第16話 もう一つの約束

「俺に、アンタたちを雇わせてくれ」

ただ一言、簡潔に彼はそう皆に告げる。

皆が皆、彼のその答えには黙り込み静寂が訪れる。彼はそのまま、相も変わらず飄々とした態度で、けれど真っ直ぐとした声音で。

「勝手にそっちについて、アンタ達に迷惑変えるわけにもいかないし……それにみんなやりたいことは一致してるんだろ?」

いつもの彼らしく明るく、まるで軽食でも一緒に取ろうと誘うかのように。

だが彼のこの提案は、UGNの意向に背く提案。

いいや、下手をすれば人類を、世界さえも裏切る提案。

それは、彼自身も理解している。それでも彼は決してその態度を変えることはない。


それには彼女らも言葉を失ったのか、少しだけ無言が続く。だが彼女、黒瀬香苗はすぐにその答えに薄く笑って。

「……稲本、それで大正解よ。それが、UGNとして正しい判断であり、最適解よ」

裏表なく、ただ彼を称賛するように言葉にした。

そしてそのまま彼女ら、ネームレスエトランゼの四人は姿勢を正して、彼に向けて真剣な面持ちと共に敬礼し。

「我ら外人部隊"ネームレスエトランゼ"、貴公の指揮下へ入ります。裏切らず、使い捨てにせず、報酬を頂ける限りはそちらの味方です。どうか存分に、お使いください」

稲本に対して示す。彼らの傭兵としての矜持を。そしてその覚悟を。


「いやはや、まさか稲本がまさかここまで面白い展開に持っていくとはねぇ。俄然、気合いが入るものだわなぁ」

そんな彼らの様子を、彼女はついに耐えきれなくなったと言わんばかりに笑いに笑いながら麻雛罌粟は歩み寄る。

それには七海は目をパチクリとさせながらも、彼の想いを汲み取って。

「えーっと、つまり今回は稲本さんの依頼ってこと、ですよね?そう言うことでしたら、イリーガルとして手を貸しますよ」

にこりと、彼女も小さく笑みを浮かべながら彼に応えた。


「ありがとう、みんな。っても……依頼とか契約とかそういう堅苦しいのはな……」

「契約書でも書いてみるかい?」

感謝を述べながらも少し面倒そうな顔をする稲本。そんな彼の肩を叩きながら冗談めいて笑う麻雛罌粟。

「それは諦めてくれ、コマンダー。これは私たちがするべき儀式だから。大切なんだよ、形式ってさ」

「あはは……。まあ、私も安請け合いはよくないって思いますから」

黒瀬も七海も、彼には同情しつつもそう口にする。


「うーーーむ……っても、こういう堅苦しいのは性に合わねえんだよなぁ」

皆に言われれば彼も少し諦めたように、けれどまだどこか納得せずに眉間に皺を寄せていた。

「あ、じゃああれだ」

次に彼は、何か思いついたように声を上げる。そしてそのまま静かに、右手の小指を差し出した。

「みんな、俺と"約束"してほしい。全員生きて結を連れて帰る。んでもって今日の月をみんなで一緒に見るって」

そう口にしながら彼はあの光景を、あの日交わした言葉を思い返す。

「俺、あの子と約束したんだ。記憶が戻っても一緒に月を見ようって」

彼女に残されたたった一つの記憶は、誰かとの最後の約束。

自分のことは全て忘れても、誰かとの約束は忘れずにいた彼女。自分の記憶ではなく、俺たちのために願ってくれた彼女。

「だからみんな、そこまで付き合ってくんねえか?」

そんな彼女の、一つの願いくらいは叶えてやりたいと彼は思った。

そしてそれは、彼女らも同じだったから。

「……はい。分かりました。その約束しっかり守ります」

「了解、コマンダー」

「その約束は是非、ミカボシで叶えて欲しいもんだね」

皆で小指を絡める。新たな約束を、ここに結びながら。


「大丈夫ですよ、私は死にません。そしてそんな私が皆さんを守るんですから、皆さんも死にません」

少女は笑顔のまま口にする。それは願望でもなく理想でもなく、彼女の覚悟として。

「だから皆さんは、結ちゃんを助けるために道を切り開くことだけ考えてほしいです」

それには、彼自身も今まで通りの笑顔で。

「ああ、頼りにしてるぜ七海。ちゃんと守られた分には、俺も応えるさ」

彼も彼の決意で彼女に応えた。


そしてその笑顔は、皆に伝播していく。

「なら、終わったら祝賀会をやらなければね。代金は私が全額出すから、フルコースで行きましょう」

「だったら腕によりをかけた料理を振る舞ってあげなきゃな。お前らにも結ちゃんにも」

「おうおう頼むぜ……って、待ったそれ俺の財布の支払いからだよな!?」

めないで、赤貧UGNより豪勢にするから」

「悪かったな赤貧でよ。でもそれなら、飯の方も期待していいってことだよな?」

「当然だ。何のための戦艦にしてレストランのミカボシだ。人生はな、戦うだけじゃないんだぞ。生活は生きてくためだけにあるんじゃないんだぞ。もっと、楽しく生きようとして良いんだ。それをこれから、あの子にも伝えに行くんだろ?」

「ああ、その通りだ」

今、どれほどの絶望の淵に立たされているかも忘れたかのように。いいや、この約束を果たすまではそんな絶望など気に留めている暇もないから。

「じゃあみんな、改めてよろしく頼む」

「えぇ、よろしくお願い」

「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしくだ」

再度互いの決意を確認し合った。

生きてここに戻ると、彼女を連れ戻すと。


「……そういえば役者が揃って無かったわね」

その中で黒瀬は、誰よりもこの件に深く関わっているだろう彼女、そして誰よりも結のことを思い続けた彼女がまだここにいないことに気づく。

「今話せるなら会っとくべきなのかもな……」

「……そうですね、会えるのなら話したいです」

まだ彼女から真意も何も聞けていない。けど今なら聞けるかもしれないから。

「……聞こえるか医務室。マスターブロウダーとの面会準備を頼む。バイタル的には問題ないだろ?」

そこからそれ以上の言葉を交わさず。されど、同じ場所へとその足を運び始めた。



「……悪いな、霧谷さん」

その中で、彼は足を少しだけ緩めて小さく口を開く。

「これが組織の歯車としちゃ間違ってるのは分かってはいるんだ」

仮にもUGNエージェントになってから10年、それも革新派から穏健派、様々な勢力を渡り歩いてきたからこそ、これが大きな過ちだと言う事を理解している。

「それでも、あの子を見捨てるわけにはいかねえ」

過ちだと理解した上で、彼は組織に背く。


秩序の為に、誰かを犠牲にする。

誰かのために、誰かを諦める。

「女の子一人救えないで、何が正義だってんだ」

そんな結末など、誰よりも彼が許せなかったのだ。


ゆえに己が意志を貫き通す。

「これが俺の信じるやり方……俺の守る剣だからさ」

あの夢では答えられなかったけれど、これからの戦いで示すと誓ったから。

「見ててくれよ、先生」

今は亡き師に、彼は想いを馳せて静かに呟いた。


「おーい、置いてくぞ稲本」

「悪い悪い、支部長殿」

再びその両足を、緩やかに前へと出していく。

過去に別れを告げて、けれど決して忘れぬように誓いは立てたままにして。

その心に剣を宿して、彼は再び戦いにその身を投じる。


殺すためではなく、救うために。


「さてとまぁ、やってくとしますかねぇ……」


そして少女を、約束を守るために。


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