ending

エピローグ



————神話庭園との戦いから数日後。


少女、七海光はUGN日本支部に呼び出されていた。


目の前には支部長である霧谷雄吾に、副支部長のローザ・パスカヴィル、それだけでなく玉野椿をはじめとする日本支部を担う重鎮たち。

要件は単純。神話庭園を巡る戦いでの、彼女の独断行動の正当性の確認。

世界と一人の少女を天秤にかけ、彼女は一人の少女を選んだ。

結果的に世界を守れたから良かったものの、世界が滅ぶ可能性は十分にあった。


故に目の前の誰もが彼女に向けて、彼女を見定めるような冷たい視線を向ける。

けれど、彼女はそのどれにも怯みたじろぐでもなく、その全てを受け入れながら真っ直ぐと。

「————はい、全て事実です」

己が信念に従い、守るべきを守ったと、何一つ装う事なく彼女はそう答えた。


それにはほとんど全員が呆れるように。けれど、彼と彼女だけは一瞬だけ笑って。

「では、あなたの処分は追って通達します。それまでは身体をしっかりと休めていてください」

「は、はい」

七海が会釈をすればエージェント達は退出する。

彼女の師であるその人は、彼女だけに聞こえるように「よくやったわ」と労いの言葉をかけ。

「七海光さん。もう少しだけお時間大丈夫ですか?」

立ち去ろうとした彼女も、霧谷に呼び止められる。

「え、はい。この後は何もないので……」

「であれば、少しだけ」

そう彼が言えば、彼女は待合室の方へと案内されていく。


そして廊下で、霧谷が徐に口を開く。

「これはまだ確定ではありませんが、本件に関してあなたは不問になると思われます」

「それ、は……」

「確かに今回、命令違反に加えて独断行動ではありましたが、それを指示したという証言が彼からありました」

「待ってください」

その声は、被せるように。

「結ちゃんを助けようとしたのは彼だけじゃないです。彼一人が責任を負うのは————!」

「分かってますよ」

彼も、優しく制止する。

「ヴァシリオス隊や、その場にいたエージェントやイリーガルからの証言も受けています。それにですね」

そのまま、彼女にも劣らないくらいに真っ直ぐな眼差しと声音で。

「世界と少女、どちらも救った功労者を無下にするなんてUGNにも、私の理念にも反します。だから、ここから先は私に任せてください」

穏やかに、それでいて力強い言葉。七海はそれに確かな安心を感じていた。

「とはいえ、彼はこれが一度目ではないし、今回は事が事です。他の誰かが真似してもいけないので、流石に少しはお灸を据えないといけませんが」

「あはは……」

ため息ともに紡がれた他の誰かが真似を、という言葉にはどこか釘を刺されたような気もして、彼女も苦笑いで返した。


「それで本題ですが、彼女についても同意見です」

応接室のドアの前に立ち止まる。

「所属はFHでしたが、事情が事情。こちらにも非常に協力的である点も鑑み、情状酌量の余地があると判断しています」

そうして彼がドアノブに手をかけて、ドアを開けばそこには紫檀色の髪の少女が。

「全てを不問というわけにはいきませんが、監視下の中でのある程度の自由を認めるということになりました」

霧谷の言葉には一瞬信じられないような表情をして、けれど確かに目の前にいる彼女の方を向いて。

「その、良かったです」

胸を撫で下ろして、安堵と共に口にする。

「何が?」

「もしかしたら……って思ってたので」

彼女の心配も無理もない。たとえ人的被害がほとんどなかったとはいえども、仮にもFHのマスターエージェントで多くの被害を出してきた。凍結や殺処分も大いにありえた。

けれど、確かに彼女はそこにいる。確かに、守り抜いたのだ。


「えっと、それで、これからどうするんですか?」

「やるべき事は、決まってる」

彼女が問いを投げれば迷う事なく、間髪入れる間も無く。そういう以前と変わらないところに、七海は心なしか嬉しいと思えてしまった。

「それで、あなたはどうするの?」

問い、投げられる。それには一瞬悩みながらも、すぐに向き直って。

「私の方は多分そんなに変わらないですね。貴方や姉さんに救ってもらったこの命。二人に顔向けできるように使っていきたいと思います」

彼女らしく、満面の笑みで答えた。

「……私が元FHのマスターエージェントなの忘れてない?」

ため息をつきながら答える彼女には、相も変わらず笑顔のまま。

「それぐらいで折れるような想いなら、貴方をここまで追いかけてきたりしませんでしたよ、私」

真っ直ぐな言葉と眼差し。

「幸い周りには恵まれましたからね。貴方がどれだけ私みたいな人がどういうことになったか見てきたかは分かんないですけど、私はこれを変えるつもりはありません」

笑顔と共に、そして覚悟と共に。

あの戦いを見ているからそれが飾り気一つない、彼女の意志そのものだと理解できた。その一線を越えるのは野暮だと、彼女も閉口した。


「えっとその、それで、可能であればでいいんですが……」

「なに?」

そして七海はどこか照れ臭そうに、少女らしく彼女に笑いかける。

「私は七海光といいます。よければ、貴方の名前を聞かせていただけないでしょうか?マスターブロウダーじゃない、あなたの本当の名前を」

そう聞かれれば少し困ったように。

けれど、あの日ただ守られるだけだった少女が今の今まで自分の背を追いかけて、ここまで追いついて自分の前にさえ踊り出た。

そんな彼女の真っ直ぐさに彼女も押し負けて。

「名前は、私達にとってはとても大事なものだけれど……貴方にならいいわ」

そう言えば小さく笑みを浮かべる。霧谷も気を利かせてその場を去っていった。

そして、優しく口を開く。

「私の、本当の名前は————」





そこから先は二人だけの会話。

何も知らなかった二人が、互いのことを今初めて知っていく。



そうして一つの意志は、数千年の時を越えて

今を生きる少女へと結ばれた。




—————————————————————




————一つ、花を献げる。

ひらけた空に浮かぶ雲と同じくらい真っ白な百合の花が、そこに並ぶ全ての墓標に添えられている。

そこには男女が二人。その一人は、今ここに眠る彼らを率いていた黒瀬香苗その人。


この場所に最後に来たのは、彼らに誓いを立てたあの日。

次に来る時は、復讐を果たしたときと彼女は心に決めていた。


だからこそ今、彼女は心の内で言葉を彼らへと紡ぐ。


理由はどうであれ、復讐は成し遂げられなかった。

仲間の無念を晴らすために生き永らえたというのに、情を理由に引き金を引かない選択をしてしまった。

彼女からの謝罪の言葉はあったけれど、それで死者が蘇るわけでもない。だからせめてその言葉だけでもと、彼女は目を伏せて。


そんな彼女の頬を、風が撫でる。それは彼女の心を受け入れるように、そして彼女への感謝を示すように優しく。

風が、彼女の悔悟さえも今だけは振り払い、もう一つ伝えなければならない事を彼女に思い出させる。

ほとんど全ての願いを叶えたと思っていた自分の、もう一つの願い。全ての因縁にケリをつけたからこそ、そして何よりここに眠る家族にこそ伝えるべきこと。


————大切な人と共にいる。

とても些細ではあるけれど、何よりもかけがえのないもう一つの願い。

あの戦いの中で、数千年かけて叶えられたその願いを見て、改めて終わりが訪れるそのときまで彼といたいと願った。


だから————

「もう良いのかい?」

「ええ、伝える事は伝えたから。それに、休暇も無限じゃないわ」

微笑んで、彼の手を取る。

暖かくて大きな手が、傷だらけの彼女の手を優しく包む。


ただ一度、振り返れば笑顔と共に敬礼で二人を見送る皆の姿が見えたような気がした。それには、彼女も満面の笑みで返す。


瞬きすれば、そこに彼らの姿はない。

けれど、もう振り返ることもない。

「さぁ、行きましょう」

「ああ、これからも共に行こう」

そうして二人、並んで一歩踏み出す。彼女の両足を縛るものは何もない。その足は、何に囚われることもない。




二人は、これからも共に歩み続けるのだろう。


この世界で最もささやかで、なによりもかけがえのない願いを叶えるために。


最後が訪れる、その時まで。




—————————————————————




————時は経ち、数ヶ月後。



ゆらゆらと、地面が揺れる。

今日は少し波が高いのか、いつも以上に大きく波打つ。

机に積んだ資料や書類も一ヶ月前なら確実に崩れ惨事が起きていただろうと麻雛罌粟は思いを巡らせる。

「やることが多い!流石にこの辺は支部員に任せるわけにもいかない!今日になってやっとあの日の祝勝会で準備もしなければならないってのに!」

支部長室には彼女一人だからと大声で不平不満を溢しながらてきぱきと書類を処理していく。


そうしていれば、電話が一つ。

二つ目の音が鳴るよりも早く、バッと取って。

「誰だいこのタイミングで電話したのは!?」

「すみません、間が悪かったでしょうか」

「って、霧谷さんでしたか。失礼しました」

そのまま流れるように礼儀正しく会釈をする。


「それで、御用件は……」

「マスターブロウダー……いえ、イザナミの巫女の処分が正式に下りましたのでそのご連絡を。とはいえ、以前伝えた通りになりましたが」

「そう、ですか……」

凍結処分は免れたと暗に伝えられ、それには麻雛罌粟も胸を撫で下ろす。

大分根回しをしたし霧谷もしてくれたようだが、やはりそれでも心配の種ではあったのだ。


「それとあの少女、結さんについてはどうでしょうか……?」

「安心してください霧谷さん。何事もなく、元気に過ごしてますよ」

麻雛罌粟がそう答えれば、顔には出さずとも少し安心した様子。やはり心のどこかで心配の種だったようで。

「ああ、でもそうですね。記憶が戻ったからか少し元気が過ぎるのが少し心配ですかね」

そう言う彼女の様子は隠すまでもなく、とても嬉しそうに。その声音と表情だけでどれほど彼女が今の時間を有意義に過ごせているのか霧谷にも理解できた。


そのはずみで新しい遺産が見つかったりしたのは、彼の胃に穴を開けかねないので内緒だ。


「そういえば、彼は着きましたか?」

「ええ。数時間前に」

二人の言う彼というのは、先の事件で命令違反に独断行動を行った彼の直属の部下のこと。

「今回はあの事件の経過報告が表向きの理由ではありますが……」

そのまま彼は、和らげに笑う。

「この数ヶ月、彼自身も後始末や根回しのために駆け回ってくれていました。よければ、盛大に労ってあげてください」

それには麻雛罌粟もいつもの笑みで答える。

「生憎と、それは止められてもするんで安心してください。私たち鬼は、人をもてなすのが大好きなのでね」

「そうでしたね」

二人、電話越しに笑う。

全ての因縁が終わって、少し弛んでいると思えるほどに二人の気は解れていた。


「では、私はそろそろ失礼します。どうか楽しい宴を」

「ええ、霧谷さんもゆっくり休んでください」

そうして、電話が切れれば静寂が訪れる。

一息つけば、ふと窓の外の大きな月が目に入る。

そういえば、こんな風にのんびりと月を見上げるのも久しぶりだと気づく。


昨日と同じ今日、今日と同じ明日。この日常はそんな平穏の繰り返しで綴られている。

そんな日々を、彼女は人に寄り添いながら長い時を生きてきた。


その中で人の生き方や風景は変われど、変わらぬものも見届けてきた。


それは、人が人を想い生きてきた様を。

そしてその誰かを想う気持ちが、数多の困難を超える力となった様を。


そしてその顛末、今二人は数千年の時を経ても変わらり続けた変わらぬ月を見に出ている。


「そっちからも見えてるかい?」


彼女らの幸せを、遠く離れた彼と共に願い。


「今まで見た月の中で、一番綺麗なお月さんだ」


そのまま、流れるように筆を走らす。この物語の語り納めを彼に贈るように記して。


「さてと、そろそろアタシも宴会の準備をするかいねぇ」


筆を置き、席を立つ。

人好きの大王オオキミは彼らの笑顔のためと、いつもの日常へと戻っていく。


守り抜いた現在いまを、永遠に見届けると誓いながら。


今日もまた、誰かの世話を焼くために。




—————————————————————




涼やかな風が、頬を撫でる。日は落ちて、夜の帷が空を包む。

街の明かりも、高い建物も少ないからこそ、夜空を満天の星空が彩っている。

そんな空の下を、稲本と結は二人並んで歩いて行く。


「本当に、私の知っているのはほとんどなくなってしまったんですね……」

「そうだな……」

少女は浜へと向かうその道で辺りを見渡し、寂しげな顔をする。

数千年間眠りについていた結にとって、かつての景色は昨日今日の記憶とさして大きく変わらない。

だからこそ変わってしまったものの、消え去ってしまったものがより鮮明に映る。

改めて自分は、この時代に取り残されてしまったのだと彼女は気付かされてしまった。


そしてその苦しみは彼の想像にも及ばない。だからせめて、せめて彼は少しでも励まそうと。

「確かにきっと、この数千年で色んなものが変わっちまったんだと思う。けど、変わらず結を待っててくれたものもあるだろ?」

空高く、指を指す。

それを見て、少女は少し安心したように笑みを浮かべて。

「あの人と約束した、満月……」

「そ。お月さんはこの数千年変わらないでいてくれた。だからきっと、同じように変わることのなかった約束が果たせたんじゃねえかな。って、約束したのは俺じゃねえからまだ果たせてねえんだけど」

彼も隣でケラケラと笑う。それには彼女は和らげに微笑んで。

「稲本作一さんも果たしてくれてるじゃないですか。こうやって私を稲佐の浜に連れてきてくれて」

「そうかい?そう言ってもらえると俺も身体を張った甲斐があるってもんだ」

それには彼もどこか安心したように、小さく笑った。


「そういえば、怪我の方は大丈夫ですか……?」

「ああ、そいつに関しちゃこの数ヶ月しっかりがっつり休んだからな。安心しな」

正確には休まされた、が正しい。

それもそうだ。全身の骨が折れたりヒビが入ったり、筋のほとんどが千切れかけてたり、肺が破れていたりと、もはや生きてる方が不思議だったとは彼の主治医の談だ。

ただやはりこの数ヶ月、謹慎処分という名の療養期間を設けられたのもあり、まだ激しい戦闘はできずともある程度は回復し切っていた。その謹慎中も根回しやらなんやらはしていたようではあるが。


「そういや、さ」

そうして歩きながらふと、彼は思い出したように口を開く。

「お前さんのこと、なんて呼べばいい……かな……?」

記憶が戻ったからこそ、『結』という名前は彼女にもう必要がない。むしろその名で呼ぶのは彼女のことを否定するような気さえしてしまった。

けれど彼女は優しく微笑む。

「結、で構いませんよ」

彼女にとって二つ目の名前。この現代と自分を結び繋ぎ止めてくれた、大切なもの。だから、まっすぐと彼の目を見て。

「私にとっては、その名前で呼んでくれることも嬉しいんです」

満面の笑みを彼に向ける。それには彼も安心したように、嬉しそうに。

「そうかい」

優しく笑顔で返した。


そのまま、少し神妙な面持ちで徐に口を開く。

「なぁ、結」

「なんですか、稲本作一さん」

「一つ、改めて約束をしてはくれねぇか?」

「結婚とかはできませんよ?私、心に決めた人がいるので」

「違ぇよ!!」

からかう彼女に、少し大袈裟に。けど、二人は思わず笑いながら顔を合わせる。


「まあ、なんだ。君のこれからはまだ長いからさ、またゆっくり新しく色々なものを、大切に思える物を知ってほしい……。できれば、幸せに生きてくれると約束してくれねぇか?」

優しく、彼の心からの願いを。皆の想いをその言葉に乗せる。

それを、彼女はしっかりと受け止める。その言葉を胸に、深く頷いて。

「……はい。ありがとうございます、稲本作一さん。約束します」

月明かりに照らされた、この上ない笑みを彼女は浮かべた。


「さて、と。もう少しで稲佐の浜だな」

「そう、ですね」

少し強張る少女。

無理もない。数千年ぶりの再会は嬉しいと同時に様々な不安も押し寄せていることだろう。それには彼もその緊張を解そうと。

「そういや、結。これ」

「これ、は?」

手渡されたのは、可愛らしいうさぎ柄の小包。

「支部長が持たせてくれた月見団子、ってやつだ」

「月見団子……?」

「そ。団子を食べながら月を眺めるっていう結よりちょっと新しい人たちが考えた楽しみ方さ」

「月を見る団子……ですか……。初めてで楽しみです」

「そうかい、それならよかった。二人分ちゃんと支部長が用意してくれたから仲良く食べるんだぜ?」

「もちろんですよ」


楽しげに二人が語らいながら歩いていれば、目的の場所へと辿り着く。

空を遮るものはなく、視界一面に広がる白い砂浜と黒い夜空。

その黒の中心には、彼女らを見守る様に浮かび輝くまんまるのお月様。




そして白と黒の境界で、赤がなびく。




それが誰か、遠く離れていても分かる。

記憶が奪われようとも、彼女のことは確かに心が覚えていた。

どれほどの時が経とうとも、その約束が彼女を繋ぎ止めていた。


募る想いが溢れに溢れて、けれどその足を踏み出せない。

もし、彼女の想いが自分と違ったら。もし、彼女が約束を忘れていたら。

同じくらい不安に足がすくんで————


トン、と軽く背中を押される。


振り返れば、約束を交わしたあの日と同じように優しく笑みを浮かべる彼の姿が。


それには自然と先までの不安も振り払われて、はずみを足に乗せる。

そのまま一歩二歩、浜へと足を踏み出していく。

その両足は、もう止まらない。

少女は自分自身の願いをその胸に、軽やかに駆け出した。


浜に伸びる足跡を見て、彼はそのまま踵を返す。


「さて、と。野次馬するわけにはいかねぇし、行くとするかね……」


二人の再会に水を差すのは野暮だと、小さく笑う。


軽やかに陽気に、満面の笑みを浮かべながら。

「幸せにな、結」

結ばれる二人を背に、月夜鴉は夜を征く。



そして静かに、夜の帷に、溶けて消えた。




—————————————————————



————波の音が、聞こえる。



寄せる波は岩に割かれ、二つの波は交わる事なく浜へと進んでいく。

水面には月明かりが差し込み、空に向けて橋のように白が伸びている。


そして二つの波はそれに導かれるように交わり、一つの波となりて浜へと寄せる。


そんなさざなみの音を聞きながら、書物を片手に月を眺める。

この場所に来たのは数百度目で、それだけ来続ければ景色だけならもう見飽きて、いつもなら時間がすぐに過ぎ去っていった。


けれど、今日は違う。

一秒さえも長く感じる。

なのに、心臓の鼓動は早まっていくばかり。


数千年待ち続けた中で、何よりも長い時間が過ぎ去って————




「————」



声に、振り返る。

己の名前を呼ぶ、その声に。


振り返れば、そこには彼女がいる。

あの日約束を交わした彼女が、数千年の時を探しに探し続けた、あの子が確かにそこに立っていた。


時が、何もかも止まったような気さえする。

けれど彼女は一歩踏み出し、そのまま優しく微笑んで。


二人、静かに歩み寄る。

そっと互いを抱き寄せる。




そこから先は、誰も知らない二人だけの時間。




これは、幾星霜紡がれた願いの、約束の物語。




そしてこの物語の終わりは————



「やっと、約束を果たせた」



空に浮かぶ、月のみぞ知る。




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