第12話 死淵

僅かに満ち足りぬ月が空昇る。

夜の空に輝き白き光は闇を照らし、海を照らし。

それは一面窓に覆われたミカボシの展望レストランにも差し込む。

黒刃と赤き爪も光に輝き、その斬戦が軌跡と残り空を切る。

月光はさながら戦いの舞台を照明が如く、演者たる彼らを照らしに照らして。

そして今————、

「っ……らァ!!」

「甘い」

甲高い、刃と刃がぶつかり合う音と共に、彼らの死闘の幕は切って落とされた。


振り抜かれる剣線。それは鋭く疾く、それでいて無駄な動きは一切なく。確実に一撃を彼女に加えんと彼より放たれた一閃。

だがその華奢な体から放たれたとは思えぬ蹴りが、その刃を弾き砕く。

「ッ……そいつは反則だろうが……!!」

彼の言葉に答えることなく、そのまま流れるように一撃二撃、鋭爪が深く彼の肉を抉る。


「戦いに、卑怯も何もないでしょう?」

そのまま追撃仕掛けようとマスターブロウダーが一歩即座に詰め寄る。

危機を察知した稲本も後方へと下がらんとする。

されど、その身体は何かに縛られたように鈍って。

「っ……反応が……!!」

予測の必要も無いほど、的確で確実な攻撃が彼目がけ放たれる。回避は不能。三度目の傷は免れず。

ただそれは、

「艦内防衛システム起動!!」

「チッ……」

彼一人だけで戦っていれば、の話だ。


「っ……電磁ネット……!!」

スプリンクラー、を模した防衛システムより投射された網。それは彼女の歩みを遮るように放たれて、彼が後退するだけの猶予が生じる。

「小細工を……」

ネット自体に引っかかりはしないが、回避にその思考や行動は阻害されて。

「ええ。戦いには卑怯なんて物はないからね」

撃発。その隙ついて放たれた数発の弾丸が彼女めがけて飛ぶ。

「この程度」

その幾つかを両の手の鉤爪で叩き落とし、迎撃不能と分かればそれらは回避する。

「悪いけど敵とあれば、排除させてもらいます!!」

されどその先、麻雛罌粟の拳が空を切るように彼女の行先に置かれていて。

砕く。人ならぬ力は容易く命を破壊する。

赤が飛び散って、その体が砕け散って。

「っ……!!」

彼女の身代わりとなりて、ヨモツイクサノの一人が消えていく。


その間に僅かに後方に下がった彼女。両の足が着くと同時、控えていた全ての死の軍勢が番えて。

「容赦はしない」

視線を彼らに合わせその手を翳し、瞬間一斉に赤き矢がこの空間を埋め尽くすように放たれる。

「数で圧倒してきたってところかいね……!!」

この室内では回避など出来るわけもなく、だからといって迎撃できるような数ではない。

故に選択肢はただ一つ。

「すいません、稲本さん。すこし、いえ一回吸い尽くします」

「ああ、美味くはないと思うが頼んだ」

七海は稲本の方に手を当てる。と同時、その手は温かな光に包まれ彼女の体に取り込まれるように。

そうして、彼は力抜けたように一度膝をつく。けれど彼はほんの少し笑って。


彼女が、盾を構えて力強く一歩踏み込む。

瞬間、その盾を起点として光という光が溢れ出す。

それは命の光。その水晶の盾を介して命そのものを、力を幕へと変える。

いやそれは幕というにはあまりに強固で、確かな形と質量を有した障壁になりて。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

蜘蛛の子逃さぬほどに繰り出された矢の雨は光に遮られ赤と散る。繰り出された命の守りは、彼らの誰にさえ一本とて通さなかった。

「……七海、ありがとう」

「これが、私の、役目ですから……!」

戦いの直前、彼女は誰も死なせないと言った。それは彼女の覚悟であり、決意である。決して理想論や戯言で終わらせない。それがその光に顕れていた。

「……いい眼をするようになったわね」

それは彼女にも感じ取れ、思わず声を漏らすほどで。


だがこれは、戦いの始まりに過ぎない。

「派手にやってくれたじゃねえかよ……マスターブロウダー!!」

守りが完全に消えるよりも早く、稲本は即座に納刀。一気に距離を詰めてその剣を構える。

「判断も早い。それも最善に近い」

迎撃の態勢。ヨモツイクサらも即座に彼女に合わせ、庇うように立ち塞がる。

「そして何より————」

されどそれさえも計算に入れて、彼は抜刀。

その手にした一刀が最大の威力を誇るその瞬間、その刀身は倍の長さとなって。

「纏めてブッ飛ばす……!!」

「迷いがない」

斬り裂く。彼女を庇おうとしたヨモツイクサごと、一気にその戦力を削ぐ。

同時、砕ける大太刀。

速さに、その勢いに耐えきれず黒が散る。

武器を失う事さえも勘定に入れて、素手のまま一歩詰めて。

「畳み掛けるよ!!」

「仕留める……!!」

その側方、麻雛罌粟と黒瀬がそれぞれの力をその手に携え加速した。


麻雛罌粟はその手に滴る血を蓄え、力を込めて一気に振り抜く。

鬼の力によって放たれる血液は鋼をも穿つ弾丸となる。それこそ、纏まらず繰り出されたそれは散弾が如く繰り出されて。

「回避も迎撃も困難……なら」

彼女を守るように死の軍勢の一人が前へと躍り出て大盾を構える。

即応、故に全ての弾丸は激音と共に盾に受け止められ。

そしてそれは、僅かながら彼女の死角を生んで。


「死ね」

「貰った……!!」

ガンブレードを構え、その照準を頭部に合わせる黒瀬。既に己が黒刀を手にして突きの構えを取る稲本。

ヨモツイクサの防御は間に合わない。故に構えるは赤の鉤爪。両者に視線を向け、すぐさま迎撃の態勢を取る。

発砲。駆けながらにも関わらず照準は一切ブレることもなく、弾丸は螺旋を描いて真っ直ぐと跳ぶ。それと同時、いやコンマ数秒僅かにズラしての攻撃。どちらかの攻撃は確実に防がれるだろう。それでもこの僅かな時間差を駆使した一手ならば、どちらかの攻撃は————


「用があるのは、お前だ」

「なっ……!?」

交錯。稲本の剣は確実に回避して、その鉤爪を勢いよく彼の腹部へと突き刺す。

同時、鈍い音と共に弾かれる彼女の左腕。その程度の傷なら厭わないと言わんばかりにその腕で受けて。

「舐めたマネを……!!」

距離詰めた黒瀬は再度引き金に指かけ二射目を放たんとする。

だが、突如腹部に走る激しい痛み。

「っ……!!」

痛みに目を向ければ赤き一矢。近づいたが故に避けられぬ場所に踏み込んでいて。

「邪魔はさせない」

「あがッ……!!」

その一瞬の怯みを彼女が見逃すはずもなく、叩き込まれる重い蹴り。


「黒瀬……!!」

勢いよく地を転がる彼女。そんな彼女の援護に回ろうにも宙を浮いた身体では何も出来るはずがなく。

「クソ……意識が……」

既に体はレネゲイドウイルスに酷く蝕まれ、その高い侵蝕率ではウイルスは宿主を守ろうとはしない。このまま順当に行けば失血死。それが彼の迎える結末の筈だった。

「っ……ぐぁ……!?」

突如その爪を起点に走る痛みと熱。そしてそれと共に塞がっていく傷痕。

「へぇ……殺しておいて生き返らせるなんて……いい趣味してんじゃねえか……」

「お前には聞きたいことがある。簡単には終わらせない」

と、同時一気にその体が投げられる。

それは彼女に向けて接近していた麻雛罌粟目掛け。

「っ……すまねえ支部長殿……!!」

「構いませんが……!!」

すかさず確保されるが、マスターブロウダーは彼ごと彼女にその爪を突き立てんと。

「させない……!!」

その間、割って入る七海。先ほどの守りに力を削がれたせいかその勢いの全てを受け切ることはできず、されどその身を呈し彼らに対する一撃は受け止める。

その追撃、黒瀬の鉛弾が彼女に迫るが、すんでのところで回避されて。

「大丈夫ですか稲本さん、麻雛罌粟さん」

「ええ。何とか助かりました、七海さん」

「お陰様でな……」

二人は立ち上がり、黒瀬も下がり再度足並みを揃える。


「にしても貴方、余程の恨みを買ったようね」

やっこさん程じゃあないとは思いたいけれどな。詳しくは聞かねえけどよ」

相変わらずの軽口、に対しては黒瀬は冷ややかな視線を向けて。

「何にせよ、ここで止めなければいけないことに変わりはありません」

「彼女が稲本さんを狙うなら、稲本さんは私が守ります」

二人は覚悟を決めてマスターブロウダーの前に立ち塞がる。

既に体勢を立て直し、ヨモツイクサと共ににじり寄る彼女。そして、稲本に目を向けて一言。

「神話庭園を渡しなさい、懐刀」

「おいおい、悪いが何言ってるか分からねえな。どういう事だか説明してくれねえか?」

その一言には軽口のように、されどその言葉の裏を少しでも探ろうと答えた。

「どういうことも何も、分かっているだろう」

が、それに対する答えは鉤爪と共に跳躍。

「文字通り問答無用ってか……!?」

迎撃に一閃。二つの斬線が交錯する。


「渡さないのであれば……!!」

「やらせない……!!」

繰り出される彼女の二撃目。対しすかさず割り込む七海。衝撃にその体軸は揺らぐが確かに反撃の間を生み出して。

「喰らいなさい」

ナイフの投射、から間髪入れることなく二つの発火炎。

「無駄よ」

死角からの攻撃にも関わらず咄嗟に爪のリーチを伸ばすことで確実にナイフを迎撃。


————炸裂。

「っ……!?」

それは仕込まれた火薬による熱と閃光。咄嗟に鉤爪の形を変えて防御に回す。

されどそれと同時に弾丸は脚を、腹部を穿ち確実に彼女にダメージを与えて。

「引っかかったわね……!!」

「このまま一気に畳み掛ける……!!」

ガンブレードによる斬撃、その背後より繰り出される彼の抜刀。

二人の連携近接。

息の合った斬撃の連鎖。紡いで紡ぎ、僅かながらもその体躯に傷を与えていく。

「小癪な……!!」

即座に呼び出されるヨモツイクサ。黒瀬はその存在を察知して後方へと下がる。

同時、放つ弾丸。火線はマスターブロウダーの動きを縫い付ける。

その隙、彼が一歩踏み込み間合いの中に彼女を捉える。

「逃さねえよ……!!」

「誘い込んだと思ったのなら————!」

彼を挟むように出づるは槍と剣を携えしヨモツイクサ。彼らは彼女を守るように、三方から迫る。火線の中でも彼女は巧みに体を翻し、一気にその爪を大きく振りかぶる。

対する彼も怯む事なく、正面の力に立ち向かうように一気に振り抜く。


衝撃、と同時に甲高い音。

赫の爪は弾け、黒の刃は砕け散る。その音に合わせるように、突き出される鋭き槍。

それは確かに彼という男の隙をついた。少なくとも視界の外より繰り出された一撃だった。

だが————

「当たらねえよ……その程度ならな……!!」

一度も視線は向けず、それでも紙一重で回避。衣服を掠めた槍の切っ先はそれ以上の傷は与えられず。ただ確かにもう一本の剣は確かに彼目掛け振り下ろされ。

「やらせない!!」

その大盾が、水晶の盾が命の光で弾く。彼も彼女のその介入を予期していたかのように立ち回って。

「助かったぜ七海ちゃん……!!」

「これくらい……!!」

そしてそのまま、互いに武器を創り出しては切り結ぶ。力は緩めず、されど口元だけ力を抜いて。


「……数日前とはずいぶんと動きは違うわね。人を舐めてるのかと思ってたけど」

「生憎こっちは最初から本気さ。ただ、少しばかし本調子が出せないだけでな」

「数日前の、あれが……?」

疑問、と同時に苛立ち混じりの声。

「いきなりよそ見をして何もないところに大声を出したり、戦闘中に武器を放り出していきなり逃げ出したあれが?」

それは明確に彼を軽蔑するような、今まで以上に敵意を剥き出しにした声音。

「人を無礼なめるのも、大概にしてくれる?」

「っ……ぐっ……!!」

「稲本さん……!!」

突き出された爪の一撃が彼の肩口を貫き、赤が滲んで黒に染まっていく。

それでも彼は退かずに剣をその手に一歩踏み込んで。

「舐めちゃいねえさ……少なくとも舐めてたら……!!」

「っ……!!」

鬼気迫る勢い。殺気とも異なるその気迫に、僅かに後退りした。

「こんな搦手は考えもしねえよ……!!」

その瞬間を、鬼の長たる彼女は逃さなかった。


「マスターブロウダー……!!」

「くっ……!!」

稲本を遮蔽として距離を詰める麻雛罌粟。腕から滴る赤をその手に集め、重力を持って一点に留めて。

「貴方には、ここで止まって頂きます……!!」

狙いを定める。ギリギリのギリギリまで近づいて、確実に当てられるように。

彼もその直前まではマスターブロウダーを逃さぬように、その剣技で押しとどめて。

「はぁぁぁぁっ!!」

振り抜く。その手に集めた血液を鉄として、重力乗せて一気に彼女目掛けて飛ばした。


先程の散弾とは比べ物にならない、鋭さと速ささえも有した刃と形容するに相応しき一撃。

死の群れは彼女を守ろうと立ち塞がるがそれさえも容易に斬り裂き、回避の猶予さえも一切与える事なく。


————赤が空を切る。


「がっ……!?」

その肢体を、赤き刃が容赦もなく斬裂する。靡く髪に似た赤の飛沫と共に、命そのものが空に散る。

揺らぐ身体、その力。彼女の力によって姿形を保っていたヨモツイクサたちの身もボロボロと崩れるように。



されどその赤の向こう、死の淵の向こう側。


「まだ……」


未だその瞳は、深き赤は光を失わず。

いや、吹き出す血潮と共にその力も溢れ輝きは増して。


「止まるわけにはいかない……!!」


再度彼女は立ち上がる。禍々しき気を纏い、死を纏い。


そして戦いは、続いた因縁は終わりへと向かう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る