1-14 スゴいぞ、ボクの船 (2)

「どうせ、ジェネレータもアホみたいな構成なんでしょ?」

「まぁ、な」

 呆れたような表情で肩をすくめるセイナに、フィリッツも苦笑を浮かべる。

 そう、問題となるのは電力、つまり発電機ジェネレータである。

 高性能コンピュータであっても、平常時の消費電力はさほど多くはないのだが、万が一のときにフル稼働させたら電力不足で落ちました、では話にならないし、船として欠陥品である。

核融合ニュークリア・フュージョンジェネレータが三基、重力偏差ディビエット・グラビティジェネレータが二基の構成」

「重力偏差ジェネレータが二基あるってことは――」

「もちろん、重力制御装置グラビティ・コントローラも二基あるぞ。グラビティ社の『GC-12000NR2』が」

「な、なんて無駄遣い。グラビティ社のを使うにしても、普通の商船ならCG-3000系列でも十分よね?」

「だな。この船、一応中型だし」

 グラビティ社はその名の通り、重力制御装置グラビティ・コントローラを最初に実用化し、それ一本で商売をしている会社である。

 現在では他の会社も重力制御装置グラビティ・コントローラを販売しているのだが、専業だけに互換メーカーよりも高性能・高品質な物をリリースしている。

 ただし、その分、価格が高い。

 そのため、信頼性が重要視される軍や高級路線の宇宙船には採用されるが、一般の商船で使われることは少なかったりする。

 更に言うなら、中型宇宙船であれば、セイナの言うとおりCG-3000系列が一基あれば十分で、CG-12000系列、しかも二基とか、オーバースペックにもほどがある構成である。

 この船の設計者が、どうにかして『あっても困らない(でも普通に考えればオーバースペックな)部分』に金を使うか頭を絞った可能性、大である。

 そう考えれば、コンピュータ群を強化するのはいい手である。

 『万が一の事故に備える』という言い訳が立つ上に、コンピュータの筐体はそこまで大きくないわりに高価、それに付随してジェネレータと重力制御装置グラビティ・コントローラまで奢れるのだから。

「そうよね、一応は中型なのよね、この船って」

「ああ。さっき言ったが、高泉ホールディングスの『阿武隈型汎用中型プラットフォーム』をベースに作ってある。本当にギリギリ中型に収めたって感じだが」

 宇宙船の型は基本的に全長、全幅、全高をベースに決定される。

 中型に分類されるのは、全長二四〇〇メートル未満、全幅三四〇メートル未満、全高二五〇メートル未満である。

 その他に体積とペイロードでの制限もあるのだが、それらをすべてギリギリで躱しているのがこの船なのだ。

 理由としては、『スペースシップロト13』で当選する船が『中型宇宙船』と決まっているから。

 当選金額は無制限にキャリーオーバーするが、船のサイズは最大が決まっている。

 かといって本当の意味で実用性のない船は作れない。

 その範囲で設計者が頑張って金をつぎ込んだ結果が、この船である。

「エンジンは質量変移マス・フラクチャーエンジンとしてフォルク社の『MF-eR200』が二基、次元偏倚ディメンショナル・ディフレクターエンジンとして、NHインダストリの『音羽おとは-3』が二基だな」

「低燃費と高反応エンジンを組み合わせているわけか。燃料費は少なくて済みそうね。悪くない」

 フィリッツの説明を聞き、セイナがウンウンと納得したように頷く。

 彼女も軍に所属している関係で、フィリッツほどではなくても、宇宙船に関する深い知識を持っている。

 その知識からも、コンピュータ群の異常さに比べれば、エンジンはまだ普通――それでも明らかに必要以上の高スペック――である。

 質量変移エンジンの特徴として、少しずつ加速する場合にはかなり燃費が良いことが上げられる。

 逆に急加速する場合には、使用した燃料に対して得られるエネルギーが少なくなる。

 そのため、他のタイプのエンジンと併用するのが最適だが、その分建造コストは増加するので、そのあたりは船の運用方法次第である。

 逆に次元偏倚エンジンは立ち上がりが早く、急加速、急減速に適しているが、質量変移エンジンに比べると燃費が悪い。

 悪いとは言っても、化学エンジンなどに比べると格段に効率は良いのだが、それでも質量変移エンジンと比べれば長距離移動に必要な燃料が一桁違う。

 短距離輸送ならともかく、長距離輸送であれば収益性に大きく影響する部分である。

「あとは補助エンジンとして、重力制御装置グラビティ・コントローラ、核融合ジェネレータだな」

 前者は惑星の大気圏を脱出するときに効率が良く、後者は移動用のエンジンとして使うには燃費が悪いので完全な非常用である。

「いやー、呆れるほど、とことんお金使ってるわね? それでいて、使い道はしっかりあるあたりがまた……ある意味では有能な設計者ね」

 ちょっと呆れたような、それでいて感心するような声を上げるセイナにフィリッツも同意するように頷く。

「まったく同感。次は、船倉に行くか」


    ◇    ◇    ◇


 この船の船倉は、船の後方おおよそ四分の三を占める最大のエリアだ。

 安価な船の場合、暴露環境で気密が確保されていない船倉もあるが、この船はもちろん気密確保の上、標準環境(人類が普通に生存できる環境)が保たれている。

 幅は三〇〇メートル以上、長さもキロ単位の広大な空間。

 屋外ではなく、閉鎖空間だからこそ感じる大きさ。

 普通はなかなか目にできない。

「なかなか広いだろ?」

 ちょっとドヤ顔でそう言うフィリッツに、セイナはあっさりと頷いた。

「そうね。中型輸送船ぐらいのペイロードはあるかしら?」

「……そうか。セイナは軍人だったんだよなぁ」

 軍であれば中型輸送船はもちろん、これ以上の大型輸送船も存在している。

 しかもこの船の場合、中型宇宙船としてはギリギリのサイズであるが、そのすべてを船倉として確保しているわけではないので、一般的な中型輸送船のペイロードよりも少し小さいのだ。

 広大な空間としてはやや見劣りするだろう。

「あっ、そういえば、退官手続きはしたのか?」

「退官するとは連絡したけど、明日にでも顔は出さないとねー」

「そんな簡単に辞められる物なのか、軍人って。機密とかありそうなんだが」

「あはは、大丈夫よ。所詮私なんて尉官だから、機密保持契約さえすれば問題ないわ。それより、ここはどんな変態スペックなの?」

「いやいや、変態って。ここは実用性重視で比較的普通だぜ?」

 標準環境を維持するためのコストはかかっているが特殊な設備はなく、船倉には一般的にある装備である。

 まずは高精度・高出力トラクタービーム。

 荷物の積み卸しに利用できる設備だ。

 精度と出力で価格が変わるため、これは最高価格帯の物だが、積み卸しの速度に直結する設備なので、停泊料の節約を考えても悪くない選択だろう。

 もう一つは汎用マウント。

 これは商船で一般的なUNI《ユニ》規格ではなく、軍用のMIL《ミル》規格が採用されている。

 基本的にMIL規格はUNI規格の上位互換なので実用上はまったく問題ないのだが、MILである必要性もないので、無駄と言えば無駄である。

 もちろん高価格、高強度であるMIL規格ならでは利点もある。

 軍の場合、戦闘機動時の高Gに耐えるために基準が決まっているが、商船でも事故回避などのために瞬間的に加速することもあり得る。

 そのときに強度が足りなければ、マウントが破損し、積み荷が船倉を飛び回ることになる。

 当然荷物は破損するし、運が悪ければ船殻を突き破ることもある。

 もしも船倉に人がいれば、死ぬ危険性も高い。

 それほどマウントの強度、そして積み荷の固定というのは重要なのだ。

「ふむ。まぁ、普通だね? MILマウントもトラクタービームも輸送業務には便利だし」

 セイナがちょっと意外、という表情をする。

「設計者、誰かは知らないが、本当の意味での『無駄遣い』はしてないんだよなぁ」

 無駄な冗長性や無駄な高スペックではあるが。

 極端なことを言えば、ここに『超高度環境保持型・多耐輸送用コンテナ』を詰め込めば、いくら当選額が大きくてもあっという間に蒸発してしまう。

 しかし、そんな物はよほど特殊な仕事をしなければ必要がないし、その他のコンテナやラックも仕事の内容によって必要な物が変わってくる。

 だからこそ船倉に関しては、ほとんど手を付けていないのだろう。

「なるほどねぇ。おかげで仕事の幅が広がるのは助かるわね」

「ここには他に見るところないし、次に行くか」

 フィリッツはウンウン、と嬉しげに頷くセイナを促し、船倉を後にした。

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