1-16 スゴいぞ、ボクの船 (4)
フィリッツの使っている船長室の周りの部屋は、船員エリアの中では広くて豪華な部屋が集まっている。
近くには会議室などもあり、船員エリアの中でも幹部用区画という扱いになるだろう。
一応、一番広いのは船長室であるフィリッツの部屋ではあるが、大差ない部屋はいくつもあるため、セイナが不満を漏らすこともないだろう。
「さぁ、どこでも好きなところを使いたまへ!」
自分の部屋の前まで移動し、やや自慢げにそう言ったフィリッツにやや呆れた視線を向けたセイナは、何の気負いもなく、彼の部屋の正面を指さす。
「じゃ、そこで」
「早いな! おい。中も見なくて良いのか?」
「間取りは船内マップで見たし、どこも大して変わらないでしょ? それに、フィーの部屋から遠いと色々面倒だしね」
AIにサブマスターとして登録されたセイナは、すでに船の大半の情報は引き出せるようになっている。
それで部屋の間取りなどを確認していた彼女は、あえて色々見る必要性も感じていなかった。
そもそもインテリアの類いは一切ない上に部屋も新品、日当たりや騒音などの周辺環境なんてものもない。中古マンションを選ぶのとは違うのだ。
「サクラ、認証をお願い」
『了解しました。該当の船室をセイナ様の部屋として登録します。以後、入室にはセイナ様の許可が必要です』
この船に関してはあまり関係がないのだが、各種扉には一応、権限が設定されている。
船長であるフィリッツであれば基本的にはフリーパスだが、今のように個室として登録されている場合は、フィリッツであっても簡単には入室できなくなる。
具体的には、扉の開閉ボタンを押しても開かなくなる。
ただし、フィリッツには第一種命令権限があるため、サクラに声をかけて開けるように言えば開けられる上に、これは第二種命令権限でも同様なので、フィリッツとセイナに関しては入れない場所はないということになる。
「ふーん、やっぱり何もないんだ」
セイナは扉を開けて中を覗くと、そう言って頷く。
セイナの選んだ部屋もフィリッツの部屋と同様、備え付けの品物に関しては上質だが、基本的には何もなく、空っぽである。
「家具は持ってくるとして……特別に買う物はないかな? フィーはどうだった?」
「いや、俺もまだ数日だし、下宿の時と同じ生活してるからなぁ。買い物が面倒になったこと以外、違いはないな」
「買い物……そっか。出航するなら倉庫エリアの貯蔵庫を稼働させることになるわけよね。自分の部屋にそこまで食料をストックする必要はなさそうね」
「でっかい高性能冷蔵庫が近くにあるわけだしな」
宇宙船の貯蔵庫は普通の家庭用冷蔵庫に比べると、圧倒的に高性能である。
長期航行に備えて普通の冷蔵、冷凍機能はもちろん、業務用レベルの瞬間冷凍やフリーズドライ機能、真空貯蔵機能、疑似時間停滞貯蔵機能まで多種多能な機能を備えているのだ。
どのレベルの機能を備えているかはそこに掛けたコスト次第なのだが、この船の場合は当たり前のように最高性能品が設置されていた。
特に疑似時間停滞貯蔵機能は最近開発された最新鋭の物であり、擬似的に時間を止めて食品を貯蔵することができる。
もちろん、『擬似的』であり、実際に時間を止めているわけではないのだが、利用の面ではそれに近い結果が得られるため、一般的には『時間を止めている』と認識されている。
その代償にちょっとシャレにならない量の電気を使うため、なかなか導入できないのだが、この船の場合ジェネレータもオーバースペックなので、あまり問題がない。
「そこに入れる食料を仕入れるのは、私の仕事になるのかしら?」
「まともな食事をしたいのであれば?」
セイナのそんな言葉に、フィリッツは曖昧な返答をする。
最低限の自炊程度しかしないフィリッツに、長期的な食事を考えて、計画的に食料を買ってくるとか無理な話なのだ。
そのあたりのことに関して、訓練校では最低限の知識しか勉強しないため、もし彼に任せるのであれば既製品のインスタント食品を大量に仕入れることになるだろう。
それでも味としては十分に満足できるだろうが、コストと栄養面だけを考えれば、ブロックタイプのレーションという手もあるので、下手をするとそう言う物を買ってくる恐れすらある。
基本的にフィリッツは、節約家なのだ。
「……まぁ、私の精神衛生上もフィーには任せない方が良さそうね。幸い、貯蔵庫を稼働させれば多少仕入れが適当でも腐るようなことはないでしょ。明日、退官手続きと併せて、引っ越しや食料の搬入などの手続きもしてくるわ」
「うむ。手間を掛けるが、よろしく」
これでまともな食事ができるようになるかもしれないという、内心の喜びを隠し、フィリッツは頷く。
セイナには秘密にしていたが、実のところ、この船に引っ越してきてからの数日、彼はずっとレトルトと缶詰、インスタントラーメンにお菓子で過ごしていたのだ。
理由はもちろん、お金である。
宇宙港の食事処はとにかく高い。
フィリッツではとても日常的に通うことができないほどに。
軌道エレベーターの上にあるわけだから、輸送コストの面でも仕方のない部分はあるのだろうが、それはまさに観光地価格。
かといって、軌道エレベーターの下まで食べに行くには、エレベーターの利用料金という壁が立ち塞がる。
食料品をまとめて買ってきて自分で作ろうにも、スーパーの買い物袋を持って軌道エレベーターに乗るのは、周りの視線的にもなかなかにハードルが高い。
普通、宇宙港に来るのはビジネスマンや旅行客なのだ。
そんな中、『近所のスーパーに行ってきました』みたいな顔をして買い物袋ぶら下げて乗り込むとか、かなりタフな心臓を持っていないと厳しいだろう。
少なくともフィリッツに、そんな度胸はなく、彼にできたのはバックの中に詰め込めるタイプの食品を持ち込むことだけだった。
もっともそんな彼の秘密も、数時間後の食事時、『ご飯を作ってあげる』と訪れたセイナに、あっさりバレることになるのだが。
あまりに堕落した食生活に、セイナの雷が落ちたのは語るまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
「まずは食料品の調達よね」
翌日、フィリッツの食生活に危機感を覚えたセイナは、早朝から地表へと降りてきていた。
セイナ自身の退官手続きや引っ越し作業は勿論だが、食材を調達しなければ、いくらセイナでも料理をすることもできない。
つまりは、フィリッツの健康によろしくない。
「ちゃんとしたレトルトやレーションならともかく、お菓子はダメよねぇ。まったく、フィリッツったら、私がいないとダメなんだから」
セイナはそんなことをぼやきながら、それでいてどこか嬉しそうにPNAを操作する。
「軍で使っているところで良いかしら? 付き合いもあるし……」
PNAに入っているデータから連絡先を見つけたセイナは、すぐにコール。
「あ、お世話になっております。タカフジと申しますが……はい、いつもありがとうございます。今日は少しご相談したいことが……あ、いえ、軍のお仕事ではないのですが……はい、できれば少々お時間を頂けないでしょうか?」
そんな会話でアポイントメントを取ったセイナはコールを切り、時間を確認。
次は、引っ越し業者を探す。
「時季的には空いてそうだけど……時間もないし、完全お任せプランで……」
大手業者の中で即日対応、完全お任せが可能な業者を選び、即座に予約する。
「空き時間で、何件かは挨拶に回れそうね」
お仕事を得るためには人脈が重要。
セイナはPNAに入っている連絡先から顧客になってくれそうな相手を探しながら、自分のマンションに向かって歩き始めた。
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