第3話 交戦

白き雲に青い空、遮るものも無いこの場所ではその赤は、死はより鮮明に際立ってそこに居て。

「……どうも、初めまして。マスターブロウダーさんよ。穏やかな雰囲気じゃねえが、どういったご用件で?」

見た目は可憐で美しき少女。だが明らかにその隠しきれぬ程の殺気と威圧感はまさにマスターエージェントのそれそのもので。

稲本も無意識に、もはや本能に近い反応でその左手に鞘入りの刀を創造して臨戦態勢へと移る。

空気は張り詰めたままに膠着。そのまま互いに睨み合う時間が続いた。

しかしそれも僅かな時のみ。

「先手必勝……覚悟!!」

「っ……待て!!」

出雲市部の彼ら三人はその腕を獣が如く変貌させて、同時に寸分違わぬ呼吸で動き出す。


体格も歩幅も概ね近くとも、それでも多少の差異というのはあるものだ。にも関わらず彼らの動きは緻密に機械のように連携が取られていて。

「行くぞ、マスターブロウダー!!」

初撃。鋭く繰り出された拳は彼女の眼前をすり抜け、彼女の一撃にその腕を弾かれる。

だが一撃目が躱されることも織り込み済みで。

二撃。拳が繰り出されると同時に二人目の彼が背後を取り、貫手を繰り出す。

流石に彼女もそれを受けるのは痛手と判断したか即座に己が血を鉤爪として、交錯するようにその一撃を食い止める。

そしてそれは同時、彼女の動きを絡め取って。

「貰ったァ!」

三撃、既に彼は上空へと跳躍。その姿が見えなかったのは彼らの寸分違わぬ動きが彼の行動を隠し通したが故。

もはや必殺、詰みを押し付ける連携攻撃。

上空より降りしその拳は—————

「なっ……!?」

阻まれる。彼女を守らん、死した彼らによってその勢いを完全に受け殺された。


三手までは想定されていてもその先が想定されることはない。

いや、必要などないのだ。この三手の先に敵の命などあるはずもなかったのだから。

だが、だからこそ綻びは生じて。

「ぐぁッ……!?」

彼らの剛腕が、斬り落とされる。鮮やかに、まるで洋菓子を切り落とすかのように軽々と切り裂いて。

「ア……ガッ……」


僅か数秒。マスターエージェントと互角に渡り合えるだけのエージェント三人が翻弄され、気がつけば戦闘不能にまで追い込まれ。

「UGN、邪魔立てさえしなければ何もしない、遺産"神話庭園"は回収させてもらう」

彼女は厳かに、それでいて物静かに稲本らに告げる。

無論立ち上がろうとすればそのまま倒れた彼らに剣が突き立てられる。これ以上動けぬように、立ち向かえぬようにと。


状況は最悪。実力差は歴然で、数の有利も取られていて。加えて背後には少女が一人。このまま戦うとなれば彼女を守りながら戦うことを求められる。

それでも彼はUGNエージェントであり、目の前の敵を放っておくことも出来ない。

「俺としても穏便に済ませたかったところだが……遺産を求めてると聞いちゃ放ってはおけねえ。何より————」

この任務は人々の日常を守る為、この世界を守る為の戦い。ただそれだけではなく。

「こうも仲間をやられて、はいそうですかで終わるわけがねえだろ……!!」

彼自身の闘志を燃やすには条件が余りにも揃っていたのだ。


蹴り出す。力強く、音さえも置き去りにする速さで。右手は既に柄を握り、その狙いは一点のみに定められ。マスターブロウダーに反応されるよりも早く、即座に間合いを詰めて。

抜刀。空をも斬り裂く黒刃は鋭く彼女のどう目掛けて振り抜かれる。

されどその一撃は彼女には届かず。

「っ……!!」

「攻撃されたら反撃する、当然でしょう?」

彼女の鉤爪は確かにその一刃を絡め取り、彼の刃の勢いを完全に殺した。

確かに実力差は歴然。だがそれでも彼の抜刀術は既に高い領域まで練り上げられている。見てから反応できるのはそれだけ剣術に長けた人間か、それこそ未来を見る事ができる者くらいだろう。


ならば、彼女が受け止めたのは予測と分析から。報告に受けた限りノイマンで無い。となれば、余程の天才か或いは経験を積んでるか。

見た目詐欺にも程がある。一体どれだけの戦いを潜り抜けてきた?

どちらにせよ、マズい。

余計な思考をする暇など無い。


彼も分かってはいた。だがどうしても彼の思考を埋め尽くすには十分で。

「っ……!!」

「遅い」

腹部目掛けて叩き込まれる蹴り。華奢な御足からは想像もできぬ威力で、内臓が破裂したきがした。

だがそんな思考を巡らせようにも後方に目を向ければ、先程の少女が逃げることも竦む事もなくまだそこに居て。

「っ……!!」

咄嗟に刀を地面に突き刺す。60kgを超える質量体がそう簡単に止まることは無いが、それでもすんでのところで制動しきって。

「大丈夫か……怪我はねえか!?」

「だ、大丈夫です」

彼女の無事に僅かに安堵。気を抜けないことは分かっていたが一息ついて。

「私の信念の為にも、制さなくてはならない」

そんな間さえも与えんと言わんばかりに、振われた鉤爪より斬撃波が彼らを襲う。

「ったく、ちったぁ周り見ろよ畜生……!!」

逃げ場はない。だが幸いそれは正面から真っ直ぐに飛ぶのみ。故に彼は庇うように彼女の前に立ち塞がりその身を刻まれ、防具も皮膚も削がれ抉られ噴き出した赤が後方に激しく散っていく。


「このまま走って逃げろ……ここは危険だ!!」

少女の方を向いて彼は叫ぶ。だが辺りを見回せば既に包囲は完成し、命は絡め取られたも同然。このまま彼女一人で逃げきれないのは火を見るよりも明らかで。

だが、だからと言って未だ数を増し続ける死の軍勢を相手取りながら彼女と戦うのも無謀だ。

それでいて戦闘の意思はこちらにしか見せず、何故か出雲支部の彼らにはトドメを刺す様子もない。

「遺産は、回収させてもらう」

ならば、少し不本意ではあるが選択肢は一つ。

「そうかい……。だったら悪いが……!!」

稲本は剣を宙へと放り投げた。天高く、誰の目にも留まるように。


そしてそれが放物線の頂点に辿り着いた瞬間。

「俺たちは一度トンズラさせてもらう……!!」

炸裂、と同時に閃光。辺り一体を陽光さえも呑み込まんほどの夥しい光が包み込んで、その場全員の目を焼き尽くさんとする。

そして彼女が目を開けば、既に包囲を抜けて少女を御伽噺の姫のように抱えて全速力で駆け去る彼の姿が。


それと同時、彼女も何かに気づいたのかより一層剣幕な表情を浮かべて。

「ここからは————、」

更なる軍勢を呼び覚ます。ただ一つ、それを手にする為に。その願いを叶える為に。そして————

「逃がさない」

その信念を、果たす為に。





数日の時が流れ、出雲市が上空。

黒きヘリの一団が渡鳥の群れの様に整列して空を横切っていく。

そのヘリが一機の中、彼女は物思いに耽る様に地上を眺める。ローター音は酷く五月蝿いが、もう慣れたと言わんばかりに済ました顔で聞き流していて。


『総員、聞こえるか』

インカム越しに聞こえる声。幾度と無く聞いた上官、"ヴァシリオス・ガウラス"の声だ。

相変わらず遊びがないというか、真面目そのものが喋っているかのような声音。

「こちらノワール、オールオアナッシング。状況説明をお願いします」

その声に隊長の彼女は冷静に、抑揚無き声で応える。それを聞いて、彼も続けるように口を開く。

『数時間前、出雲地方にて一部に高レネゲイド反応が認められた。UGN出雲支部の依頼によると数日前に通信が途絶えたエージェントが複数。マスターブロウダーが遺産"神話庭園"を狙っておりそれと関係していると思われる。現地の部隊と合流、連携して速やかに対象の保護及び遺産の確保を行え』

「了解」

「ミスター、質問です」

彼女の隣、狙撃用ライフルを携えた女性隊員の一人が無線越しに質問を投げかける。

「対象の遺産はどの様な形をしていますか?」

『不明だ。どうにも資料が少ないらしい。相当古い遺産にはよくあることだが……現地の支部⻑と共にそれを調査してくれ』

「了解しました」

「現地の状況は?それと、行方不明のエージェントの資料は?」

彼女が質問を終えると、間髪入れる事なく男性の隊員が彼に重ねて問いかけた。

「現在作戦区域にて紅い人影が多数確認されている。目視で確認した限りでも数百は確認できた。また行方不明のエージェントについてもそちらの端末に送付する」


その言葉と同時、彼の端末にそのエージェントについての資料が送付される。

「隊長、こちらです」

映し出された資料には彼の名前、所属、戦闘スタイルや経歴まで記されていて。

「若いですね」

『22歳とのことだ』

「成る程、期待できそうですね」

自分より僅かに若いくらいとはいえ、それでもこの若さで日本支部のエージェントならば相当な実力が見込まれる。

『……そうだな』

当の上官殿は若者を戦場を出す事を好まない為に余り良い反応は示していないが。

「まぁ、構いません。仕事が出来ればそれで十分です」

それでも命のやり取りを行うこの職場では戦えるか戦えないか。それだけが重要な事を彼女は、その傷はよく知っていた。


『間も無く作戦区域に到達だ。目標地点より200mの地点にて部隊を展開し行動に移れ」

「了解しました。ジャック降下地点を確認してください。レイン、準備をします」

「イエスマム」

「了解しました」

作戦開始が近づき彼女も部下に指示を出して、己もその懐に備えた銃火器の安全装置を解除する。腕に付けた機器も、袖口に仕込んだ武器も問題はない。コートの内に仕込んだ得物も調整は万全だ。

『以降は無線を封鎖する。健闘を祈る』

その言葉と共に無線は切られ、より一層空気も彼らの精神も張り詰めていく。

いや、これがいつも通りのルーティンというべきか、一層心地よくさえも感じ始めていて。


着陸。

辺りの草木を揺らしながら黒き鉄塊はその地に降りて。

ハッチが開くと同時に彼女はその場所に降り立つ。地に足つくと同時、彼女の長きダークブラウンの髪が風に靡いて。そして僅か、硝煙の香りがその風に乗って行く。


彼女の名はノワール、又の名を"黒瀬香苗,。

外人傭兵部隊"ネームレスエトランゼ"を率いる若き才女であり、敵対する全てを滅ぼし尽くした—————


「さあ、我々も動くとしよう」


厄災を生み出す者カラミティメーカーだ。


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