1-12 両親へのご挨拶? (3)

「あ~~、二人とも。俺たちの会社が上手く行くとは限らないし、卒業までまだ一年近くあるだろ? 入りたいと言ってくれるのは嬉しいし、歓迎はするが、できればウチで役立つような勉強も頑張ってくれ」

「そうよ? 圧迫面接は冗談だけど、いくら妹でも、まったく役に立たない人は採用しないから!」

「「はーい。頑張りまーす」」

 声を揃えて答える妹二人に、両親たちも苦笑を浮かべた。

 もっとも二人とも、セイナほどとは言わずとも、十分以上に優秀ではあるので、普通であれば引く手数多あまたな人材ではあるのだが。

「ところで、お兄ちゃん。お兄ちゃんはお金あるの? セイナちゃんと半々って言ってたけど、そのせいでセイナちゃんがちょっとしか出資できないとか、そんなことになってない?」

「だ、大丈夫だ、問題ない。それなりの額だから」

 素朴な疑問を口にするメーレンに、フィリッツは少しどもりながらもそう口にしたが、それをマルヴィンが聞きとがめた。

「そういえば資本金の額を聞いてなかったな。いくらにするんだ?」

「……三〇〇〇万」

 フィリッツがボソリと口にした額を聞き、重要な話はもう終わりとばかりに、酒に手を伸ばしていたマルヴィンの動きが止まる。

「おい、フィー。今なんて言った?」

 冗談だろ、という表情で聞き返すマルヴィンに、フィリッツは開き直って、きっぱりと言う。

「三〇〇〇万Cだ」

「おい! どっからそんな金が出てきた!! 父さんたちが出しても残り一五〇〇万近く。何年も働いているセイナちゃんはまだしも、先日まで訓練生だったお前が持っている金額じゃないだろ!?」

 叫ぶようにそう口にして、かなり厳しい視線をフィリッツに向けるマルヴィンと、心配そうな表情になるカレラ。

 親の知らない大金を子供が持っていたら、心配になるのは当然である。

 だが、フィリッツの持つ金は何ら後ろ暗い物ではない。

 ないのだが、幼馴染みから大金を借りたという事実はあまり外聞がよろしくない。

 とはいえ、訊かれているのに無視することもできず、フィリッツは少し躊躇いつつも素直に答える。

「……セイナに、借りました」

「借金! おい、おめぇ、幼馴染みに借金かよ!? 一五〇〇万も!」

「わー、お兄ちゃん、ダメ男だぁ~~」

 マルヴィンがドン、とテーブルに拳を叩きつけつつ、フィリッツが初めて聞くような乱れた口調で叫ぶ。

 そしてメーレンも、驚きと苦笑、半々ぐらいの表情で声を上げた。

 フィリッツ自身も少し『俺ってもしかして?』と思っていたため、反論の言葉も出ない。

「すまない、タカフジさん。ダメな息子で……」

「いや、娘が自分で貸したんだから私は別に構わないが……それだけの現金、良く持っていたな?」

「うん、私、無駄遣いしないし」

 マルヴィンは脂汗をかきながら頭を下げるが、タカフジ親子はあまり気にした様子もなく言葉を返した。

 一般庶民的には大金である一五〇〇万Cも、タカフジ家にとっては大金ではない――とまでは言わずとも、『とんでもない額』ではないのだ。

 もちろん、それを無駄に使ったのであればまた別の反応をしたのだろうが、実際はただ貸し付けただけ。

 そしてそれが会社の資本金として出資されるのであれば、殊更問題とすべきことでもないと受け止めていた。

「それにさ、おじさん。宇宙船の持ち主はフィーだから、回収できない心配とかは全然ないんですよ。ちゃんと契約して利息も貰うから」

「……そうなのかい? セイナちゃんがそう言うのなら良いんだけど。フィー、死ぬ気で返せよ!」

「お、おう」

 マルヴィンは「宇宙船って案外高いんだな」と呟きながらも、フィリッツに厳しい視線を向ける。

 だがはっきり言って、標準規格のコンテナが一つ運べるだけの超小型宇宙船、それの中古であっても一五〇〇万C程度で買える物ではない。

 そのため『案外高い』などという感想は完全に的外れなのだが、自分に関わりのない分野の知識なんて案外そんなものである。

 もっとも、フィリッツの手に入れた宇宙船の大きさを知っていれば、さすがにそんな感想は持たなかっただろうが。

「ま、ヴァンベルグさん、そのへんのことは二人がちゃんとやるだろうさ。もう大人なんだ、信用してやるのも親の仕事でしょう」

「そう、ですね。きちんと書類を交わしているなら……」

 まだ少し不満そうな表情を浮かべていたマルヴィンだったが、実際にお金を貸したセイナの親、カツユキにそう言われてしまっては、あまり不満も言いづらい。

 渋々ながら頷き、自分の稼ぎではとても返せそうにないその金額を思って、ため息をついた。

「さぁ、せっかく久しぶりに両家族が揃ったのです。飲みましょう」

「は、はぁ」

 それからは、あれよあれよという間に、テーブルの上にちょっと豪華な食事とマルヴィンの持ってきたお酒が並べられ、食事が始まった。

 フィリッツのお土産の大蛸はちょっとウケけたが、カットしてしまうと少し肉厚なだけの普通の蛸。大人たちの肴として普通に消費され、妹たちのウケ自体はセイナのお土産にあっさりと敗北を喫した。

 そしてある程度酒と食事が進み、メーレンとツキノを除く成人組に酒が回ってきた頃、マルヴィンがフィリッツを見てしみじみと呟いた。

「はぁ~、ちょっと前まで子供だった息子が、会社を作るとはなぁ」

「セイナちゃんがいてこそなんでしょうけど、ちょっと想像してなかったわ」

「まぁ、否定はできないな。俺も普通に就職するつもりだったし」

 船を手に入れたのがすべての始まり。

 それがなければ、フィリッツはその性格通り、普通の安定した会社に就職し、堅実な人生を歩き出していただろう。

「ううぅ、可愛かったお兄ちゃんがこんなに立派になって……」

「お前に言われるのは、納得いかん」

 わざとらしい泣き真似をするメーレンに、フィリッツは呆れたような視線を向ける。

 フィリッツとメーレンは四歳違い、普通に考えれば四つも年下の妹に『可愛い』と思われる時期など、なかっただろう。

「そうですねぇ。可愛かったセイナちゃんも、フィーくんもあっという間に大人になっちゃうし~」

「………」

 ご近所さん故に『おばさんに言われるのは仕方ない』と今度は沈黙を守るフィリッツ。

 同世代の子供を持つを親や親戚同士が集まり、酒が入ると、その話題はなぜか昔の話、それも子供が小さかった頃の話になりやすい。

 子供たちからすれば、自分たちが覚えていないようなことも話題にされる上、その話題は本人たちにとっては大抵恥ずかしいこと。非常にいたたまれない。

 しかも今回の集まりの理由からして、フィリッツとセイナが肴になることは確定である。

「お姉さまが軍人になった時は驚きました。これで行き遅れ確定ですか、と思いましたもの!」

 あははと笑うツキノに、セイナがなんとも微妙は表情を浮かべる。

「行き遅れって……確かに女性軍人は結婚が遅いけど……」

「未成年で『叔母さん』フラグは回避したと、その点は安心したんですが――」

「でもぉ、セイナもとうとうフィーくんのところに就職なのねぇ~~」

「「ぶっ!」」

 フィリッツは口に含んでいた酒を吹き出しかけて、慌てて口を押さえ、セイナもティッシュ片手に咳き込む。

「お、おばさん、それ、何か別の意味に聞こえますから。俺とセイナ、二人の会社ですから!」

「あらぁ? セイナちゃんだと不満なの~?」

「いえ、そういうことではなく――」

「永久就職なら借金が消えるわよ~?」

「………」

「おい、フィー、まさか心動かされてないわよね?」

「ま、まさかぁ。うん、当然だろ?」

 口元を拭って息を整えたセイナが、フィリッツの肩に手を置いて良い笑顔を浮かべている。

 だが、その視線はまったく笑っていない。

「もし万が一。仮に、可能性として、そんなことになったとしても! 借金はしっかり回収するからね!」

「はい! もちろんです!」

「あらあら~、もうお尻に敷いてるのねぇ~」

 のほほんと笑いながら、そんなことを言うキキョウ。

「違うから!」


 結局、フィリッツたちは日付が変わる頃まで、散々弄られる事になるのだった。

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