第22話 絶望

黒き影が、空を塗りつぶす。一つの光さえも逃すまいと、絶望そのものとして彼らの頭上に覆い被さる。


その様を、麻雛罌粟は視界の端で眺めることしかできない。

「機関ブロック、高レネゲイドによる侵蝕!応答がありません……!」

「出力42%低下!ダメです、このままでは落ちます……!」

「弱音吐いてんじゃないよ!!艦底を擦り付けたっていい!!立て直すんだ!!」

怒声を上げながら支部員という支部員に指示を出す彼女。


だがこの船に安全な場所は、もうない。

「くっ……ところ構わずかい……!」

艦橋の中に湧き出る黒き影。それらは武器を持ち、出雲支部員に容赦なく襲いかかる。

「ったく、こっちはあんたらに構ってる場合じゃないっていうのに……!」

跳躍。拳撃。一撃でその頭を砕くが、一体倒したところでまた新たな影が幾つもいずる。

「クソっ……キリが!」

それらが再度襲わんとした時、影が三つ。

「ハァァァッ!!」

「させん!!」

並んでそれぞれが拳を突き出し、確実に一体ずつ仕留めていく。

「あ、アンタら……!」

「すみません支部長。大分寝てしまってました」

それはあの日マスターブロウダーに倒された彼ら。

「寝ていた分はここで取り返すので、今までの分はご容赦を……!」

レネゲイドが使えぬ今でも、彼らの実力ならば他愛もなく相手取る。


『支部長殿。艦内防衛装置、お借りします』

通信越しの声。それはジャック・オブライアンの声。彼の声が聞こえると同時、複数の設備が一斉に影を向き、次々と薙ぎ払うように無力化していく。

『こちらレイン、機関ブロックの奪還に向かいます』

続けてもう一人、"ネームレスエトランゼ"の彼女が向かう。銃声が遠くから聞こえると共に、各ブロックのレネゲイド反応が徐々に低下していく。


「雑魚は、私達に任せて」

声と同時、赫き軍勢が一斉に姿を現す。

黒と赤が交わり、されど有象無象の黒は直様掻き消されていく。

「……いいのかい、こっちに手を貸して」

「ええ。今の傷じゃ彼らについていくので精一杯。それに奴を殺すには、貴方の力が必要だから」

そう告げて、彼女も両の手に鉤爪を創り出して次々と黒き影たちを亡き者へと変えていく。

そして、彼女に託すように。

「だから、そっちは任せた」

麻雛罌粟は静かに頷く。そのまま、敵を再度見据えて。

「応さ。見せてやるよ、我ら鬼の意地って奴をねぇ!!」

今一度その拳を強く握る。


状況は最悪だとしても、その心はまだ折れてなどいなかった。



されど、偽神と相対する彼らはそうもいかない。

「どうせ小賢しき貴様らは、我を封印するあの忌まわしき剣を有しているのだろう?」

「っ……!」

勘付かれた、と同時。稲本目掛け振り下ろされる蛇の巨頭。

「さっきよりも……速ぇ……!!」

「当たり前だろう?先ほどまでは本気を出していなかったからなぁ!!」

「っ!」

その巨躯からは想像もできぬほどの速さで尾を薙ぎ払い、地形を抉りながら彼に迫る。

「クソ……ったれがァ!」

全力回避。飛び上がってその尾っぽを回避するが、それ即ち大きな隙を晒すということ。


それ即ち、死が一瞬にして迫るということ。

「イザナミの巫女もあの鬼もあの傷では剣を握れまい。ならば、貴様という剣士を喰らって仕舞えばこの戦いは終わりなのだよ……!」

「ぐっ……!」

ダメ押しと言わんばかりに彼の周りを囲むように湧き出る影の群れ。

頭上はその頭部が大口を開いて、逃げ場などどこにもないと彼も悟る。

そして終わりが迫る、その瞬間。

「はぁぁぁっ!!」

跳躍。彼の目の前に飛び出るように。

水晶の盾を起点に、大きく広がる光の壁。牙は突き立てられ、ヒビは広がれども一瞬動きを止める。

「2時方向、掃射を開始する」

そこに向けて走れという、黒瀬の合図。

彼は振り返ることもなく膝というバネを開いて地を蹴り出す。

彼が駆け出すと共に火線が横切り、目の前の影を散らしていく。

視界の端で、ミカボシの船首が上がり始めるのを確認する。

「ったく、どいつもこいつも諦めが悪いったらありゃしねぇな……」


まだ、終わっていない。

諦めるにはまだ早い。

絶望は降り掛かろうとも、まだ完全に潰えたわけではない。

反撃の起点さえあれば、まだ立ち向かえる。

だから—————

「そうさこの戦いはテメェがたおれるか、俺がたおれるか……。第二ラウンドと行こうぜ、神話庭園……!!」

大嘘つきのハッタリ。

今一度、未来を紡ぐための時間稼ぎ。

「望み通り、喰らってやろウぞ。葦草よ」

彼の一世一代の大博打。その賽は、いま投げられた。


「つーわけだ。大根役者かもしれねえが、しばらく付き合ってもらうぜ二人とも」

「もちろんです」

「無論だ。援護は任せろ」

駆け出す、と同時に一斉に銃声が鳴り響き、無数の弾丸が神話庭園の身体を縫い止める。

「その程度の目眩し如きでェ!」

咆哮を上げて、黒き球弾をその口から彼ら目掛け解き放つ。


それを見て、七海は反転。稲本は跳躍。

彼女は盾を上に構え、稲本は力強く彼女の盾を踏みつける。

その重みを感じると同時、一気に跳ね上げて。

「稲本さん!!」

「任された……!!」

黒弾が迫るよりも早く彼は飛び上がる。黒弾が盾にぶつかり弾けるその勢いさえも彼は利用して。

「このまま、一気に終わらせる……!」

その首に剣を突き立て、それを足場に頭部へと駆け上がる。

「ま、まサか……!」

神話庭園はその首を振り回し彼をはたき落とさんとするが、迎え撃つように抜刀。その首を落とし断面を足場に、そのまま首を駆け下り核へと距離を詰める。

「させルかぁ!!」

現れるは影の触腕。その全てが小さな蛇のような形を成して、彼に喰らい付いて絡めとるようにその動きを止める。

「っ……!!」

「ふ、はははは!!残念だったなぁ」

偽神は高らかに声を上げる。雄叫びと共に黒きレネゲイドが彼を呑み、内から彼を蝕んでいく。

それでも、その意識は縫い付けた。

少なくともミカボシはあと10秒もあれば体制を整え直す。

そうすれば、反撃の起点は————



「貴様らが何を企んでるにせよ、あの船が落ちれば全てが水の泡だなぁ?」



影が、嗤う。



言葉と同時、彼を縛る影も、目の前の巨体がその姿を一瞬にして消す。

「な、に————!?」

あまりの出来事に彼も知覚できず。

だが、理解はできてしまった。



あの影は結の体の中に潜み、目覚めるその時を待ち侘びていた。それはつまり、あの影の大きさなど変幻自在そのもの。

所詮あの形さえも仮初。ならばいきなり消えて現れるなど、それにとって造作もないこと。



そしてそれが、支配する空間の何処に現れるのかも自由自在。

「そこ……か……!!」

距離にして100m。彼は駆け出すが、地を踏み締めるたびに間に合わないことを悟る。

「っ……!!」

黒瀬は即座に複数の長銃を構えるが、現れたそれの姿を見て奥歯を噛み締める。

「その程度の力では、受け止められないだろうなぁ!」

遺産という強大なレネゲイドが、持てる全ての力を残りし四つの大口にて蓄える。




黒き光が、集う。

狙うはミカボシ。

絶望が形を成して、全ての希望という希望を呑み込んでいく。



その力の前では弾丸など無意味。

数多の戦場を駆け抜けた彼女だからこそ、鉛程度じゃそれを止めることなどできない事を理解してしまった。

あと数歩近ければ、刃が届いたかもしれない。

あと数秒あれば、悪神の主砲が火を吹いたかもしれない。



けれど戦いにおいて、"もしも"なんてものは存在しない。



ただそこにあるのは現実のみ。

希望も絶望も、意味を為さない。



誰よりもそのことを、少女はよく知っていたから————



「させ————ない……!!」




確固たる意志を、曲がることのない決意を胸に。



約束のため、願いのため—————



「絶対に死なせない……!今度こそ……誰も!!」



迷いなく、守るために、大きく一歩を踏み出した。


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