1-29 初めての遺跡探訪 (2)

「これが別の惑星、か」

 宇宙服に着替えてケルペータN8の地表に降り立ったフィリッツは、感慨深げに辺りを見回した。

 足下には薄茶色の砂が積もり、時折吹く風に巻き上げられている。

 何らかの建物の残骸が多少は目につくが、植物などは一切存在せず、当然、生き物も見当たらない。

 正に不毛の土地といった様相に、フィリッツは息を吐いた。

 だがそんなフィリッツの背中を、後ろからやって来たセイナがぐいぐいと押す。

「ほらほら、フィー。立ち止まってないで早く行きましょ?」

「ちょ、お前はもうちょっとこう……ないのか? 感動とか、そんなのは」

「私は軍の訓練で何度も経験してるから。もっと酷い環境の場所もあったし、この程度ならあんまり?」

 少し不満げなフィリッツに、セイナは平然と言葉を返す。

 訓練校に通っていたため、一般人に比べれば宇宙関連の経験は多いフィリッツだが、軍人であるセイナに比べればその経験はまだ一般的な内容である。

 一応、『惑星不時着時の船外活動実習』というものはあるのだが、実際にこのような惑星で実地訓練を行うわけではなく、安全性や経済性の面から擬似的な環境での実習にすぎない。

 そんな彼が初めて目にする光景に光景に目を奪われるのは、仕方のないことだろう。

「あー、でも、見応えという点では、ここはマシな方かも。多少酷い環境ぐらいなら、まだ『スペクタクル!』って感じで少しは楽しめるけど、本当に酷いところになると、肉眼で確認することなんて不可能で、完全にレーダー映像を頼りに動くことになるから」

「え、そんなところに生身で降りるのか?」

「もちろん特殊な宇宙服を着てだけどね。この宇宙服もかなりの品質だけど、それでもこの程度だと、一瞬でぐちゃぐちゃになっちゃうような所もあるから」

「え、何それ。怖い」

「ま、救助活動も軍の仕事だから。たとえ硫酸の雨が降ろうとも、命令があれば助けに行かないといけないのよ」

 セイナの言うとおり、宇宙軍の管轄には宇宙空間だけではなく、事故等で惑星に不時着した宇宙船からの救助活動も含まれる。

 そこが人類が居住している惑星であれば、その星の地上軍が救助に当たるため宇宙軍の出番はないのだが、そうでない場合は宇宙軍の出番。

 そして、そういった惑星は、基本的に人が住めない環境である。

 そのような環境での救助活動は当然困難極まるため、必然的に宇宙軍の訓練は厳しいものになる。

「とはいえ、そんな環境に不時着してしまうと、なかなか生存者はいないんだけどねぇ。硫酸雨ぐらいならまだしも高重力とか、温度とか、放射線とか、いろんなコンボがあるから。完全な状態の宇宙船ならともかく、不時着する時点ですでに壊れているわけだし?」

「……あぁ、そうだよなぁ」

 高重力一つ取っても、重力制御装置グラビティ・コントローラが破損しているだけで生存は不可能になるのだ。

 救助が来るまでにかかる時間も居住惑星内で起こる事故の比ではなく、惑星に不時着するような事故で無事に助け出されることなんて、よっぽど運が良くなければあり得ないのだ。

 訓練校で習った実例を思い出し、ちょっと暗くなるフィリッツの背中を叩きながら、セイナは苦笑を浮かべた。

「まぁまぁ、そんな事故なんてほとんどないから。特にサクラなんて無駄なほど冗長性があるじゃない? これで無理なら諦めるしかないって! 宇宙船に乗る時に解ってたことでしょ?」

「それもそうだよな……。よしっ! それじゃ行くか!」

「おー!」

 気を取り直して、自分に活を入れたフィリッツに倣うように、セイナが片手を突き上げる。

 それを見てフィリッツも笑みを浮かべると、上空から確認していた洞窟へと向かう。

 近付いてみると、そこは岩壁を少しだけ掘り進んだような、小さな洞窟だった。

 高さは三メートルほどで、幅が五メートルほど。

 その奥に三角屋根の天辺が地面から突き出している。

「これ、実際には四〇メートルある建物の先端なんだよな?」

「サクラの調査だとそうなるわね。しかも建物の中の大半は空洞みたいだし、かなり大きい建物よね」

「講堂……宗教的な建物か? それともスポーツ施設? 倉庫、ではないよな」

「倉庫だとかなり特殊よね。普通なら、立方体にした方が効率的だし」

「宇宙船の製造工場って可能性もあるが……ま、入ってみるか」

「だね」

 調べてみれば、突き出している壁面の一部に、取り外しできそうなパネルがあったのだが、ここは人がいなくなった遺跡である。

 当然ながらメンテナンスなどされているはずもなく、正規手順での取り外しは難しそうだったため、セイナが取り出したのは特殊工具であるブレードだった。

 長期間建物を守っていただけに、かなり丈夫そうな素材だったが、セイナの持つブレードは多少の振動音を出しながら、確実に切り進んでいく。

「良く切れるな、そのブレード」

「災害救助用だから。時間をかければ宇宙船の外殻も切れるわよ、これ」

「なんつー危ない物を……」

「これが案外、安全性は高いの。ゆっくりと押し当てないと切れないから。ちょっと当たったぐらいでスッパリ、とはいかないの」

 そう言っている間にもセイナはねじの部分を切り取り、その一メートル四方ほどのパネルをパカリと取り外した。

 そしてポッカリと空いた穴に首を突っ込み、強力なライトで中を照らす。

 そこに広がっていたのは巨大な空間。

 三角屋根は緩やかに幅八〇メートルほどまで広がり、そこから垂直の壁が二〇メートルほど、奥行きはおよそ一〇〇メートル。

 そこには直径二メートルほど柱が規則正しく立ち並び、一種荘厳な雰囲気を醸し出している。

 直下に存在しているらしい本来の入口からは砂が流れ込んでいるが、それは極一部のみで、壁面などは特に破損した様子もない。

「ひっろーい! 太い柱が何本かあるけど、ほぼ単一の空間ね、これは」

「高ぇな、おい。この高さ、足がすくむ。セイナ、気を付けろよ?」

「落ちても汎用移動装置があれば大丈夫よ。フィー、焦って使い方を忘れたりしないようにね?」

「おう……気を付ける」

 実際のところ、宇宙服に備えられた安全装置のおかげで、高所からの落下程度では怪我はしないのだが、焦って汎用移動装置の使い方を間違えると、それで怪我をする危険性はある。

 それを考えて注意したセイナに、フィリッツもまたあまり自信がなかったのか、神妙な表情で頷いた。

「取りあえず……飛び降りる?」

「いや、ワイヤーで降りよう。出るときに面倒だろ? ――決して怖いわけじゃないぞ?」

「うんうん、そうよね。ワイヤーの方が便利よね。それじゃ、その辺の壁面にアンカーを打とうかな?」

 セイナは優しい笑みを浮かべると、ワイヤー付きのアンカーを洞窟の壁面に深く打ち込み、建物の中へとその先端を垂らす。

 そしてフィリッツと頷き合うと、ワイヤーを伝って、そのままその中へと進入を開始した。


「何もないな」

 建物の中に降り立ち、周囲を調べたフィリッツは、少し落胆したように息を吐いた。

 何か面白い物でも残っていればと思ったのだが、何もなし。

 まるで事前に片付けでもしたかのように、建物の中にあったのは入り口から吹き込んだ砂だけであった。

「そうね。でも、多少は判ることもあるわよ? 例えば、ここに住んでいた人は、私たちとあまり体格は変わらなかったみたい、とかね」

「そうなのか?」

「ほら、あそこの入口。高さが三メートルぐらいしかないでしょ? さすがに屈まないとは入れないようなドアはつけないでしょ」

 荷物の搬入や権威付けなどの理由で大きな扉をつけることはあるが、その逆というのはあまりない。

 それを考えれば、セイナの予想が的外れという可能性は低そうだ。

「それにこの構造物。大半は木材みたいよ?」

「木材? これが?」

 セイナに指摘され、驚きに目を瞠ったフィリッツは、巨大な柱をコツコツと叩く。

「見た目は確かに。宇宙服を着ていると、手触りとは判らないからなぁ」

「センサーを使いなさい、センサーを。折角高い宇宙服を着てるんだから。まぁ、自然にできた物か、人工的に作った物かは不明だけどね」

「そうか、センサーか……センサーを読む勉強も必要そうだな」

 高性能センサーがあっても、それが返す値を読み取れなければ意味はない。

 そして、学者ではないフィリッツにとって、大半のセンサーは宝の持ち腐れであった。

「あと目につくのは、奥にある演説台っぽい物だよな」

 そう言ってフィリッツが指さすのは建物の最奥部、階段状に何段かの高くなった場所に置かれた、高さ一メートル、幅と奥行き二メートルほどの台。

 石のような材質で作られたそれには彫刻が施され、重厚感があった。

「階段もついてないし、上に登る物じゃなくて、机みたいな物かも? ……もしかすると、この上で生け贄を『グサッ!』っとやってたかもしれないわね?」

 そう言って、にんまりと笑うセイナに、フィリッツは苦笑して肩をすくめた。

「これだけの建物を作る文化があって、まさかそんな野蛮なことはしないだろ。――それよりも、今回は特に成果なし、だな」

「んー、まぁ、これだけの建物が形をとどめているのは面白いけど、それだけよね。考古学者なら楽しめるのかもしれないけど」

 土器の欠片ですら楽しめる人もいるが、セイナたちは一般人。

 博物館で見るのは面白くても、自分で研究しようとは思えない。

「あえて言うなら、ここの木材加工技術は気になるけど、長期に保たせる技術自体はすでにあるし、研究するほどではないかな?」

 別の文明の技術は研究対象としては面白くても、経済的にペイするかどうかはまったく別の問題である。

 セイナも口にしたように、木材の長期保存技術などはすでに存在しているため、この建物を調べて加工方法が判ったとしても、商売になる可能性は低いのだ。

「簡単に儲かるなら、みんな遺跡を放置するわけないしね。お金になりそうなのは、この台くらい? 彫刻は見事だし、もしかしたら売れるかも?」

「この台って……どう考えても重すぎるだろ!?」

「いや、普通の石なら持てるわよ? この宇宙服なら」

「そうなのか? ……よっ!!」

 物は試しと、フィリッツが台に手を掛ける。

 宇宙服のアクチュエータの音を響かせ、フィリッツも「ぐぬぬっ」と声を漏らす。

 が、台はまったく動く様子を見せない。

「……ふぅ。無理だこれ」

 見るからに高価な物なら別だったのだろうが、相手は石の台。

 フィリッツはあっさりと諦めると力を抜いた、その時、台が動いた。

 ――上にではなく、横にだったが。

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