第19話 決断

西の空は橙に、東は紫根を挟んで黒へと染まっていく。だが夕焼け空の下は黒い、禍々しき影が海を包む。

約束を交わしたその場所、そこが今から数時間後の決戦の地であると青年は確信を持ちながら、彼は人を待つ。


予定していた時間より少し早く、遠くからけたたましいエンジンの音が聞こえてくる。

それが近づく速さよりも、音の高さから相当なスピードを出している事はなんとなく分かった。ただ彼にとっても聞き慣れたその音が近づくのは、この状況でどこか安心感を覚えていた。

そしてしばらくすれば青きその影が見え、距離にして十メートル程のところで彼はその車体を滑らせながら停車した。


「ったく、いいスピード出しやがって」

「緊急事態だ。これくらいは仕方ないだろう」

そう言いながらバイクから降り、ヘルメットを外す彼。蒼き双眸に西の空の黒き影が映り、彼は静かにその状況を把握する。

そのまま無言でシートを開き、中からそれを取り出し彼へと投げ渡す。

「っと……これは……」

「てっきり、お前のことだから霧谷の命令を無視してあの中に飛び込むつもりだと思ったが」

彼が渡したそれは、ロングジャケット。正確には彼、稲本作一が全開の戦闘を行うための戦闘服。

「ナイフ六本にサブアームのグロック……ついでにスタングレネードと予備マガジン……。フルセットで持ってきてくれたのか」

「相手が遺産ならこれくらいは必要だと思ってな」

「……この十数時間でここまで万全に揃えてくれて助かるよ」

「全く、霧谷に早朝に叩き起こされた俺の身にもなってもらいたいな」

悪態吐きながら彼は懐より紫色の箱を取り出し、棒状の砂糖菓子を口に咥える。

「んで、お前はこっからどうするんだ?」

「俺はこのまま出雲市内の民間人の保護に当たる。この領域で俺は能力エフェクトは使えないし……ガウラスとは個人的に面識がある」

「なるほど、ならそっちはお前に任せて問題ないって訳か」

稲本も彼からその砂糖菓子を一本貰い咥えて、二人並んで西の海で蠢く影を眺める。


「それで、勝算は」

「無いわけじゃねえが、多く見積もって1パーセントくらいだな」

「何だ、思ったより高いな」

「お前……百回やって一回勝てるかどうかって言ってんだぞこっちは……。励ましの一言くらいくれたっていいだろうよ……」

それを聞いて彼は少し驚き、ため息一つついて。

「絶対に勝算のないあの人との戦いを制したお前が、神に対し万に一つどころか百に一つ勝てると言ったんだ。それもお前一人では無いのなら、励ます必要などあるか?」

さも当たり前のようにそう語る。変に気を遣えない彼の言葉だからこそ、その言葉に嘘偽りがないと分かり。

「……そーかよ」

思わず少しだけ、緊張が解けた気がした。


そうして口の中で溶けて脆くなった菓子を、二人は噛み砕いて小さくなった破片を飲み込む。

「んじゃ、俺はミカボシに戻る」

「ああ、俺もガウラスと合流する」

彼はヘルメットを被り、バイクにまたがりキーを回す。それと共に再び始動するエンジン。それを見送る前に、彼は笑みを見せて。

「お前が相棒でよかったよ、本当」

「俺としては迷惑この上ないがな」

「悪かったな」

「全くだ。帰ってきたら苦情の一つや二つ三つ、四つか五つほどは覚悟しておけよ」

「そうかい、楽しみにしとくよ」

彼はバイザーを下ろし、そのままフルスロットルで去っていく。けたたましい音に耳がやられたような気もしたが、少しだけ励まされたような気さえもして。

「ったく、こりゃ意地でも帰らなきゃいけなくなっちまったじゃねえかよ……」

そのまま皆の待つ船へと、彼は一歩足を踏み出していった。



—————————————————————



同刻 ミカボシ 治療室の一つ


赤き髪を靡かせながら、少女の見た目をした彼女は修復された衣服の袖に腕を通す。傷も概ね塞がり、能力も出力は限られるが問題なく扱える。

空を見れば先ほどよりも月が高く昇り、彼女も決戦の時が近いことを悟る。

そうしていれば、先ほどと同じ電子音と共にドアが開く。そこには七海と、布に包まれたそれを手にした麻雛罌粟の二人。

「それで、見つかったの?」

「ああ。アイツはとっておきを残していってくれたよ」

麻雛罌粟はそれを包む布を解いて見せる。それにはイザナミの巫女は少し懐かしむようにしていて。


そんな中、七海が静かに切り出す。

「えーっと、その。さっきここの前の支部⻑さん……あの手記の持ち主の人が封印していた部屋に入ったんですけど……」

そのまま彼女はその部屋にあった手紙の事、神器"ヒノカグツチノツルギ"について、そして神話庭園を滅ぼすにはそれの真の力を解き放つことが必要であると話して。

「それで、なんですけど……単刀直入に聞きたいんですが、こんな⻑い期間姿変わらずに生きてるってことは、あなたのレネゲイドって古代種ってことでいいんでしょうか」

「ええ、そうね。そういう事になるわね」


その答えに七海は少し安堵して、そのまま再度口を開く。

「彼女を……結ちゃんを助けるために協力していただけないでしょうか。支部⻑だけでも使うことはできるみたいなんですけど、先延ばしにしかならないみたいで……その……」

少し自信なさげに、色々と思惑して。けど、何かを包み隠して真意を伝えられるほど彼女は器用ではなかったから。

「融合が進んでない今なら、庭園を消したうえで結ちゃんも消さずにいれるかもしれないんです!そのためにあなたの血を貸してください、お願いします!」

真っ直ぐに、深々と頭を下げて彼女は己の意志をイザナミの巫女へと示した。


それにはイザナミの巫女は少し間を置いて、ゆっくりと穏やかに口を開く。

「結とは、あの子……白い髪のあの子のことで合ってる?」

「え、あ、はい。貴方にはあの遺産が出てくる直前ぐらいまでは見えてなかったみたいですけど、神話庭園に取り込まれた子のことです」

「そう……そう結という現代の名前を貰ったのね」

それを聞けば彼女は少しだけ嬉しそうにして、すぐにその表情を正す。

「あの子を救う手立てに、私の血が必要なのね?」

「えーっと救いつつ今後の憂いの一つを完全に断つためには……って感じです。あ、もちろん救う気はありますけど、その辺は融合が進 んだらだから早く助けないといけないって感じになるかと……」

そこで変に包み隠せないあたり、彼女らしいなとその場にいる二人は思いながらも、そんな彼女だからこそここまで来たのだと改めて認識して。

「……正直者すぎるわね、本当に」

少し呆れたような顔を見せながらも、静かに立ち上がり。

「こちらも奴には深い因縁がある、手は貸す」

彼女の真っ直ぐな瞳に応えた。


「あ、ありがとうございます!」

「断る理由もない。それに、あの村は私の故郷。それを滅ぼした元凶には、それ相応の死を与えなければならない」

嬉しそうにする七海、和かにしながらもその闘志をあらわにする。

そんな様子を麻雛罌粟は少し微笑ましそうにして。

「それじゃ、よろしく頼むよ」

「ええ。私としても彼の無念は晴らさなければならない」

それには少し、思わず彼を思い出す。

「そうだな。アイツの為にも一肌脱ぐとしようかね。生憎と、アタシは剣は上手く扱えないがね」

「彼ほど剣を扱える人間もそうそういないわ。それこそ……」

そう彼女は言いかけて、そのまま口をつぐむ。そこから先は麻雛罌粟も問わずにただ微笑んで。


「さ、あまり時間はないからね。二人ともさっさと支度しな!」

「はい!」

「ええ」

今、ここに下された決断。

一人の少女を救い、数千年に渡る因縁を断ち切る。

願いは一つ。されど成し遂げんとするは、五人。

月明かりが見守るその中で、決戦の時は近づいていた。


物語の終わり、満月が昇り切るまで、あと二刻。


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