第4話 集結

空は変わらず青く、雲も今日は少し早いが空を横切るように過ぎ去っていき。

同時、この穏やかな場所には似つかわしくない鉄の、死の匂いが充満していて。

硝煙や火煙の匂いはなくとも、この戦場が彼女達に相応しき戦場と思うには十分で。


その思考と共に彼女らは着々と準備を進める。

作戦区域の包囲、それぞれの武装展開。誰もが歯車のように無駄なく速やかに動き、僅か数分で全ての準備は整いて。

「隊長、突入準備完了しました」

「ああ。ジャック、レインは別働隊で頼む。ジャックは機動兵器の使用を許可。大火力で殲滅して。レインは狙撃を。周囲の味方を援護しなさい」

「イエスマム」

「了解しました」

黒瀬は二人の直属の部下に指示を出し、その傍らで再度陣形を確認する。

今回の作戦は出雲支部との合同。それもイリーガルや他の支部の人間も作戦行動に加わると聞いている。指揮官が増えればその分それぞれの負担は減るが、同時に指揮系統や陣形の綻びにもなり得る。

特に今回は相手が相手だ。単体の戦闘力もさることながら彼女は百を超える数の戦力も有する。僅かな綻びも許されない。二度と同じ失敗は出来ない。この場を任された彼女は確実と最善を尽くす為に、今一度俯瞰的にこの状況を捉えていた。


そしてその傍ら、麻雛罌粟も出雲支部の面々に指示を出し、来たる決戦に向けて動く。

「黒瀬さんの方は……あの様子なら大丈夫そうね。別動隊として動かしても良いかもしれませんし……」

彼女もまたこの場を統べる者の一人としてこの戦場を俯瞰し、引き連れてきた部下達に指示を出していた。

「えーっと、ここが合流地点のはずですよね……」

その彼女の視界に、キョロキョロと辺りを見回すこの戦場にはあまりにも似つかわしくない少女が一人。大きな鞄のようなケースのような物を手にしていて。

「あ、すいません!霧谷さんから依頼受けてきました、七海光というものなんですけども!」

そして彼女も気付いたのか麻雛罌粟の方へと駆け寄ってきた。

「あ、貴方が七海さんですね。霧谷さんから話は聞いています。今案件中は私の支部の預かりになるから何かあったら質問してね?」

「あ、はい。支部⻑の方ですね。今回はよろしくお願いします」

七海も深くお辞儀をして、麻雛罌粟も内心その礼儀正しさに感心していた。


「麻雛罌粟さん、報告です」

そんな彼女に黒瀬が声をかけてきて。

「報告?何でしょうか」

「部隊の展開は終了しました。そちらの状況を、と思いまして」

「えぇ、こちらも支部員の準備は終わってます……といっても精鋭は既に村内に行ってしまっているので5人程度で申し訳ないのですが……」

「それで言えばこちらは3人ですよ」

よく見れば彼女の言う通り黒瀬達の部隊はたった三人で、今の今まで展開していたその多くは無人機だったようで。

「それと、彼女が例の増援ですか?」

彼女は七海の方を向いて、七海もその言葉に黒瀬の方へと顔を向けて。

「えっと、はい。霧谷さんから依頼されてきました、七海光です」

「えぇ、よろしく」

七海は彼女に対しても深く頭を下げて、黒瀬も薄ら笑みを浮かべて彼女に答えた。

「それで、麻雛罌粟さん。必要でしたらこちらからFH製の武器を流しますが?」

「武器についてはあんまり大きな声で言わないでね?私達、UGNだから」

麻雛罌粟はやや嗜めるように彼女に答えて、

「私は傭兵なので、公言しても問題ありませんよ」

彼女は表情は大きく変えず、少し無愛想な態度で答える。これはいわゆる傭兵かUGNかの信念の違いによるすれ違い。黒瀬は黒瀬なりに最大限を尽くそうと、麻雛罌粟は越えてはならぬ一線を理解していたから。ただ幸い、現状彼らの目的は一致していた。


故に、その一声。

「これより、神代の村に突入します!」

麻雛罌粟の通る声がその場に響き渡り、彼らが一斉に同じ方向へと向いて。

「中にいる敵の数は無数、目標は遺産"神話庭園"及び先に現地来たエージェントの回収。最優先は自分の命。決して死なないでください。他の人ができなかった分は私が無茶すれば済みますので……」

彼女の声音で誰もが覚悟を決める。匂いで、肌でここが死地とは理解していたが彼女の言葉がより一層皆の心を引き締めて。

そして全員が己が得物をその手に携えたことを彼女は確認し、彼女は大きく息を吸い込んで。

「突入!!」

号令。それは静寂を打ち破り、状況が一気に大きく動き始めた。



足をその場所に踏み入れれば、むせ返りそうになる程の死が充満していて。

それに慣れ切っている彼女ら、ネームレスエトランゼは足を緩めることなくその戦場を駆け抜ける。

「邪魔ですね」

遮るは死の軍勢が一体。その懐より彼女の得物たるガンブレードをその手にして、照準を頭に合わせ引鉄トリガーを引く。

発火炎マズルフラッシュ、と同時に鉛が額を穿ちその体はゆらめく。

だが未だ斃れず。ならばと彼女は一気に懐に飛び込み、刃を振るい一気に斬りかかる。

傷口からは赤が噴き出て、命に綻びが生じて。

再度、その銃口が火を吹く。放たれた弾丸は綻びを焼き切る様に。


同時、頭上にそれは現れる。

命を持たぬが故に畏れも竦みもなく、ただ確実に彼女を止めんと槍を振りかざして。

だがそれが彼女に届くことは無く、銃線はそれの頭を貫き飛ばす。

命中ヒット

見るまでも無くそれは彼女の部下が一人"レイン・シュヴァルツァー"の正確な狙撃。一つ、また一つと射線が描かれては命無き命を消しとばしていく。

「レインはこのまま支援を。ジャック、前方に火力を集中して」

「ウィルコ」

続くは"ジャック・オブライアン"の機動兵器による制圧射撃。搭載された重火器と爆薬による紅蓮は次々と辺りを焼き払い彼らの道を切り拓いて。


そしてその僅か後方、一つの肉体が弾ける。

「っ……らぁッ!!」

麻雛罌粟より繰り出されし一撃は肉体を容易く砕き、爆ぜさせる。それに骨と肉はないが、血だけはあたりに飛び散って。それは原理としては容易に理解できる。純粋な力の前ではありとあらゆる命も意味をなさない。それは単純明快な理屈で。

ただ、その光景があまりにも歪で。

一見すれば華奢で麗しい彼女の身体のどこからその様な一撃が繰り出されるのか理解できる筈はなく。


それもその筈。彼女らは人の枠組みの外の生き物。それは人の生活に密接で、時に化生と忌み嫌われ、時に神と崇め奉られ。人の形をして、人の枠組みを外れた存在。


彼女らは古来より"鬼"と呼ばれていた。


「このまま一気に行くぞお前らァ!」

「あいよ支部長ォ!」

人の、それも命なき者に彼らを止めることは能わず。たった五人といえど、その進軍たるは万軍が如き。


それでも、その進軍を止めんと彼らは弓を構え矢を番る。

斉射。赤き血の矢は雨の様に、隙間さえ見えぬ密度で矢が降り注がれる。

「チッ……これは……!!」

足を止めざるを得ない。迎撃しなければ確実にやられると分かって。


「皆さんは……やらせません……!!」

一歩前に彼女が躍り出る。その手にはクリスタルシールド。ただそれは陽の光を浴びる以外にも光を帯びていて。

「っ……やあぁぁっ!!」

盾を地に突き立てる。と、同時、光の幕が彼女らの眼前を覆う。

それは命の光。彼女の命を障壁として展開し、降り注ぐ血の雨を全て難なく弾き誰の足を止めさせる事なくその全てを受け止めて。


「このまま一気にたたみかける……!!」

僅かに生まれた猛撃の縫い間、その綻びを黒瀬は決して逃さず、その腕に取り付けたAIDAを介して後方の無人機部隊に指示を出す。


瞬間、弾雨が降り注ぐ。意思なき傀儡による弾丸は、命なき命を削りその陣形に穴を穿つ。

「見えた……!!」

ちらほらと隙間の空いたその網目を掻い潜るように彼らは駆け抜けて。その穴が塞がらぬようにとネームレスエトランゼの二人はその火力を前方に集中させて。


その先で、火花が散る。

青年が刀を振るい、赤髪の少女の鉤爪を零距離で受け止める。

「っ……ったく、しつこいにも程があるんじゃねえのか?何日追っかけて来てんだテメェ」

青年の体をよく見れば細かな傷はもちろん幾らかの傷からは赤が流れ出で、髪は乱れ服もズタボロだ。けれど彼が守る少女には傷一つなく、それが余計に彼の傷を際立たせて。

「たった数日だ。それに日数など関係ない」

同時、瞬時に力が込められその刃は弾かれる。

胴はガラ空き、確かに隙が生じてその隙めがけ彼女がその心臓抉らんと一気に突き出される。

回避は可能、だが避ければそれこそ後方にいる少女に当たり兼ねない。

だがだからと言ってこのままやられっぱなしでは何も事態は好転しない。


ならば、それなら。

身をよじり、返した刃でその攻撃の軌跡を無理矢理と曲げる。

曲げたその先は少女の脇の下。ギリギリで彼女に攻撃が当たらぬように逸らして。

同時、刃が空を斬る。

肉薄した彼と彼女の距離を強引に切り離して、そのまま一気に間合いに捉える。


納刀リロード。僅かに生じたこの機を逃さず、全ての神経を己が目と右腕に集中する。

もはや一瞬の勝負。殺さずとも、退けるための最大の一撃を叩き込む。

強く右手を握りしめて、

「一之太刀—————」

光解き放つように、その刃を解放しようとした。


刹那、視界が眩む。

「っ……ぐっ……!?」

気がつけば脚にももう力が入らず、まともに狙いを定めることもできない。

流石にこの数日戦い続けてきたツケが回ったか。数多の傷が命に届いたか。

どれにせよもう反撃の猶予は与えてしまった。次の一手は確実に己の命を砕くだろう。

回避は不可能、命中は必至。


半ば彼の思考があきらめに近づいた、その時だ。


「っ……!!」

一発の乾いた銃声と共に、彼女が一歩後ずさる。

もう一手で奪われた筈の命はそこにあって、僅かな猶予が生まれる。

「無事ね」

銃声の方向に目を向ければそこにはガンブレードを構えた彼女がいて。

「……っ!!」

今度は一人の少女が立ち塞がるように盾を構えて。

「稲本さん、発見しました!」

力強く、その身体がその人に支えられる。

「増援か……ありがたい……!!」

青年も彼女らの到着を消えゆく視界の中で認識して、僅かに笑みを溢した。

「増援……」

その状況を赤髪の少女は不服そうに睨みつける。歯を食いしばり、その怒りを堪えるように。

それを見て彼女は静かなれど、黒く燃える憎悪に満ちたその瞳で睨み返す。

「……久しぶりね、マスターブロウダー」

かつて相対した、その宿敵を。



そして今、全ての役者が集結した。

物語の幕は静かに上がる。誰に止められることもなく、ただ緩やかに。


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