1-13 スゴいぞ、ボクの船 (1)

 互いの両親の了解を取った後は、簡単だった。

 両親や妹から即日出資金の支払いを受け、資本金を用意、セイナの整えた書類にフィリッツが署名すればほとんどの作業は終了。

 あとはシステム利用料を払い込んで申請を出せば、AIが審査して即時に結果を返してくれる。

 なんとも便利な物である。

 そうやってフィリッツとセイナは、実家から帰った翌日には、従業員僅か二人の『ネビュラ《星雲》運送』を設立したのだった。


    ◇    ◇    ◇


「さて。会社の設立は完了したわけだけど」

「お疲れ様です。お手数をおかけしました。――肩でもお揉みいたしましょうか?」

「別に肩は凝ってないけど……お茶でも入れてもらおうかしら?」

「了解しました!」

 ホッと息をついたセイナに、フィリッツがやや卑屈になっているのは、ほとんどの作業をセイナに丸投げしたためである。

 したことと言えば、正に署名だけ。

 彼も手伝う気持ちだけはあったのだが、基本的には書類の作成であるため、フィリッツがやるならば自分で調べて作るか、セイナに訊くしかない。

 セイナに訊くならば、彼女の時間を取るだけで本末転倒だし、調べて作ったとしても、結局は彼女のチェックを受けることになる。

 フィリッツにできたのは、セイナにお茶やお菓子を用意してやることぐらい。

 今日も毎度のように紅茶を入れてセイナの前に置き、フィリッツもその隣に腰を下ろした。

「ありがと。――まずは、船のスペックを教えてくれる? それによって仕事も変わってくるし」

「おう、任せておけ。それは専門分野だ!」

 一口紅茶を飲んでそういったセイナに、フィリッツは胸を張って答えた。

 ほぼ唯一、セイナに勝てるのがこの分野であるため、フィリッツの表情も明るい。

「まずは船のAIからだな。AI、サブマスターを登録する」

『了解しました。お名前をどうぞ』

 部屋の中に響いたAIの声に、セイナが応える。

「セイナ・タカフジ」

『セイナ・タカフジ様。サブマスターとして登録しました。第二種命令権限が与えられます』

 ここで言う『第二種命令権限』とは、宇宙船で二番目に強い権限である。

 普通は船長がトップである『第一種命令権限』を持ち、それを補佐する副長などに『第二種命令権限』が与えられる。

 これは通常の運行作業の範囲内に於いては、ほぼ第一種と同等の強い権限を持つのだが、この船には乗組員が二人しかいないので、大して意味はなかったりする。

「ねぇ、フィー。AIに名前は付けてないの?」

「あー、特に不便がないから付けてなかった。付けた方が良いか?」

「普通は付けるね。この船だけなら問題ないけど、複数の船と通信したりすると判りづらいでしょ?」

「なるほど……」

 一般的に、船に搭載されているAIに名前を付けるかどうかは、持ち主の趣味の範疇なのだが、セイナの所属する軍ではすべての艦船のAIに名前が付いていた。

 軍事行動では複数の船が連携して行動することもあり、他の船から船のAIに問い合わせを行うことなどもあり、名前がなければ混乱するという実用上の問題があるのだ。

 その点、商船や個人の船ではAIに問い合わせるのは、基本的に乗員のみ、船名さえあればあまり問題はない。

「セイナ、何か案はあるか?」

「普通は船名を使うけど、この船は?」

「……『阿武隈型汎用中型プラットフォーム改(仮)』」

「……なにそれ?」

「まだ特定の名前はないんだよ。引き渡し時の仮称としてつけられていただけで」

 名前から判るとおり、この船のベースとなったプラットフォーム名がそのままついているだけである。

 通常、船名はロールアウト時に登録されることになっているが、今回の場合は発注者はスペースシップロトの運営者でありフィリッツではないため、仮称で登録したのだろう。

 『(仮)』がついているので仮称とは判るが、登録自体は正式に行われているため、変更には変更手続きが必要で、この名称のまま運用することも不可能ではない。

 ――港に入る度に管制官に笑われる可能性大だが。

「船の名前ぐらい決めなさいよ。何日もあったでしょ?」

「いや、なかなか思いつかなくて……」

 などと言っているフィリッツだが、正確に言うなら考えていたのは引き渡しを受けた後、数時間だけである。

 変更手続きも必要であるし、『ここから移動させる時までに考えればいいや』と放置していたのが正解だ。

「よし、セイナ、任せた!」

 丸投げである。だが、そこはセイナ、即座に受け止め処理をした。

「任された! ――命名、サクラ!」

「早っ!? ま、良いけど。AI、この船、及びお前の名前を『サクラ』とする」

 一瞬で決まった名前に少しフィリッツも目を丸くしたが、すぐに名前を受け入れた。

『了解しました。以後、サクラとお呼びください。船名変更手続き、行いますか?』

「任せた」

『承りました』

「フィー、あっさり受け入れたわね?」

「んー、まぁ、普通の名前だったし?」

 普通じゃない名前、たとえばフィリッツがつらつらと考えていた時にいくつか浮上した、『中二病全開の奇抜な名前』であればさすがに躊躇したのだろうが、『サクラ』であればある意味で普通。

 自分で呼ぶときも、他人に説明するときも、そしてなったときも恥ずかしくない名前である。

 間違って香ばしい名前をつけて、例えば管制官に『シュバルツ・イェーガー(ぷぷっ)、入港してください』とか毎回やられたら、すでに若い青春の日々を通り過ぎたフィリッツは、きっと心が折れるだろう。

「さて、名前も決まったし、説明を続けるぞ。AI改め、『サクラ』の基盤となっているコンピュータ群として、MPU《メインプロセッシングユニット》にNHインダストリの『雲雀ひばり-21』を二系統、PTPの『Daedalus《ダイダロス》-9200』を二系統。さらにSPU《サブプロセッシングユニット》として、『つぐみ-92i』と『Icarus《イカロス》-8400e』を五系統ずつのヘテロジニアス構成になっている」

「……なにその、アホみたいな構成」

 セイナが一瞬沈黙し、呆れたような表情を見せる。

 そして、それに同意するようにフィリッツも頷く。

「うん、気持ちは解る」

 宇宙船のコンピューター群はその性質上、ミッションクリティカルである。

 そのため、最低でも二系統の冗長性を持たせるのだが、それ以上の冗長性が必要かと言われれば、実はあまり必要ない。

 メインのコンピュータ群は宇宙船全体の統括や航法管理などを行う役目を持っているが、そこが破壊されると各部の機能がシャットダウンするかといえばそうではないからだ。

 例えば生命維持装置などの機器はスタンドアロンでもきちんと動作するし、エンジン類が動かなくなるわけではない。

 大雑把に言うなら、『ナントカの港へ向かって』とか、『重力を快適に維持して』などの適当な命令ができなくなるだけである。

 舵やスロットルを操作すれば船は動くし、重力を設定することもできる。そのために宇宙船員がいるのだから。

 もっとも、実際にそれを手作業で運用するとなると、非常に大変な思いをすることになるのだが。宇宙船員になるのが難しいのは伊達ではないのだ。

 ちなみに、サクラのコンピュータ群はトータル一四系統。

 そして、搭載されているコンピュータは、相対的に性能が低い『つぐみ-92i』や『Icarus《イカロス》-8400e』であっても、二系統あれば中型宇宙船を動かすには十二分な性能がある。

 どれほど無駄な金を使っているか判ろうものである。

「サクラって、軍の電子戦専用機とか、早期警戒情報統合艦よりも計算能力高いんじゃない?」

「かもな?」

 はっきり言って、普通の船にこんなレベルの計算能力は必要ないのだ。

 役に立つ状況が絶対にないとは言いきれないが、その状況は確実に危機的状況である。

 むしろ役に立たないままでいる方が良いだろう。

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