第17話 真実
四人、ドアの前に並ぶ。
麻雛罌粟はカードキーを取り出し、厳重にかけられた電子ロックを解除する。
そこはマスターブロウダー、いやイザナミの巫女が保護されている病室。皆が入ろうとして、黒瀬だけはドア横の壁にもたれかかる。
「いいのか、お前さんは話を聞かなくて?」
「ここからでも話は聞けますし、それに……」
一瞥を七海に向けて、稲本は理解して。
「ま、流石にすぐに受け入れるなんてできねえもんな……。いい感じに聞き耳立ててくれ」
「ええ」
その答えを聞いて、三人はドアを開き中へと足を踏み入れた。
そんな彼らの来訪と共に、彼女は読んでいた書物を閉じる。
「あ……えっと、こんにちは。よくなったようで何より、です」
「体の具合を見に来たけれど大丈夫そうですね」
緊張した様子の七海と、落ち着いて声をかける麻雛罌粟。
「ええ、お陰様で」
その体はまだ包帯を巻かれたりしているが、明らかに傷の多くは治り切っていた。
「よかった……」
そんな彼女の様子には七海も安堵して一息吐く。それにはイザナミの巫女は少し呆れたように。
「相手はFHよ、そんな顔をしてたら疑われるでしょう」
けれど七海は、心底不思議そうな表情で。
「FHだからって問答無用で敵対してたらそれこそ、UGNの理念に意味なんてないじゃないですか。私個人の信念もありますけど」
それにはイザナミの巫女も唖然。さらに、重ねるように。
「それに、組織間のことなんて今のイリーガルの私には些細な事ですよ。私はあくまで協力者であって、組織に属しているわけでは ありませんし……。恩人を可能なら生かしたいって思うのは当然だと思うんですけど……」
そんな嘘偽りのない畳み掛けには少し言葉を失いかけたが、少し表情を和らげながら、一つため息をついて気を取り直す。
「……それで、何か話でも?」
「では、私から話しますね」
そこからは、麻雛罌粟が前に立って口を開く。
「それで、結ちゃん……えっとあの白い少女はあのわけわからん奴にさらわれてしまっています。 私達は彼女を助けたいわけなのですが、残念なことに情報も戦力も足りません。なので、貴方の力を借りたいのです」
単刀直入に、簡潔に要件を伝える。
「勿論、貴方が良ければ……ですけれど」
少し声音は重く、そうでないのであれば監視は免れないと、言外に。
「それで……あの子が……」
結のことを知れば彼女もどこか安堵したような、覚悟を決めたような表情を浮かべて。
「拒否権なんてどう考えてもなさそうだけど、そうね。奴を倒して救う手助け程度なら、してもいい。神話庭園にはこちらも因縁はある」
ハッキリと、彼らに向けて答えを述べた。
「奴?……それって、結ちゃんに話しかけたりあなたを襲ったあの怪物と関係あるってこと、ですよね」
「やはりアレの正体をしっていましたか……
まぁ取り敢えず、今はその言葉が聞ければ充分です。情報提供お願いしますね」
二人がそう述べれば、イザナミの巫女は心底驚いた顔をして。
「知らないで対峙してたの?」
「えーっと、あの時は無我夢中で……あはは……」
「すいません、前支部⻑からは遺産の一種であるとしか聞かされていないもので……」
彼女自身もその答えは想定外であったのか、少し頭を抱えながらもため息と共に言葉を放つ。
「……手記」
「え?」
「懐に入れてあった奴がないけど、あなた達が持って行ったのでしょう」
そう言われて七海は何かに気づいたように、懐から彼女が持っていた手記を取り出す。血には濡れているが、辛うじて読めそうだ。
「大体はそれを見ればいい、私はそれを読んで真実にたどり着いた」
「えっと……じゃあ、失礼します」
それを聞いて、七海は律儀に彼女に一礼しながらその手記を開いた。
そこには旧い、それこそ神代の文字の羅列。稲本は首を傾げながら後ろから覗き込み、七海の脳はそれらを文字ではなく記号のように認識する。
彼女、麻雛罌粟だけはそれらを情報の羅列として捉えていた。
新しきものは神話庭園に対する対処法、救えなかった巫女への後悔。
そして遡ればそこには数千年前、神代の頃に起きた事件の詳細が別の誰かの筆跡で記されている。
神話庭園という偽りの神が人の願いを喰らい、そして寄生して生き永らえていること。かつてあの村で、神話庭園によって引き起こされた惨劇。その場所にイザナギとイザナミの巫女、その二人がいたこと。そして神話庭園を封じていたこと。
そんなことを事細かに記録した人物がいた。そして麻雛罌粟は気づく。
「この筆跡は……!」
その筆跡を、彼女が知っていることに。そしてその筆跡が先代出雲支部支部長、その人のものだということに。
「……マスターブロウダーさん、ここの部分を書いた人を聞かせてくれますか?」
「拾った人物からそれを譲り受けたから詳しくは……。書いた人を知っているの?」
それには彼女は少し懐かしむようにゆっくりと。
「前支部⻑、私にこの支部を継がせた人。その人の筆跡によく似てます」
「まさか……そんな偶然がね」
文字をなぞると共に、何となく彼がどんな思いでこれを残したのか彼女も感じ取れるような気がして。
「彼も古代種でした。彼は自分の身を顧みず、様々な人を救ってきました。そして、私に神話庭園が危険だと伝えたのも彼です。もしかしたら……本当にもしかしたらですが、偶然ではなく、彼がこの日の為に準備していてくれたのかもしれません」
遠い日の思い出に思いを馳せながら語れば、イザナミの巫女も静かにその人のことを語る。服装や特徴は少し違えど、それが同じ彼だったと理解するには殆ど時間なんて必要なかった。
「思えば晩年、彼は救えなかった人達のことを嘆いていた時がありました」
そう口にした彼女の声音は、ほんの一瞬だけ怒りに染まる。けれどそれは誰に対するでもない。
「元から人に憑いていた。それもあの子に...そのことに気付けなかったのは他でもない私達……いいえ、私のミスです」
願いを託されただろうその彼女に気付けず、守りきれなかった己への怒り。
それでも直ぐに表情を変えて。
「だとしたら、行くべき場所が、取りに行くべき物があります」
彼女が言うそれは、神器。かつて神話庭園を封じたと彼が記した、ある種の遺産。今この状況を打開するための、切り札。
そんな彼女の答えを聞けば、赤紫色の瞳に月を映しながら巫女は徐に。
「アレは神器を喰らい、人に寄生する。だから遺産を無力化して、人を遠ざけてきたのに、まさかね……」
その言葉は、後悔の念に満ちている。
「世界を変えるために、その障害となる神話庭園だけは絶対に許せなかった、だから確保しようとした、それだけ。そしてイザナミノミコトと
もし、あの惨劇の日に力があれば。
もし、あと少しでも早くアレの危険性に気づけていれば。そんな後悔の積み重ね。
「……人を頼れなかったのは周りに人がいると寄生される恐れがあったから、ってことですか」
「ええ。でもそもそも、FHのことなんて信じる?かといってフリーの状態で組織は言うことを信じない、あるいは利用し、なかったことにする、それをいくつも見てきた」
七海はそれには返せない。彼女自身、FHの研究施設から彼女に救われた。FHには、他者を利用する者も少なくないことを彼女は知っていたから。
「なら誰もが、大事な人が犠牲にならないようにする世界を創造するために、こうするしかないと踏んだ」
そこには覚悟と同じくらいの、諦めのような感情も見てとれた。
ただ、そうではない麻雛罌粟はハッキリと答える。
「信じる信じないではありません。貴方だけじゃ神話庭園を倒せない。私達だけじゃ、太刀打ちすらできない。 だからこそ、貴方の力と知恵を。私以上に蓄えたその能力を持って共にあの少女を救わせてくださいませんか。その分私も彼女を助けます。全力で、全てを使って」
それは彼女が恐れられる鬼ではなく、誰かを救う鬼だから。それは決してイザナミの巫女だけではない、彼らにも向けて。
一人ではどうにもならないとわかっていたから。この場の全員の力が必要だと、彼女は確信していたから。
「貴方の欲望は優しい。その優しさに素直になって、前を見て。私はそれにただお節介を焼くだけ少し周りの人を巻き込んでしまうけれど」
そんな風に少し申し訳なさげに二人を見れば、二人は静かに微笑んで。扉の向こうの彼女も、同じようにして。
「当然、稲本さん、黒瀬さん、七海さんにも手伝ってもらいたい」
「手伝うも何も、多分俺一人でも勝手にそうしたさ」
「私は傭兵です。裏切らず、使い捨てにせず、報酬さえ頂ければ、任務完遂に全力を尽くします」
「もちろんです、支部長」
各々が、各々の言葉を持ってして彼女に応えた。
そんな様をイザナミの巫女は微笑ましいと、少し羨ましとさえも感じながら眺めていた。
そうしていれば、七海が静かに頭を下げる。
「……ごめんなさい。知ったような口きいて。事情があるのは分かってましたけどどうにも納得できなくて……」
「構わない、もう馴れている……けど、真っ直ぐになおかつ他のUGNがいる前で言われたのは初めてだったし……」
そんな彼女も釣られるように素直に応え、少し嬉しそうにして。
「……それと、ありがとうございました。そんな余裕もなさそうな状態なのに、私のこと助けてくれて。手を伸ばしてくれて」
もう一度、彼女は頭を下げる。今度は、感謝の意を込めて。
「私は自分の欲望に従って救って、貴方の姉も救えなかったけど、無事でいてくれて私は嬉しい」
それには、彼女も彼女の真っ直ぐな心で応えていた。
けれど、彼は知ってしまっていた。彼女の歩みが、救いだけでなかったということも。
だから、少し神妙に切り出す。
「なぁ、マスターブロウダーさんよ。こんだけ手を貸してもらってる以上、これ以上アンタに頼みごとをするのは……つーか七海ちゃんとかにも申し訳ねえところがあるんだが、一つだけ頼みごとをしてもいいか?」
「……なに、あの子なら渡さないわよ」
「ちげえよ、さすがに自分より一回り小さい子にそんな感情は抱かんわ。ってそうじゃねえ!!」
一度いつもの陽気な声を上げて、また少し神妙な面持ちで。
「今、俺に手を貸してくれてる傭兵に、彼女に一言でいい。すべてが終わってからでいいから謝ってくれはしねえか?……アンタにも理由はあったんだろうが、どうも俺に置き換えたら今のままじゃ納得はできねえんだ。だから……」
もしかしたら彼女自身は望んでいないかもしれない。それでも、きっと切り離して割り切れる感情じゃないことは、彼自身が知っていたから。
「……どちらかというとあの子の以前の仲間を殺してしまった事でも、私も騙された口ではあるのだけど……わかったわ」
「すまねえ、な。これは本当に俺のわがままだから、後で憂さ晴らしでも何でも俺は受け付けるから」
そんな彼の受け答えに、彼女は不思議そうに。
「……変な人ね、自分よりも他人に謝ってくれなんて」
そんな彼女には、彼も笑って。
「俺は別にちょっと殺されかけたくらいだしな。それにほんの少しだけど、復讐したい奴の気持ちは分かるから、さ」
それは彼自身も、かつてそうだったから————
けど彼女はそれ以上深くは聞かず。
「いきなり何もないところに声をあげたり、敵前逃亡する無礼な奴だと思ってはいたけど」
「悪かったな無礼な奴で!?」
そんな風に少し、少しだけど打ち解けて。
「まあ、そういうことだ。全部終わったら頼むわ……」
「……こうして約束するのも大分久しぶりな気もする」
そんな彼らの言葉を聞いて、彼女は静かに壁から背を離す。その恨みは消えず、まだ迷いはあれど、やるべき事はハッキリと理解していたから。
そして今、麻雛罌粟は声なき声で艦内に言葉を放つ。
「当然お前らにも手伝ってもらうぞ!ここに関しては言い訳は無しだ!!」
いつも通り、豪快に。
それに返す言葉は届かない。
けど言葉ではなく、ミカボシ全体が笑うような震えで、返ってきた。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます