第5話 開幕

死の、硝煙の匂いが満ち満ちた空気が、彼らの登場でより一層張り詰める。

彼らの感覚という感覚が一つ一つの所作を、僅かな指の動きでさえもその動きを逃すことはなく。


「あの人は……え?」

その中で、麻雛罌粟は既視感に囚われる。決して警戒は解かずとも、僅かに緊張の糸を緩ませてしまって。

「さて、依頼の為に死ぬか逃げるか。選択しなさい」

そんな様子さえも気に留めることもなくノワールはその銃口を彼女に向けて勧告する。命のやり取りをする上で、その緩み自体が命を奪いかねないと彼女は知っていたから。


ただそれ以上に彼女は言葉を紡ぐ事を、その想いを吐き出さずにはいられず。

「まだこんなことやってるんですか……!?もうやめてくださいよ……なんでこんなこと……!!」

それは光自身が彼女に救われたから。彼女の理想に、彼女達の優しさにその命を繋いでもらったからこそその想いは露わになって。

「……これはやらねばならないこと。これは私がしなければならない事、信念の為に……約束のために」

その彼女の問いには明確には答えず。それでも決して譲らぬというその意を示し。

「やらなくちゃいけないこと……?こんな子を襲って、あなたが悪人って後ろ指さされてまで……!!」

煮え切らぬその答えに、感情のままに一歩光は踏み出した。


————瞬間、黒き影がその場を包む。

禍々しくも奇妙な、全ての光さえも呑んでしまいそうな黒という黒で満たされた"ワーディング"。

「何……これ……」

「まだ奥の手持ってんのかよ畜生……こっちはもうジリ貧だぜ……?」

黒瀬は照準は合わせたまま、されど膝はついて。稲本は剣で体を支えるが、歯を食いしばりながら立ち続けるのが精一杯で。

「……っ、新手?何処から……!」

「これって……あの人の力じゃない……?」

己が身体のレネゲイドがその力に縛られまいと力を発揮して昂って、その中で麻雛罌粟は膝をつきながらもこれが彼女の力ではないと気づいて。


そして数秒を終えてそれが収まれば、彼女の両の手の赤き爪もボロボロに砕け、何かに気付いた様子で。

「……まさか、ならば急がなければ」

その瞳は稲本を捉える。何かを確信した様子で、僅かに焦りを見せて。

「……貴方にとってもイレギュラーって事ね」

黒瀬は再度照準を合わせ、並行して部下達に指示を出し。

「え……?何かさっきの知ってるんですか……!?」

そして光は彼女に再度問いかけて。

「答える必要は、ない」

冷徹に、切り捨てるように彼女は言い放った。


「そう。だったら強行手段を取らせてもらうわ」

同時、発砲トリガー。合わせていた照準の先目掛け弾丸を飛ばすが、蘇りし死者の群れにその弾丸は遮られて。

「っ……!何で、何でいっつも大事なところは邪魔が入ったからってはぐらかすんですか……!」

光の悲痛な叫びに対しても彼女は何一つ答えない。いや、答えられなかったのか。

どれにせよそれ以上彼女が口を開く事はなく。


辺りの従者達が動き始める。それらは血へと還って一箇所に集まるように、幾らかの従者達はそれを守るかのように立ち塞がって。

溶け合うそれらは次第に形を成して、気づけばそれは人の身の丈を遥かに超えた巨人となりて。

そしてその手に携えしはその巨躯に見合いし長槍。それが形を成した時にはすでにそれは狙いを定め、構えていて。

「っ……!!」

繰り出される。ただ一人、稲本目掛けて一気に。少女を抱えて逃げようとするが、回避が間に合わぬ事を理解し咄嗟に庇おうとして。

「っ……!!うっ、あああああああああッ!!」

それよりも早く光が割り込み、その長槍を受け止める。

その華奢な身体からは想像も付かぬ力で耐えて、耐え抜いてその一撃を逸らし二人を守り切る。

向きを変えられた強大な力は地に突き刺さり、同時爆ぜるように地を抉る。

巻き上がる土煙がその威力を物語り、同時に彼女の強靭なる守りを裏付けて。


その土煙を遮蔽として彼女、ノワールは一気に彼らに近づいて彼に声かける。

「稲本、あの機体に預けろ。それから先は後で話す」

「こちらで預かろう、青年」

すかさず彼、ジャックも機動兵器と共に駆けつけて。

「助かる……事情を知ってるなら尚更だ……!」

彼は優しく少女を抱き抱え、パイロットたる彼に彼女を渡す。ジャックもその身を預かればそのまますかさずベルトで固定し再度戦線に、されど僅かに離れた後方へと下がる。


そしてそれを確認すれば麻雛罌粟が皆に問いかける。

「二分持ちこたえれば多分あのデカいのは行けます。皆さん、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です!」

「問題ねえ……!」

「こちらは無問題だ」

それに対し皆が了承すれば、麻雛罌粟は遥か遠方、海の方角を向いて。

「っつーわけで、二分だ!!速攻で頼むぜ!」

荒々しく、それでいて通る声を空に向けて声を飛ばす。誰に届いてるかは彼らはいざ知らず。それでもやるべき事はわかっていたから。


「レイン、こちらへの支援を増やして」

『了解しました、隊長』

同時、その巨躯目掛け弾雨が降り注ぐ。

それに混じりし鋭き火線は的確に巨人の関節を打ち抜き、僅かな時ではあれどその動きを封じ込めて。

「こっちだよ……デカブツ!!」

その弾雨を掻い潜るように稲本は駆け抜け、次々とナイフを創造してはそれらを投射しそれの気を最大限までに引きつける。

「させない……っ!!」

そして緩慢になりながらも繰り出される重き槍の一撃は彼女がその揺らぐことの無い体芯で確実に受け止め、守り切って。

この繰り返し。単純ではあれど確実に、そつが無いように。

たった一つのミスが死に繋がる事を彼らは重々承知しているから。決して緊張も、その攻撃の手を緩める事はせず。


百二十秒という短くも長きに渡る時間。疲労の色も見え綻びも生じ始めたが、それでも確かに与えられた時間を耐え抜いた。

故に、その時は訪れて。

『支部長、とっておきの装填終わりました!!』

「よくやった。終端誘導はこっちに任せなァ!!」


麻雛罌粟は瞬きもせずにその視線を巨躯へと合わせる。

彼女の眼、それはそのものがミカボシのセンサーとなり、決して逃すことなく目標ターゲットを見据えて。


轟音。それは同時に号砲となる。

この戦いの終わり、そして神話庭園を巡る戦いの幕開けの報せ。

空に響き渡り、数秒にも満たぬ間にそれは降り落ちる。その結晶とも言える弾頭が空に描いた軌跡は、線は確かにその巨躯を穿ち貫いて。

爆ぜる。

僅かに遅れて、孔が広がる。音もなく、衝撃が伝播するように。

そしてわずかに遅れて轟く。地を抉り、土砂が撒き散らされて、血肉が弾けその命の群れは分たれた。


だが、分たれた命は再度泥のように崩れ落ちながらも再度それぞれで形を成して彼らの前に立ち塞がる。

「クリオネかスライムですか……提言、撤退を申告します」

それをみてキリがないと判断した黒瀬は指揮官の一人としてこの場は退くことを選び。

「皆、大丈夫?七海さんも...色々あるかもしれませんが……すいません、ここは一旦引きます」

麻雛罌粟も同じように危険と判断し、彼女も帰還を試みる。

「異論はねえ……」

己が傷の深さも消耗具合も理解していた稲本は足元がおぼつかない様子ではありながらも彼らの言葉を受け入れ。

「…………はい、分かってます」

光はその言葉に小さく頷きながらも彼女が居たはずの方向を悲しげに見つめて。それでもこれ以上仲間達が傷つくのをみたいとは思わないから。


「ではレイン、支援砲撃を開始。ヘリ部隊にも通達。スモーク弾を発射し、敵の視界を封じろ。無人機部隊を回収し我々も撤退する」

全員がヘリに乗り込んだことを確認すれば彼女は最後の指示を皆に出し、彼女自身もヘリに乗り込む。

そして席について、強く、強く噛み締める。


—————かつて彼女に仲間を皆殺しにされた。

ノーマルの傭兵如きがオーヴァード、それもマスターエージェントに敵うわけもなく。

例え互いに嵌められていたとしてもあの日の傷は、奪われたものはあまりにも大きくて。

それが一度目。


今日、力を得て二度目の対峙。

力は通じても彼女の意地に撤退を余儀なくされた。

けれど今は生きてる。

ならば三度目の正直、今度こそ確実に仕留める。今度こそ、仲間達の無念を————


それが弔いとなると信じて。

静かに、冷徹に、言葉にすることもなく彼女はその弾倉に弾を込める。



同じように少女は彼女を想いヘリの中から空を見る。


————彼女の真意が、知りたい。


大切な人が犠牲にならない世界。

それを創造するというのなら、どうして誰かを傷つける?

私を助けてくれたのに、どうして血を流す?


分からない。矛盾だらけで、分かりたいことだらけで。


だから決して諦めない。

いつかこの手が彼女に届くまで。

この想いが届くまで。


その覚悟を胸に、その決意をその手に、己が盾を強く握りしめた。



そして日は沈み、夜の帳が下りて月が影を照らす。


まあるいお月様が登るまで、——————の時まで、あと六日。



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