違えど、今の二人の目的は同じ。

「邪魔は、させません」

亡者の群れが二人を狙うが、その攻撃全てを水晶の盾と彼女の底知れぬ命が受け止める。

故に乱れる事なく、その両手に握られた短機関銃の、彼女の周りに展開された重機関銃の銃口が影という影へと向けられる。

掃射開始オープンファイア

発火炎、同時に瞬く。先は一つの束として放たれた無数の弾丸が、今はほつれ影の一つ一つに向けて解き放たれる。

それは次第に広がるように、彼が開けた陣形の穴を広げていく。


されどその身体はあの大蛇のように再生し、再び悪神と彼らの間を遮らんとする。

それでも彼らは足を止めず、怨嗟の群れの中を駆け抜けていく。

彼らの眼前、無数の影が甦ろうとしたその瞬間————

「助かるぜ……イザナミの巫女……!!」

赤き矢という矢が降り注ぎ、亡霊たちの身体を次々と穿つ。

矢に撃ち抜かれたその傷を起点に、影の群れはボロボロと砂のように崩れて、そのまま彼らの前から消え去っていった。


そして開かれたその道の先、彼らが相対するは願いを喰らいし偽神。

「始めようぜ、クソッタレ」

「貴様も、その願いごと喰らってくれようじゃないか!!」

七つの首が大口開けて、その牙を彼に突き立てんと一斉に襲いかかる。

「んなもん、当たるかよ」

その牙が届く直前、跳躍。

すれ違いざまに抜刀。宙で身体を回転させながら、蛇の頭部を斬りつけながらそのまま巨躯の上へと着地する。

その手に握られた刀が鱗に弾かれ折れていることに気付くが、彼は気にも留めず首の付け根に向けてその背を駆け始める。

「ちょこまカとォ!!」

その行先を遮らんと、自らの体にも関わらず牙を突き立て彼を喰らわんとする。

されど彼の身のこなしは軽く、その全てという全てを避け切り————


「悪いが、テメェの核がそこにあるのはもう分かってるんだよ」

柄に手をかけ、狙いを定める。

音から、レネゲイドから、彼は偽神にとっての心臓がその場所にあることを突き止めた。ならばそれを逃す通りもなく。

「させルかァ!」

四方より迫る巨頭。彼を逃すまいと三つは空間さえ喰らうようにその口を大きく開く。

残り一つは、力を蓄えて—————


「安心しな、テメェを殺すのは俺じゃねえ」

浮かべるは、不敵な笑み。

同時、即座に抜刀。

「ナっ……!?」

斬線が三本、刀が三振り。

そして上下分たれた影の蛇の頭が三つ。残る一つも飛来するロケット弾が吹き飛ばし、爆風をコートで受けて彼もその場から飛び去る。

そして、そこには何も残らず。

ただ一直線、核への道が開かれる。

「まサか……!」

「そのまさかだよ、クソッタレ……!」


その全てが、彼の筋書き通り。

彼は力を、時間を、思考を、その全てをただ目の前のそれを殺す為だけに費やした。

それの首を叩き切るのに最低限の完成度を一瞬で測り、最小限の動きで七つの首のうち四つを無きものにした。

たとえすぐに再生しようとも、今この一瞬守りが失われればそれだけでいい。

さすれば————


「今です……麻雛罌粟さん!!」


その勝ちは、揺るがぬものとなるのだから。


「主砲、構えーーッ!!」

「ッ……!」

神話庭園の残りし首が一斉に同じ方向を向くが、その残りさえも三つの砲声と共に叩き伏せられる。

されど、それらも全て布石に過ぎない。

「虎の子の一発、絶対に外さないよ!!」

込めるはミカボシに搭載された、たった一つの実弾。高レネゲイドを詰め込んだミカボシにとっての、いいやこの場に存在する切り札そのもの。


狙うはただ一点。

全ての元凶である神話庭園の核、それが眠る場所。


込めるは願い。

この場にいる全員の願いを、その一発に。



ミカボシと完全に同調した麻雛罌粟の視線は、照準そのもの。

もはや彼女自身がその視線を外すような事がなければその砲弾が外れることはない。


それはこの場の誰にとって明らかで、確実なもの。揺るがぬ事実そのもの。


今、その手をかざして————

「撃て—————」

掛け声と同時、砲声。

一つの強大な質量体が螺旋を描き真っ直ぐと、揺らぐことなく空を切り裂く。

一瞬のはずだった。

なのに、どうしようもなく長い時間のように感じられた。それでも、終わりが訪れると分かっていたから。



「なん……で!?」

「どういうこと……!?」



着弾、せず。

逸れた弾頭は地を抉るのみで、神話庭園に掠りもせず。その光景に、誰もが驚きを隠せない。


外すわけが無かった。それこそ、麻雛罌粟自身が外そうと思わなければ。



されどその、まさかだった。



「っ……はぁ……はぁ……!」



麻雛罌粟は息を上げ、目を見開く。

間一髪、ギリギリだったと、目の前の弾頭が逸れた光景に彼女はどこか安堵さえ覚えていた。

そして全てを理解した上で、怒りの眼差しを向ける。

「神話庭園……っ!!」

「ハハハハ!!やはり所詮は葦草風情!!情に絆され我を仕留め損なうとは、笑止!!」

彼女の視線の先には、神話庭園の核のあるところ。

その手前に、盾のように磔のように、その身を突き出された結の姿が。

「何とも何とも愚かなことか!そうは思わないか?あの男も我が寄生しただけで何もできなくなったのだからな!」

嗤う。ノイズ混じりの不快な声で。

彼女のことを。かつて彼を封じた、一人の剣士のことを。

「寄生した我を殺せるチャンスだというのに、自分の"娘"に寄生されたのを見ただけで剣を振るうことができない愚かな男よ!そしてやつは封印を選んだ!何とも愚かで笑える男よ!」

「なっ……!?」

そして一人娘を守ろうとした、一人の父親のことを。


「貴様————!!」

この一言は彼女を怒らせるに、その視野を狭めるにあまりにも十分過ぎた。

そのまま追撃を重ねようと、己が力を砲塔に込めたその瞬間—————


「そしてお前も死ぬのだ。奴と同じように」


じわりと、痛みが腹部から広がっていく。視線を下に落とせば、赤く染まる己が体と己の身体を貫いた黒き影。

即座に裏拳でその影を砕くが、傷を中心として己が体は蝕まれ力が抜ける。


それ即ち、ミカボシの力も失われるということ。

「内から食い破れば、容易いものだなぁ?」

「っ……!」

ミカボシが、落ちて行く。緩やかに、されど確実に。


自らの勝利がゆるがぬものと確信し、神話庭園は笑う。

再び姿を取り戻し、雄叫び上げると共に黒きレネゲイドが彼らを呑む。


「さあ、貴様らも喰らってくれようではないか」


その頭上を覆うは絶望。

もはや希望はなく、願いの一つも届きそうにない。


「いいえ、まだ諦めません」


それでもなお、少女は絶望に飲まれることなく立ち続ける。


「悪いけど、お断りよ」


彼女もまた、戦いの先を見据え弾倉を替える。


「誰が、喰われてやるかよ」


彼は明確な闘志をその手に、剣を創り上げた。



影が空を覆う。

絶望が彼らをの行手を阻む。


それでも彼らは、一歩力強く前に踏み込む。


未だ果たされぬ、願いと約束のために。



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