1-17 セイナの友人
「あれ? セイナじゃん! どしたの? しばらく有休取るって言ってなかったっけ?」
退官手続きに軍の事務所を訪れたセイナに声を掛けてきたのは、彼女の同僚、イーリス少尉だった。
セイナを除けば、同期の中ではかなり優秀な出世頭で、セイナとも仲が良く、プライベートでも交流がある人物だ。
すらっとした長身に引き締まったプロポーション、長い金髪と整った容貌。
外見的には非常にできる女性という印象である。
「あ、イーリス。うん、ちょっと退官手続きにね」
そんな友人の登場に、セイナが軽く手を上げて挨拶し、さらっとそんなことを言う。
「ふーん。……ん!? 退官んんんーー!!!」
あまりに軽い言葉に、一瞬理解が追いつかなかったイーリスだったが、すぐに気付いて大きな声を上げた。
「イーリス、声が大きい」
「いや、だって! そんな話聞いてないよ!? なに、結婚? 結婚なの!?」
ガシリと肩を掴み、ぐいぐいと近づいてくるイーリスを押し戻しつつ、セイナは首を振って否定する。
「女性軍人が退官すると結婚って短絡的考え方、どうかと思うわよ?」
「なんだ、違うのか。じゃ、なに? 全然相談とか受けてないんだけど? 友達じゃなかったっけ、私たち」
「うん、友達よね。でも昨日思いついて、決めたことだから」
セイナのそんな応えに、再び目を丸くするイーリス。
「決断早すぎ!! 結婚じゃないなら何するの?」
「ちょっと起業しようかと思って」
「起業……起業か……。確かにセイナなら、飄々と成功しそうよね……」
セイナの優秀さを思い出し、イーリスは唸る。
軍隊生活と、民間の起業家。
どちらが良いかと言われれば、成功の可能性が高いのであれば、圧倒的に起業家だろう。
「ん~~、どうだろ? 潰れなきゃ良いかな、ぐらいなんだけど」
「セイナの場合、どうとでもなりそうだからねぇ。一人で?」
「ううん。一応、パートナーはいるわよ。昨日話したら、オッケーもらえたから」
「……昨日話して、その日のうちに決断するとか、そのパートナーも決断力あるねぇ。ちなみに……男?」
「……うん」
「やっぱり男かぁぁぁぁ! 結婚じゃねぇんじゃなかったんかぁぁぁ!!」
「おち、落ち着いて、イーリス! 結婚じゃない、結婚じゃないから!」
今度は首元を掴み上げるイーリスの腕を、セイナが必死にタップする。
そう、非常に『できる女』であるイーリスなのだが、少し結婚願望が強すぎる
「男と二人で会社立ち上げるとか、もう人生のパートナーじゃん! 結婚まで秒読みですか、へぇ、そうですか!」
少し落ち着いて、セイナの首から手を離したイーリスが、何かに気付いたように首を捻る。
「……あれ? セイナって確か幼馴染みが……もしかして、その男って?」
「まぁ、そうかな?」
「F○ck! こんの、裏切りもんがぁぁ!」
イーリスが再び「うがぁぁ」と声を上げる。
見た目は良いのに、色々台無しである。
そんなイーリスを見て、セイナは大きくため息をついた。
「イーリス、あなた美人なのに、何でそんなに残念なの?」
イーリスは外見的には十分にモテる要素はあるのだが、その実かなり純情であり、仕事以外ではほとんど男性と関わることがない。
それでいて結婚したいという気持ちは、人一倍強い。
年齢的にはまだまだ焦るような年齢ではないのだが、なぜか同期で入った女性軍人の多くが、早々に結婚して退官していったため、不必要に焦っているところがあるのだろう。
「……ちなみに、私がその会社に入りたいと言ったら?」
「お話し合いが必要になるね――拳で」
ニッコリと笑いつつ、まったく笑っていない瞳を向けてきたセイナに、イーリスは慌てて首を振った。
「冗談、冗談だよ。さすがに
「
セイナは否定しつつも、少し頬を染めて照れたような表情を浮かべる。
そんな彼女に、イーリスは呆れたような視線を向けた。
これで『結婚じゃない!』と否定されては、イーリス以外でも納得はいかないだろう。
「まぁ、落ち着いたら雇って欲しいって部分は、ホントだけど」
「う~ん、絶対ダメとは言わないけど、ウチに入っても結婚相手は探せないわよ? 私とその幼馴染みしかいないんだから」
「いいの! 私は気付いた! 軍人って言う肩書きがダメだってことに!」
「確かに、ちょっと引かれる部分はあるかもしれないけど……」
強く力説するイーリスに、セイナは苦笑しつつも概ねは同意する。
実際はどうあれ、やはり『軍人』という肩書きはある程度のイメージを伴うのだ。
「でも、同じ軍人相手なら……」
「それはダメ。私、マッチョは好みじゃないから」
自分も軍人でありながら、きっぱりとそう断言するイーリス。
それを聞いて、周囲では心の中でコッソリと涙を流している男が何人もいるのだが、そんなことは彼女には判らないのだ。
「ねぇ、誰か紹介してくれない? ほら、彼氏の友達とか」
「彼氏じゃないんだけど……。フィーの友達かぁ……」
イーリスにそう言われ、セイナは少し考える。
フィリッツの友達。
少なくともセイナは知らない。
そして、フィリッツの話しぶりからして、そう多いとは思えない。
そんなフィリッツに紹介を頼む。
「(うん、なしだね!)」
すぐにその結論に達したセイナは、ややわざとらしく時計に目をやり、声を上げた。
「おっと、そろそろ時間だ! イーリス、また連絡するわ。またね!」
「あっ! クソッ、シアワセになりやがれ! 裏切り者!」
足早にその場を立ち去るセイナの背中に、イーリスはそんな祝福(?)を送ったのだった。
◇ ◇ ◇
朝早くから出かけたセイナに対し、フィリッツは彼女がいないことを良いことに、朝食後に再び布団に入り、起き出したのは昼前のことだった。
何もしていないのに減ったお腹をさすりつつ、フィリッツが昼食として用意したのはインスタント食品。ここ数回はセイナが料理を作ってまともな食事をしていたが、彼女がいなければこんなものである。
温めるだけで食べられるそれをフィリッツが食べ始めて暫し、そんな彼にサクラから声がかかった。
『マスター、セイナ様から依頼を受けた納入業者から連絡が入っています』
「ん、なんだ?」
『もうしばらくすると、商品の納入に伺う、とのことです』
「了解。サクラ、搬入準備を進めてくれ」
『了解しました。貯蔵庫の搬入口を開きます』
「ん? そんなに多いのか?」
サクラにある出入り口は、乗員が乗り降りする搭乗口が複数、コンテナ等の大型貨物を船倉へ直接運び込めるランプウェイ、それに貯蔵庫へと直接繋がる搬入口などがある。
数箱程度の食料であれば、普通の搭乗口から運び込めば良いだけなのだが、セイナの発注した量はその程度のものではなかった。
『はい。セイナ様から届いたリストには、おふたりなら、二年程度は生活できる量の食料が記載されています』
「なるほど……。ま、それぐらいはあっても良いか」
消費期限に問題がないのなら、多いに越したことがないのが食料である。
これは宇宙船における常識で、可能であればかなり余裕を持って食料を積み込むことが望ましいと言われている。
これは、万が一の事態に備えてのことである。
同じ惑星内で遭難するのとは違い、宇宙はとにかく広い。
航行不能になって救助要請しても、その到着まで下手をすると数ヶ月、運が悪ければ年単位で生き延びなければならないこともある。
ほとんどの場合は一ヶ月以内に救助されるのだが、それは確実ではないのだ。
そしてもう一つ。そのような現状があるため、航行中に救難信号を出している宇宙船を発見した場合は、可能であれば救助することが要請されている。
危険性もあるため義務ではないのだが、その時に食料がギリギリでは、救助したくても不可能である。
故にほとんどの宇宙船では、乗員が数倍になっても数ヶ月は生き延びられるだけの食料を積み込んでいることが多いのだ。
『貯蔵庫の整理用に、サポートロイドを起動してもよろしいですか?』
「許可する。良い感じに整理して入れておいてくれ」
『了解しました』
サポートロイドはその名の通り、船の運航や施設の運営などをサポートするためのロボットである。
形状は様々で人と見まごう物から、外見は工作機械とほぼ変わらない物まで様々なのだが、一般的には自然言語で命令が可能で、サポートロイド同士の連携ができ、自力移動できるものをサポートロイドと呼ぶ。
当然ながらサクラにも、汎用性が高く高性能な物がかなりの数配備されていた。
極論、一人でも船の運航が可能なのは、このサポートロイドのおかげなのだ。
現在は停泊中なため大半は休止状態なのだが、これを起動してサクラが操作すれば、作業面に於いては基本的にフィリッツのやることはない。
『ところでマスター。その格好のままで良いのですか?』
「おっと、挨拶は必要だよな。ありがとう、サクラ」
今のフィリッツの格好は、完全な部屋着。
フィリッツは残っていた食事を慌ててかっ込み、服装を整えるために立ち上がった。
結局その日、フィリッツの行った仕事は搬入業者への挨拶と、荷物受け取りのサイン、それに搬入業者と入れ替わるようにやって来た引っ越し業者を、セイナの部屋に案内することだけであった。
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