第15話 提案

東の空に、朝日が登る。ほのかに空の端は赤に染まり、闇と黎明の混じった時間。場所は辺りを一望できるビルの屋上。あの日、俺があの人と死闘を繰り広げたあの場所。


この夢を見るのは久しぶりだと、つい懐かしんでしまった。


眼前には、太陽を背にして立つ懐かしき人。その顔は影になって見えない。うっすらと見えるその表情も笑みを浮かべるだけで、言葉は発さず。

けれどその左手に握る、鞘に納められた黒き一刀と、彼の発する殺気が全てで。

「……ったく。やれって言うんだな、アンタは」

左手に剣を創り出す。同じく鞘に納めたままの、黒き一刀を。

言葉で語る必要はない。

それ以上に分かり合えるものを、今俺たちはこの手にしているのだから。


だから一歩、かつてのあの日のように軽やかに蹴り出して————

「っ……!!」

剣線、交わる。

人間の眼では反応出来ない速さで抜かれた一刀。芯を捉えた斬撃に俺の剣は弾かれて、辛うじて逸らした斬撃は俺の頬を裂く。

痛みは遅れて熱となるが、そんな感覚さえも惜しむほどに強く一歩踏み出す。

「喰らい、やがれ—————!!」

間髪入れる事なく心臓目掛け、刃を突き出す。空気の抵抗もないように、真っ直ぐと。

「がッ……!?」

だがその一撃よりも早く、己が体躯に蹴りが飛ばされた。


「……迷ってるのが一目瞭然だよ、作一」

息も乱れて身体を支えるのがやっとな俺と、あれだけの剣を振るいながら余裕のその人。

「二撃目は剣で受けるまでもねえってか……?」

「ああ。今までの君ならまだしも、今の君じゃ僕にも敵わない。今の君じゃ、何も守れない」

冷たく、淡々と。それは四年前、彼に言われた言葉に似ていて。いや、あの時の方がマシだった気さえもしてくる。

けど、だからと言ってハイそうですかと素直に受け入れられるほど、俺はまだ大人にはなりきれてないから。

「だったら、見せてやるさ……アンタに教わった剣で、何処まで来たかってよ……!」

「ああ、来なさい」

刃を納めて、互いに構える。在りし日の頃、この人に稽古をつけて時と同じように。

ただ、今はそんな感傷も記憶も切り捨てて、感覚という感覚を研ぎ澄ます。それは眼前の彼も同様、俺に応えるように。



世界が白黒に染まり、風の音さえも聞こえなくなる。余計な思考も感覚も削ぎ落とす。己という人間を、ただ眼前の敵を斬る刀とするように。

けれど、だからこそ輪郭はハッキリと眼に写り、殺気という殺気を肌で感じ取る。無駄のない彼の所作も全てこの眼に焼き付ける。


言葉は要らない。次の一手が全て。それで全てがわかる。だから————、


「一之太刀————」


抜刀、同時。

周りの景色も、何もかもが止まったような、刹那。

飛んだ剣先が、脇を抜けて胸を裂く。痛みより早く、赤が滲む。それもあの人と俺、同時。

互いの刃がぶつかって、音が響くよりも早く衝撃。点と点で交わり合い、一瞬の拮抗。

だが、その拮抗もすぐに崩れる。

点を起点に、黒き刃がひび割れていく。

線が一つ、また一つと、枝分かれするように増えて広がって。

二つの剣が、砕け散る。俺のも、彼のも。

けれど僅かに、俺の方が劣っていた。

「——————」

折れた俺の刃は届かず。彼の刃は剣先を失いながらも肋を抜けて、そのまま俺の心臓を裂いた。


そして全ての時が再度動き出して、走る痛みと散った金属片。己が負けたのだと、膝をついて認識する。

彼は静かに俺に近づいて、ただ一言。

「どれだけ削ぎ落とそうとも、君の剣は殺しの剣になることは無いから、だから————」

あの日と変わらぬ、笑顔で。

「約束を果たしなさい。君の信じる、やり方で」


そのまま背景は朧げに、視界が開けていく。赤は白へと変わって、広がって————




—————————————————————



目の前に広がる、知らない白い天井。いや、確かここに来た最初の日に見た天井。

意識が戻るにつれて、ハッキリと電子音が聞こえる。

感覚が戻るにつれて、自分の体の至る所に様々な線が繋がれてるのが見える。その一つには、点滴も。そういえばと時計を見れば、先の戦いからは短針が一周するだけの時間は経っていたようだ。

「っててててて……」

体を起こそうとすれば傷が痛む。オーヴァード由来の回復力もあってか傷の大半は塞がっていたが……いや、ここで思い返せば黒瀬に結構な目に遭わされた記憶も蘇る。具体的には麻酔無しで傷を塞がれた、そんな記憶が。「テメェ覚えろよこの野郎!!」とまで言った記憶もあるが、今回は頭を冷やしきれなかった俺に非しか無いし、後で謝らなけらばだろう。


何はともあれ、こんなところで寝てるわけにはいかない。やるべき事を分かった上で寝たままでいれば、またあの人に夢の中で殺されてしまう。今度は本気で。

それはこりごりだと片手で繋がれた線を全て外し、もう片手で衣類を創造してベッドを降りる。


俺も早く加わろう。少女を救う為に動き出しているだろう、彼女らの元に————





窓から、肌寒ささえ覚える潮風が吹き込む。差し込む日光はガラスの破片に不規則に反射して部屋を点々と照らす。


一昨日までは宴会場として使われていた会議室は、昨晩の死闘の跡を残して。

そこに集うは六人。

この支部の支部長の麻雛罌粟、『ネームレス・エトランゼ』隊長のノワールこと黒瀬香苗、その部下ら三人。そしてイリーガルの七海光。

「さて、ジャックと私で神代の村にあったマスターブロウダーの資料は動かし終えたけど……」

そう言う彼女は少し疲れた様子で、支部員が出してくれた飲み物で喉を潤す。


そんな彼女らの前には情報の束に、神話庭園や、あの神代の村に伝わる伝承についての書物の山。神話庭園の発動と同時に市内全域に広がった黒い、影のようなワーディング。

そして周辺に展開していたヴァシリオス隊によれば、そのワーディングによりエフェクトの使用さえも出来ないとのこと。その報告通り、出雲市の市部員たちも一切の能力を使えない。


筈だったのだが。

「あの、皆さんは能力を使えますか……?」

「……生憎と、使えるわね」

「私も使えますね……。うちの従業員は使えなかったから、ヴァシ坊……じゃなくてガウラス隊長さんの誤報告という訳でもなさそうですし……」

試しに簡単な力を使ってみせる彼女ら。やはり彼女らは何事も問題なく、その力を扱えるようで。

「やっぱり、そうですよね……」

「まずは、この辺も踏まえてやるべき事を確認していきましょう。稲本さんもまだ目を覚まさないでしょうし……」

麻雛罌粟はそのまま、現状の確認を行おうとモニターに情報を出した。


途端、部屋のドアが開かれる。

「ったく……痛み止めたっぷりで治療してもらいながら気持ちよく休んでる間に、こんなことになってるとはな……」

「稲本さん!」

いつも通りの軽い口調に薄い笑み。今まで通りに振る舞おうとしている。けど、その足取りはおぼつかず、彼らでも取り繕ってるのは一目瞭然。

「稲本、せめて顔色は作っておけ。目の下に隈が出来ている」

「すまん。思ったより体は嘘をつけねえみてぇだ」

彼は己の頬を叩いて、首を横に振る。笑みは消えるが、冷静さはもう取り戻したようで。

「……さっきはすまなかった。んでもってありがとうな」

稲本は腰掛けて黒瀬に礼を言って、彼女は言葉はなく、けれど目線でそれに応じた。



そうしていれば、通信が一つ。UGN日本支部から。麻雛罌粟は即座に応じる。

「よかった、皆さんご無事でしたか……」

画面に大きく映されたのは、慌てた様子の日本支部支部長、霧谷雄吾の姿。

「お疲れ様です、霧谷支部長。早速ですがこちらを」

麻雛罌粟はまとめた情報を送付し、霧谷はそれを見て何かが腑に落ちたように、少し悲痛な顔をして。

「つい先ほど出雲地方を中心に展開された大規模なワーディングにより、出雲地方をはじめとした各地域で都市機能への障害やオーヴァードの能力に大きな影響が出ております」

彼は冷静に、淡々と事実を伝える。それには彼らも現状を再度確認して、頷く。

「貴方達の話と、そしてその少女の話から推測されるに……貴方たちが保護した少女が"遺産継承者"であり『神話庭園』に何かを願ってしまった。そして起動した『神話庭園』によって黒いワーディングが展開され、人々を取り込み始めています。これは頂いた資料を見る限り、止まることは無いでしょう。

言葉を続けて、その彼の表情も沈んでいく。

けれど、意を決したように顔を上げ、いつにもなく厳かな声音で。

「この緊急事態を受け、UGN日本支部は今回の件をレネゲイド災害と認定。そして……それを引き起こしている遺産"神話庭園"の排除、破壊を命じます」

彼はこの国を、この世界を守るための決断を下した。普段は物腰柔らかな彼とは違う彼の言葉に彼らも少し気圧され、一瞬言葉を失いかけた。


「あの……霧谷さん」

「何でしょうか、七海さん」

「取り込まれた人々は無事何でしょうか……?」

「依然不明です……ただ、猶予はないかと」

声音は変わらず、けれどその余裕のない声が今の状況を語る。

ただそれ以上に、彼らには聞かねばならないことがある。

「霧谷さん、一つ質問を」

麻雛罌粟は真っ直ぐと彼の目を画面越しに見て。

「神話庭園には現在一人の少女が、恐らく核として取り込まれている状況です。彼女についてはどのように考えていますか?」

「……少女を保護した皆様には苦しく辛い決断になると思いますが……」

その眼が、本心でない事は分かっていた。けれど、それでも彼は決断を下したから。

「……はい、わかりました」

彼女も今は頷くだけ。静かに受諾。

その様子を直属の彼は、言葉も発さず眺めているだけ。少しだけその目で不服だと訴えながら。

「思う所はあるでしょうが……この世界を護るためにはこれしかないのです。どうか、作戦の方をお願いします。こちらでも避難の指揮を取らなくてはなりません、一度失礼します」

そう言って、通信は切れる。

「レネゲイド災害、とは聞いてましたけどこれほど、これほどですか……」

慌ただしい様子から、一刻も猶予はないといったところだろう。


けれど、不思議なくらいにこちら側の空気は落ち着いて、静寂が訪れる。

「ふむ、ならここで契約終了か。上は知らないが、私の依頼はここで終わりと見て良いだろう……」

そう、黒瀬は自分に言い聞かせるように、ひとりごちて。

「さて、全員本音を聞きたい」

そのまま皆の方を見て、問いを投げかける。

「結を救うか、それとも見捨てるか」

残酷ではあれど、今まさに決断しなければならない問いを。


それには、麻雛罌粟は目をまんまると見開いて。

「え、助けないのですか?」

悩む間も無く即答。

「まぁ、みんなを無理に巻き込むわけには行かないので無理にとは言いませんが……少なくとも、私は結ちゃんを見捨てませんよ。私達は、お節介焼きなものですから」

いつも通りの和やかな声。けれどそれは、人に寄り添いながら生きてきた彼女だからこその答え。例えそれが勝ち筋の見えない賭けだとしても、UGNの意向に背くとしても。


対して七海はまだ決断しきれてないのか、少し思い悩んだ表情で口を開く。

「……このまま単純に破壊したとして、取り込まれた一般人たちが戻ってくるという保証もありません。それで破壊したら『もう手遅れでした』ってなったら、現在の日常は間違いなく崩壊するでしょう。そう言う意味でも、まだ破壊行動をするには早すぎるし、情報収集もすべきだと思いま……」

そこまで言って、止まる。何かに気づいたように、悩みなど消えたように。

「ううん、これじゃあ、本音じゃないですよね」

そのまま自分の頬を叩いて、決意を固めて。

「私は、助けたいです」

彼女がその心に抱いていた言葉をそのまま口にした。


「はい、よく言えました」

それには麻雛罌粟は少し笑いながら、孫を可愛がるかのように頭を撫でて。

「ま、そのためには流石に情報が少ないですし、結局情報収集からですけどね。忙しくなりますよ?」

そこからは揶揄うように、笑みを浮かべる。

「……七海ちゃんはもう少し腹芸を覚えるべきよ」

黒瀬はあまりの真っ直ぐさに、少し呆れたような口調で。

「そ、そうですか?結構建前的なものはいってしまったと思うんですけど……」

それには彼女も当惑した様子を見せた。


けれど彼女らの答えは、黒瀬には十分だったから。

「……そういえば支部⻑、実は当部隊は人員募集をしてまして。何人か雇いたいと思ってるんですよ。誰か居ませんかね、UGNに縛られない、自由に動けるアットホームな組織なのですが。それと、それに出資してくれる優しい人を」

済ました顔で、いや、とても悪そうな顔で彼女は提案する。

組織に反してでも結を救いたいのなら、組織の枠組みを出てしまえばいいと。彼女は暗にそう伝えて、それには彼女の直属の部下のジャックとレインは笑いを堪えるのに必死だ。


そしてそれには、麻雛罌粟も意を汲み取り。

「そういえば、この前の神代の村での戦闘で負傷して……あぁ、いや怪我は完治しているいるんですが、まだ休養させている方がいました ね」

手元にあった資料を渡す。そこにはマスターブロウダーと奮戦した、彼らの資料。それには黒瀬も笑って。

「感謝します。それと支部長、稲本さん、七海ちゃん、アルバイトしない?今からちょうど一仕事行こうと思っているのだけれど」

彼らにも手を差し出す。皆まで言わずとも彼らはそれを理解する。

「……私は元々イリーガルです。UGNに所属しているわけではない以上、それに乗ります。マスターブロウダーの依頼は一応カタがつい たとみていいと思いますから」

七海はその手を取る。今の二人が求めるものは同じ、信頼に足る実力も信念もあると分かっているから。

「アルバイトねぇ……私はほら、ここのレストランの店⻑だから、流石に抜けるわけに行かないし、さすがに一気に入ったら先輩方の方がてんてこ舞いになるでしょ?」

麻雛罌粟はUGNの中でできる事をやるとその手を直接は取らない。けれど、彼女もまた目的は同じだから、静かにほくそ笑む。

「それで、貴方はどうする?」

黒瀬は、稲本にも問いかける。彼もまた、答えは決まっていると確信していたから。


だが問われ、彼は少し神妙な顔をして、徐に口を開く。

「……悪いな黒瀬。俺はあんたの提案に乗れねえ」

それはその場にいる、誰にとっても予想外の答え。あの怪我の中で、真っ先に彼女を救おうとした彼が発したとは思えない言葉。

「俺は仮にも霧谷さんの直属で、恩義もある。勝手に所属を変えたりできる立場でもない」

だがその口調は重々しい。そこに一才の冗談が含まれてないのが分かるほどに。その理由に嘘も誤魔化しも一切ないと分かるほどに。


彼は大空を自由に飛ぶ、けれど組織に飼われた鴉。組織の枠組みからは逃れられない。それを、彼自身も知っていたから。

「だから、さ————」

故に、諦めたような笑いを浮かべて。


「俺に、アンタたちを雇わせてくれ」


彼は選んだ。

組織の枠組みに囚われながらも、己が意志を貫き通すと。

何を失おうと少女を救うという、未来を。


そしてもう一つの、提案を。


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