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第6話 邂逅
飛沫が、傷口に滲み入る。
痛みはじわりと広がって、僅かに熱を帯びてはすぐさま冷えてその繰り返し。
数日に渡る逃亡の中で負った傷は決して少なくはなく、オーヴァードの回復力を持ってしてもその多くはまだ塞がりきらず。それでもこの出雲支部での治療のお陰もあり少なくとも数日以内に再度戦闘は問題なくこなせる程度には回復した。
支部長の麻雛罌粟には「この数日大変だったんですから、湯船に浸かってしっかり休んでください」なんて労ってもらったが今回の任務にはレディが四人か五人か、どちらにせよ自分以上にそれを使うべき人がいたから。
そして何より、この数日飲まず食わずで少女を抱えて走って戦ってまた走ってと繰り返したせいか疲労もピークに達していて、湯船に浸かれば次は水死体で見つかるのが目に見えている。ならば目覚ましにもなる冷たいシャワーの方がいいと伝えた。
そしてシャワーも浴び終え、タオルで拭き取り事前に持ち込んだ着替えに着替えこの後のミーティングに備える。しばらく準備があるから待っててと言われたから、ゆっくりとベッドに腰掛ける。
窓のない部屋だが、バロールの力で急造してもらった区画だから文句は言えない。むしろ外界と閉ざされているお陰で幾分か昂っていた心も落ち着きを取り戻して。
そうしてゆっくりしていれば艦内アナウンスが鳴り響く。
「支部員及び、現在艦内にいる人は宴会場に集合して下さい。今後の会議"等"を行います」
穏やかな麻雛罌粟の声。それが準備完了の報せであると同時、何か気になる一文字がそこにはあって。
「等……ってなんだ……?」
疑問を抱えたまま、そのまま船室を後にした。
※
UGNの支部であると同時に表向きは海上レストランであるミカボシ。それでいて団体客も受け入れている。そんなこの支部には宴会場も勿論用意されていて、それでいて有事の際には会議を行うための場所にもなる。
そして展望レストランでもある為、その場所は一面窓ガラスに覆われ、その景色も一望できて。
夜の空に月浮かぶ。
星々は煌めき、白き月光が海を照らす。
その様子はさながら海に掛かる橋のようで、ただそれはまだ欠けて繋がりきっていないようで。
それが土地柄もあってか、尚のこと神秘的で。
それでも、そんな景色さえも意識の外に追いやられるだけの理由が会議"等"と態々付けたのにはあって。
「凄え……」
彼の眼前に広がるは和、洋、中華、豪華絢爛な料理が並んでいて。
「久々にこんな豪勢なの見たわ……」
感動や感嘆より、唖然として思わず言葉が漏れ出てしまっていた。
「……」
そして、それは彼だけでなく後から入ってきた風呂上がりの彼女ら、黒瀬や光にも驚きの光景であったようで彼女らも立ち尽くしている。
そんな彼らを見つけたか、隅の方で資料を纏めていただろう麻雛罌粟が立ち上がり彼らの方へと徐に迎えて。
「あ、お風呂はどうでしたか?流石に船内敷設の奴なので流石に豪華では無くて申し訳ないのですが……えっとこの料理のことですよね。いや支部員に見つかって、折角来てくれたんだからパーッと歓迎しながらしてもいいんじゃないかって言われて……」
相変わらず気配りで、ただ後半についてはしどろもどろになっている様子から彼女も彼女の部下たちに押し通されてしまったのだろう。
「と、とにかく出雲市支部の歓迎の証を込めて、パーティの中でついでに話し合っていこうかと……もう少しで支部員が資料をまとめ上げるはずですので、それまでは好きな物食べてながらで構わないません」
そう言って彼女は再び席の方に戻っていく。裏の方から「なんで料理作る前に資料作らなかったんだ!?優先順位があるだろ!あほか!?」なんて声も聞こえてくるが、それでももてなしを優先するのが彼女らの在り方なのかもしれない。
そしてそんな彼女らのおもてなしを受けないのも失礼と思い、彼らも皿を手にして。
「……それじゃあ、ご同伴させて貰いますね」
「い、いただきます」
「折角だし、この辺から……」
箸で摘んで皿によそって、そのまま口へと徐に運ぶ。
そして舌に触れて、噛んで飲み込めば口の中にすぐさま広がって。
「……旨っ」
一言で言うならば美味。今まで彼らが食べてきたであろう食の中でも五本指、いやトップ3に入りかねないほどで。
「あ、そういえば味付けとか濃すぎたりしなかった?もし必要なら調味料とか自由に使ってくださいね」
そんな気遣いなど不要な程に和洋中、それぞれ全ての皿で味が完結しきっていた。
そうして彼らが舌鼓を打っていれば、白い髪の少女がひょこりと覗き見るように姿を見せて。
「……あ。検査は終わったみたいですね。えっと、こんにちは……?」
その姿に気づいた七海が近づき目線を合わせて少女に声かける。
「えっと、こ、こんばんわ」
「あ、そうでしたね。こんばんはでした……」
少女はまだ緊張しているのか少し落ち着きがない様子で、まだ声も少し震えていて。
「こんばんわ。……ねぇ、お嬢さん。服はあるかしら?」
そんな彼女に次に声をかけたのは黒瀬。よく見なくても彼女が来ているのは服、と言うにはあまりにもボロボロの布切れ。
「お嬢さん、よければこの服を着なさい」
見かねた彼女は答えを聞くよりも早く、空間を何処かに繋いでそれを渡して。
「ふぇ、えっと、これ、えっとどうやって」
けれどもそれを受け取った彼女は慌てふためいて袖に首を通そうとしたり、首が出るはずのところから腕が出ていたり。
「ちょっと待ちなさい」
そう言って黒瀬は更にゲートから筒状のカーテンを取り出して、少女を囲えばあら不思議。カーテンが降りたときにはもう少女は着替えを終えていた。
そんな早着替えも終えれば、ご馳走は彼女の前にも広がっていて。
「えーっと……食べていいそうなので、食べます……?」
七海は更にパンを乗せて彼女に差し出す。それを少女はとても興味深そうに眺めて、首を傾げる。
「これ、なんでしょう?」
「えーっと、これは『パン』っていう食べ物で、これはそういう食べ物を載せるための『お皿』っていうんです」
「ぱん……えっと、こういうのがあるんですね。食器も……私の知っていたようなモノと違うような……?」
少女はそれを手にし、不思議そうにして。
「え、そうなんですか?私はこう言うのしか見たことがありませんけど……」
ただそれ以上に、七海も彼女の知識との齟齬に少しだけ疑念を抱く。
そんな疑念も晴れぬ間に、少女は天井を見上げて純粋に疑問に思ったのか。
「ここ、まるでお日様の下にいるみたいに明るいですし、アマテラス様が照らしているのでしょうか?」
「アマテラス?」
「天照大神は日本神話に出てくる神様よ」
「そうなんですか……あんまりその辺の知識はあの人のやってることをみて調べたりはするんですけどよくわからなくて……」
七海が面目なさげに苦笑して、黒瀬がその名を口にすれば少女も少し晴れやかな表情を浮かべる。
「はい、天照大御神様、時折いらっしゃったりはしていましたけど」
その言葉に、黒瀬は疑問符を浮かべて首を傾げる。少女も真似するように首を傾げるが、やはり何か言動に不思議な点があって。
神が、人間の前に現れる?たとえ超常の力を有した今の世界に現れる神がかった物も所詮はEXレネゲイドや遺産が神を模倣したものが殆どで。なのに彼女はさも当たり前かのように神そのものが彼女らの前に姿を現したと言って。
そんな御伽噺のようなことがあるとは到底思えず、思考がやや固まり始めた頃。
「アマテラス様は流石に今日はもうお休みしてるから、今は電気の力を借りてるのさ」
そこに青年が割り込むように、目線を合わせて言葉をかける。
「でんき?」
けれど、やはり彼女はその言葉の意味も分からないと言った様子で。
「……ごめん、任せます。どうも子供はまだ苦手で……」
脳がオーバーヒートしたか、黒瀬は一歩下がり稲本はそれに対して手をヒラヒラと振って答える。
が、
「えーっと電気は……どう説明したらいいんでしょうか?」
「そうだな……タケミカヅチ様の力……だっけ……?」
「えーっと、日本神話ではそうだった、様な……?」
「俺もあんま子供は得意じゃねえけど……夢壊したくはねえし……」
託された稲本も七海もうろ覚え。二人が不安になれば少女も疑問符を浮かべたままで。
「合ってますよ」
振り向けば書類仕事を終えただろう麻雛罌粟がそこに。
「けれど、タケミカヅチ様はここにはいません。ここではちょっとばかし相性が悪いでしょうから」
アマツミカボシとタケミカヅチは最後の最後まで争ってましたから、なんて彼女は付け加えて。
「まぁ、⻤とか妖がいる世界ですし、神様もいるかもしれませんね」
彼女はそう和かに言って、料理を盛り付けて少女に差し出した。
「ほら難しいこと考えてないで料理食べましょうか。冷めちゃいますよ?」
「え、えっと、はい」
少女も素直にその差し出された皿を手にして、まずはパンを掴んで口を大きく開けてかじり付く。
食べたことのない味だからか、とても目を輝かせながらそれを味わって。よくみればその口元にはパン屑が付いていた。
そうして彼らが食を囲んで親交を深めていれば、支部員の一人が現れる。
「失礼します、支部⻑よろしいでしょうか?」
その手には資料の束が抱えられていて。
「資料はちゃんと纏まったみてーだな。じゃ、頼む。なるだけ分かりやすくな」
「はい、それでは」
そう彼は言って皆に資料を手渡し、正面のモニターに資料を映し出す。この僅かな時間で作られたにも関わらず綺麗に纏められた資料を。
「まずマスターブロウダーについてですが、支部⻑たちが退避した後、再びあの村跡にて何か荷物を運び込んだのを見たという報告がありますが……我々ではあの場には近づけず詳細は不明です」
やはりあの後、死せる者たちによってあの場所は制圧されてそれ以上の調査は困難だったようで。
「黒いワーディングについてもですが未だ解析はできていません。時間はかかりますが……しかし恐らくは遺産に関連すると思われます。マスターブロウダーの行方もそこからくらませておりわかっていません、神話庭園についてもわからず、なぜ彼女がそれを求めるのかまでは……」
重ねて資料や前例の少なさからあの力が何かも、そして彼女の目的さえも分からず分からないことばかり。
けれども全てが分からずじまいなわけではなく。
「白い少女、彼女に関してですが、現代社会での常識及び社会常識、知識といったものと記憶が大きく欠如しています」
告げられた事ついては彼らも何処か心当たりがあったようで。
「……その、言いにくいことですが、まるで過去からタイムスリップでもしたかのような……あり得ない事かと思いますが」
彼らもその頭の片隅にて思っていた事を、確信づけるように彼が言葉にしてくれた。
「そして、ワーディングを展開しましたが反応はなかったところを見ますと、オーヴァードであると判明はしました……ただシンドロームについては不明です」
その資料を見る限りはオーヴァード、だが該当するシンドロームはまだ確認されてなく。
「つまるところ、情報が少なすぎます」
彼の言う通り、神話庭園についてもマスターブロウダーについても少女についても、分からぬ事だらけという事だ。
「彼女の記憶も知識も一般常識もないことからどこかへと閉じ込められていたとも考えられますが……いかがしますか?」
「取り敢えず、資料纏めご苦労。助かった」
彼女がそう労いの言葉をかければ彼は礼を示して彼女にその場を預ける。
「で、皆さんは特に疑問点などはありませんか?無ければ今日はこのまま宴会。しっかりと疲れを取って下さい。そして明日からは支部員達と一緒に情報を集まる手伝いをして欲しいのですが」
「……今のところ特にはない、です」
「こっちとしては分からんことが分かっただけで十分すよ。あと、明日からについても了解です」
「……年齢も分からないのでしょうか?」
「えっと、十五歳、です」
少女の方を見て問い掛ければ、頬張っていたパンを飲み込んで口を開き答えて。
「……なるほど。確かに知識が欠如してますね」
改めて彼女には欠けたものが多すぎると、少なくともその歳の少女にしては知らぬものが多すぎると確信する。
「とは言っても、やっぱ出てる情報が少ねえな……」
「もっと資料を集めればいいのですが、ほぼ全て神代文字と呼ばれる古代文字な上に破損個所が多く……前支部⻑の部屋も閉ざされており 入れないのです、申し訳ございません」
彼の言う前支部長の部屋、ひいては出雲市内に存在する旧出雲支部の事。殆どの機能をミカボシへと移した今では有事の代理支部か、或いは物置のような扱いになっていて。
「部屋?物理で開けられないの?」
「前支部⻑の何かしらの力が働いているのか何か条件があるかもしれません」
「あぁ、それは面倒ですね」
「もはや怨念か何かの類じゃねえのそれ……?」
「無理に壊すわけにもいきませんから」
「そうですね……前支部⻑にきつく言い渡されてるので取り壊しはしていませんし、壊すわけにも当然いきません」
「つまり、一旦は八方塞がり状態ですね」
黒瀬の言う通り、現状すぐに打開策が見つからないことは明らかなようだ。
ただ、それでも何か無いかと麻雛罌粟は記憶を手繰り、一つのことを思い出す。
「一個大事なことを言い忘れていました。私、今回の神代の村で会う前からマスターブロウダーに会ったことがあります」
それは、あの"敵"に関する貴重な情報。
「へぇ、そうなんですか?」
それに対して黒瀬の声色は酷く落ち着いていて、それでいて重く険しく、それでも表情には出さずに。
「はい、夜に稲佐の浜。誰かをじっと待ってるようでした。まさかそんな方だったなんて、思いもしませんでしたが……」
「そうだったんですか……」
七海はそれにはやはりどこか想うところがあったのか俯いて。
「"約束"ってそれに関係することなんでしょうか……」
「そうじゃないの?」
「え?あ、口に出てましたか……すいません……」
思わず漏れ出た七海の言葉を黒瀬は冷たくあしらうように、興味なさげに。いや寧ろ情や思考も削ぎ落とし、ただの情報として彼女はそれを受け入れて。
「夜にいない日の方が多いですしあまりこの情報はあてにならないかもしれません……申し訳ないです」
「それでも事情の少しでも分かれば少しは対応しやすくなるかもしれんですし」
彼は彼でその情報を受け止めて、少女も少し興味深そうに耳を傾けていた。
「取り敢えず、情報収集については明日から宜しくお願い致します。今日は一杯食べて明日に備えてくださいね!」
「はい、分かりました」
「ええ」
「今日はエネルギー確保して明日からまた頑張りますかね!!」
彼がそう言えば会議は終わりを迎えて、各々が再び料理を皿に取って信仰を深めていく。
そして少女はパンの最後の一欠片を飲み込んで。
「……うん、あの人はマスターブロウダー、というひとなんだ」
白き月が空昇る。
夜の帳に光差す。
舞台が明かりに照らされて、全ての役者が動き出す。
ただ一つ、未だ姿を見せぬ影を除いて。
続
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