1-15 スゴいぞ、ボクの船 (3)
「ここは客室エリアだが……俺もあんまり見てないので詳しくは地図を見てくれ」
船の広さから言えば、客室エリアは二〇分の一程度。
ただ、船自体が大きいため、収容人数は三〇〇〇人もある。
一番小さな個室でも一般的なホテルのシングルルームよりよほど広く、広い部屋になると家一軒分ぐらいもある。
食堂や娯楽施設も複数あって充実している……地図上では。
実際には未だ個室は空っぽで、娯楽施設などに関しても場所は確保してあるものの、設備の類いは一切設置されていない。
これらは宇宙船を客船として運用しなければ、完全に無駄設備となってしまうため、『必要ならオプション枠で買ってね』という、設計者の温情(?)だろう。
「なるほど。エリアとしては豪華客船並みだけど、空っぽなんだ?」
いくつかの部屋やホールを覗きながら、セイナがそう言う。
「一応、オプション枠があるから客船として運航できなくもないが……」
「うーん、ここはしばらく封鎖かな? 旅客業の認可を取るのは大変だし、人を大量に雇うことになるからね。豪華客船並みの設備を入れたら、流石にオプション枠もなくなるかもしれないし」
壊れたときの代替部品も必要になるからね、と付け加えるセイナ。
少人数で運用可能になっている現代の宇宙船ではあるが、旅客をメインに運ぶとなれば人命に関わるため簡単にはいかず、乗組員の数などの色々な制約があるのだ。
「確かに、この船の交換部品とか買えないよなぁ」
「文字通り、桁違いだからね」
普通なら大金と思える資本金の三〇〇〇万Cであるが、宇宙船ともなれば、よほど軽微な故障でもない限り、エンジンの修理費にすらならないだろう。
万が一交換なんてことになったら、会社なんて簡単に吹っ飛ぶ。
それを考えれば、無駄に使えるオプション枠なんてない。
「――うん、オプション枠、大切だな。ただ、映画館とかはちょっと設備入れたいかも?」
「あ、それは確かに。映画館貸し切りとかちょっと憧れるわよね」
フィリッツがそう言うと、セイナも頷いて嬉しそうに笑う。
「俺なら、やっぱアクションだな。他のジャンルはわざわざ大画面は必要ない気がするし」
「ま、そのへんはフィーのだから任せる。導入したら一緒に見ようね?」
「ああ、そうだな」
実際の所、フィリッツとセイナは映画の趣味が少し違うのだが、フィリッツはあえてそのことは口にせず頷く。
セイナに誘われて、『趣味が合わないから行かない』と言うほどの向こう見ずさは、フィリッツも持ち合わせていないので。
「最後は船員エリアだな。船員の居住エリア、運行に必要な各種設備なんかがある」
少人数で運用できる割りには広いのが、このエリアである。
運行要員だけなら多くても数十人で十分なのだが、恐らく旅客エリアのスタッフ用に部屋を確保してあるのだろう。
今フィリッツが利用しているような船員個人の部屋や食堂や娯楽施設など、船員が長期の航行でも快適に過ごせるような施設が作られている。
また、エンジンやジェネレータは船の底など、各所に分散しておかれているのだが、コンピュータはこのエリアに設置してある上に、レーダーなど多くの運行関連機器もある。
他に大きな面積を占めているのは、倉庫エリアと農業プラントエリア。
食料や水など、積み荷とは別に船員や旅客が消費する物資を保管する倉庫と、ある程度の農作物を生産できるプラントが設置されている。
――いや、正確には、設置できるようになっている、か。
これまた普通の輸送船として使用するのであれば、わざわざ農業プラントを設置するまでもないので、今は空である。
「ここも大半の部分は閉鎖かな? 多少人を雇ったとしても大食堂とか使い道がないわ」
「だよな。キッチンのない部屋を使うほど、人を雇う必要性もないしな」
フィリッツの使っている部屋はキッチンや風呂など、下手な一軒家よりも充実の設備が整っているが、最も小さな部屋などはベッドとシャワールーム程度という所もある。
そこに人が入るようであれば別途食堂なども必要になるだろうが、現状では使われる可能性は低そうである。
「おおよそこんな感じだが、どうだ?」
「うん、さすが『
セイナがため息と共に、呆れたような言葉を漏らすと、それを聞いたフィリッツは首を捻った。
「『
「関係者の間ではね、そう呼ばれているのよ、『スペースシップロト13』の賞品は」
通常、宇宙船の設計は予算との戦いである。
装甲板のグレード一つ取っても、巨大な宇宙船の外殻全てともなれば、少しの違いが大きな違いとなって跳ね返ってくる。
それどころか僅かな塗料の価格差、一平米あたり数Cの差でも、家が買えるほどの差となるといえば、予算分配の難しさは解ってもらえるだろう。
しかし、『スペースシップロト13』の場合は違う。
まず発注者と使用者が違う上に、中型宇宙船を発注するには過剰なほどの予算があるのだから、あまり細かいことを言われない。
船の用途も決まっていないので、必要装備が限定されることもない。
「だからね、普段は予算の都合で使われることのない技術やら素材やらを注ぎ込んで、過剰性能な物を作るの。結果、一種の実験船となるのよね」
好き勝手に遊ぶので『
それが由来である。
「しかも今回は当選者が訓練生でしょ? 普段なら多少は当選者の意向が入るんだけど……」
建前としては、当選者の希望を訊いたりせず、主催者が用意することになっている宇宙船だが、当選者の多くは軍人や商船関係者である。
それらの人脈を使えば、『輸送船として使いたい』とか、『旅客業をやりたい』とか、その程度の意見を伝えることはできる。
もちろん、必ずしも聞き入れる必要はないのだが、余程のことがなければ、概ねそれに沿った宇宙船が作られることになる。
持ちつ持たれつ、そういう関係の業界なので。
ちなみに、軍で購入が推奨されている理由もそれ。
軍の予算を使わずにメーカーが実験をして、独自に技術力を上げてくれるなら御の字というものである。
「え、マジで? 酷くない?」
「メリットもあるけどね。どれだけカスタマイズした高機能品を積んだとしても、メンテナンス費用は通常と同じにしないといけない、となってるから。この船の物もカスタム品かもしれないし、メーカー以外に持ち込むのは止めた方が良いと思うわよ?」
「なるほど……そこは問題ないかな。どうせオプション枠でメンテナンスしてもらおうと思えば、メーカー修理を利用するしかないし」
「まぁ、そうなるよわね。それに、『
これで客室やら、娯楽施設やらが全て完璧に揃っていたら、逆に致命的。
運輸業をやる場合には、無駄な燃料を消費する重りに他ならないし、旅客業をやるにしても、大幅に方向性が制限される。
だが、現状の船なら輸送船としてもそれなりに使えるし、オプション枠を上手く使えば、船倉を改造して旅客船に特化させることもできる。
当選金の大半をオプション枠として残してくれたのは、設計者の温情だろう。
「私たちの業態からすると、本当は客室スペースも船倉に改装した方が利益率は上がるんだけど……そのへんは追々かな? ペイロードがあっても載せる物がなければ意味がないしね。――さて、私はどこの部屋を使えば良い?」
「どこでも良いが、俺の部屋の近くが良いだろうな。わざわざ狭い部屋を使うこともないだろ? ブリッジにも近いし」
「そだね。じゃ、ひとまずそこに行こっか」
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