1-11 両親へのご挨拶? (2)
「うん。なるほどな。確かに船のリース料が安く抑えられ、人件費もお前たちだけならそうそう破綻はしそうにないな。お前たちも大人だし、私は良いと思うぞ。ヴァンヴェルグさんはどうです?」
「は、はい。問題ないと思います」
話を向けられたマルヴィンは頷いて同意するが、『子供たちが会社を作ろうとしている』ということ以外はやはり理解していない。
もっとも、これはマルヴィンが悪いわけではなく、ごく普通の公務員であれば、当たり前の反応とも言える。
会社の設立や細かい経営のことなど、興味がなければ勉強するはずもないのだから。
ただ、それでも同意は同意である。
カツユキは再び頷き、セイナとフィリッツに視線を向ける。
「それで、資本金はどうするんだ?」
「一応、私とフィーで出すけど、お父さんたちも一株ずつ、出資してくれないかな?」
資本金自体は二人で出すことを決めたフィリッツたちだったが、株式会社の出資者が二人だけというのは、少々外聞が悪い。
なので、形だけでも親にも出資を頼んでみようと相談していたのだ。
出資割合を知られるとバレバレだが、開示する必要はないので聞かれたときには『複数の人から出資を受けて会社を作りました』とだけ言っておけば良いのだ。
「ほう、一株いくらだ?」
「えーっと、いくらが良いかな?」
セイナの視線を受け、フィリッツがマルヴィンに尋ねる。
「親父、お袋と二人でいくらなら出してもらえる? ぶっちゃけ、一〇〇〇Cずつでも良いんだが」
創業時の一株の値段というのは、資本金を単純に総株数で割った値になる。
今回の場合、資本金は三〇〇〇万Cなので、三万株発行すれば、一株の値段が一〇〇〇Cになる。ただし分割数は自由なので、三〇〇万株発行して一〇〇株を割り当てるとかでもまったく問題はない。
「いや、息子が会社を立ち上げるって言うのに、流石にその金額は無いだろう。最低でも一万、何だったら、一〇万ずつ出しても良いぞ?」
「大丈夫なのか? 見栄を張る必要はないんだぞ?」
マルヴィンは公務員で、カレラは専業主婦。
ヴァンベルク家は決して貧乏ではないが、裕福とも言えない。
対してタカフジ家は、キキョウが専業主婦なのは同じだが、カツユキはそれなりに大きい会社のトップに立つ、れっきとした経営者である。
その懐具合にも大きな差がある。
とはいえ、タカフジ家は決して浪費家ではないので、普段の生活で差を感じることはあまりないのだが。
「お前だけなら躊躇するが、セイナちゃんがいるわけだしな」
「………」
言外に『フィリッツが経営する会社は信頼できない』と匂わせるマルヴィン。
だが、それはフィリッツも理解しているので、反論もできない。
むしろ彼自身、セイナが来なければ会社を設立しようとは考えていなかったのだから。
「おじさん、気持ちは嬉しいけど、別にお金に困ってるわけじゃないから、そこまでは良いですよ。一万Cずつでお願いできますか?」
「そうかい? じゃあ、一万Cずつで」
微笑みながらそう言うセイナに、マルヴィンも頬を緩め、あっさりと前言を撤回、一万Cずつの出資を約束する。
「お父さんもそれで良い?」
「あぁ、問題ない」
「それじゃ、四人でトータル四万Cの出資で――」
セイナがそう言いかけた時、それまで無言で、しかし興味深そうに話を聞いていたツキノが、ビシッと手を上げて言い放った。
「はいはい! お姉さま、お兄さまお兄さま、株ってことは配当があるんですよね? 私も買いたいです!」
「あ! ツキノちゃんが買うなら私も!」
そして、そこに追従するメーレン。
そんな妹にフィリッツは、驚いたような顔を向けた。
「は? メイ、お前、そんな金あるのかよ!?」
「一〇万とか言われたら無理だけど、数万Cなら出せるよ。私、節約家だから!」
「私としては三万Cぐらい出資したいです」
平然とそんなことを言うメーレンとツキノ。
フィリッツと妹たちの年齢差は四つ。
彼女ぐらいの年齢であれば、数万Cともなればかなりの大金なはずだが……。
「えーっと、セイナ、どうする?」
「別に良いと思うけど……三万ずつ売る?」
「え、多くない? 大丈夫か?」
そう訊ねたフィリッツに、妹二人は平然と頷く。
「そうか……余裕あるんだな」
フィリッツも浪費をするタイプではないので、メーレンと同じ年にはなんとかそのぐらいの貯蓄はあったが、堅実故に株に出資するとなると逆に躊躇しただろう。
たとえそれが、自分の兄妹だったとしても。
「ただしツキノ、それにメイちゃんも。あんまり配当に期待しないでね? そう簡単に大きな利益が上がるわけないし、内部留保も必要だから、配当にまわせるか判らないわよ?」
「それは仕方ないです。お姉さまたちへの応援の気持ちも込めて、ですから。ね、メイちゃん」
「うん。お兄ちゃんがちょっとお小遣いくれるだけで良いよ!」
そんなことを言って、にんまりと笑うメーレン。
『応援』と言われて金を出されたら、お小遣いせびられても断りづらいことを理解して言っているのだから、かなり要領が良い。
「うっ……社会人になると妹に小遣いやるものなのか?」
フィリッツが少し困ったようにセイナに視線を向けると、彼女は少し考えて頷いた。
「私は、お年玉ぐらいかな? だよね、ツキノ」
「はい。お姉さま、あんまり帰ってこないから……」
「ゴメンね、仕事が忙しくて」
「ううん。これからは少しは自由な時間、取れるんですよね?」
「いや、どうかなぁ? 逆に、この星にいないことの方が多いかも」
軍から転職すると自由度が増えることは確実だが、運送業の場合、その仕事時間の大半は船で移動していることになる。
宇宙を移動する以上、『暇だから休みを取って家に帰る』なんてことは、当然できない。
少し困ったような表情を浮かべるセイナに、ツキノは目を伏せる。
「そうなんですか……少し残念です」
だが、すぐにツキノは何か思いついたように手を叩くと、笑みを浮かべた。
「あ、せっかくですから卒業したらお兄さまたちの会社に就職したらどうでしょう、株主権限で! そうすれば、もっと一緒にいられますし」
「ちょいツキノ、あなたの株数で株主権限なんてないわよ。就職したければ試験を受けなさい。私が圧迫面接してあげるから」
「えー、パワハラ反対です~。でもお姉さま、忘れていませんか?」
「――なにを?」
「議決権の過半数を取れば就職ぐらいどうにかなりますよね?」
「株式会社である以上、そうなったら考えざるを得ないけど……大半は私とフィーが半々で持ってるのよ?」
セイナはそう言って訝しげに眉を顰めたが、ツキノはにんまりと笑う。
「ふっふっふ。甘~いです! つまり、私とメイちゃんが手を組んで、お兄さまを落とせば勝ちです! ねっ、メイちゃん!」
「そうだね! ツキノちゃん!」
まるで示し合わせたかのように、ツキノとメーレンがフィリッツの両側に抱きつく。
そんな二人を見て、セイナはため息をつき、フィリッツは苦笑を浮かべる。
フィリッツはこの少し年の離れた妹二人に弱く、頼まれると強く断れない傾向がある。
重要なことであれば別だろうが、少々のことであれば、おそらく協力してしまうだろう。採用人事が『少々のこと』に当てはまるかは議論の余地があるだろうが。
「でもそんなの、お父さんたちの――足りない!?」
セイナは『親の反対があれば』と言いかけて、ハッとしたように目を見開いた。
「ふふふ、まさか、今更減らすとか、言わないですよね?」
「くっ! いきなりプロキシーファイトに負けるとはっ!?」
プロキシーファイト――委任状争奪戦などと呼ばれる、株主の支持集めのことである。
セイナとフィリッツの出資割合を同じにするならば、二人が対立した場合は、残りの株主の取り合いとなる。
その出資割合は、両親たちが四人で四割、妹たちが二人で六割。
つまり妹たちが結託すると、両親四人が反対しても勝ててしまうのだ。
それを考えて三万Cと提案したのであれば、ツキノはなかなかの策士である。
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