1-18 お仕事、ゲットだぜ!
早朝に出かけたセイナが船に戻ってきたのは、夕方、そろそろ夜になろうかというころだった。
フィリッツには『昼過ぎには帰れる』と言って出かけたので、予定よりもかなり遅くなったことになる。
そして、その表情もどことなく冴えない。
「セイナ、何かトラブルか?」
「トラブルというか……予備役少佐に昇進? した」
セイナが少し言いにくそうに口にしたその言葉に、フィリッツはぽかんとした表情で聞き返し、言っている意味が分からないとばかりに、首を捻る。
「……は? 辞表を出しに行ったんだよな?」
「もちろんそうよ? 数日前には退官の意思も知らせていたし。でもほら、以前『私が辞めるって言ったら、何人もが慰留に集まってくる』って言ったでしょ? まさにアレ」
「アレ、ジョークじゃなかったのか!?」
「う~ん、私としても半分は冗談だったんだけど……」
セイナはそう言いながら苦笑を浮かべる。
イーリスと別れた後、セイナが向かった部屋で待っていたのは、直接の上司の他、その上役数名。
それらの人に囲まれて、体感を思いとどまるように説得されたセイナだったが、当然ながら彼女の意志は固く、まったく取り合わない。
ならばと方針転換した彼らが提示したのが、なぜかすでに用意されていた予備役少佐への辞令であった。
「おう……それは、かなりガチだな」
形だけ『キミが辞めるのは残念だよ』と言って、直後に『それじゃ、新しい職場でも頑張って』ってなのとは違う。
どうやらセイナは、本気で惜しまれるほどに有能だったらしい。
「流石にそこまでやられると、拒否するのも難しくて。これまでお世話になってるし……。ごめんね?」
「いや、それは全然構わないが……。むしろ、こっちが無理に引き抜いたような状態だし?」
「この会社は私もやりたかったから、そこはフィーが気にする必要はないわよ。それに結構良い条件を提示してくれたからね」
「と、言うと?」
「まず、残ってる有給は全部使ってオッケー」
「ほう?」
良い笑顔でそういったセイナだったが、先日まで学生だったフィリッツの方はよく解らずに首を捻った。
辞めるなら有給があっても関係なくないか、と考えたフィリッツだったが、それが表情に出ていたようで、セイナは苦笑して付け加える。
「……非社会人のフィーに解りやすく言うなら、約二ヶ月分の給料が退職金に加算されます」
「ほう!」
判りやすくなった説明に、フィリッツが感嘆の声を上げる。
退職をする場合に有給の扱いがどうなるかは、会社によって異なる。
あまり扱いが良くない会社であれば、最終出勤日が退職日となり残っていた有給は消滅する。
それに対し、良い会社であれば最終出勤日に残りの有給日数を加算した日が退職日として扱われ、その退職日までの給与が支払われる。
つまりは、セイナが言ったように、有給分の給料が加算されるということである。
いくら加算されるかはその人の給与によって異なるが、数万から数十万C、決して少ない額ではない。
「じゃあ、もう出勤は不要なのか? それとも引き継ぎ作業があるのか?」
「それは大丈夫。軍だから。何時いかなる時に殉職しても、問題ないようになってるから」
「……おう」
さすが軍。シビアである。
もっとも一人いなくなるだけで、『引き継ぎできてないので、軍が動きません』という状況を起こすわけにはいかないのだから、当然なのだろうが。
「ついでに、宇宙船に乗っているなら、定期の訓練参加も不要になりました」
「ふむ?」
予備役といえども軍人である。
時々軍の訓練に参加して、技能が落ちないようにする義務を負う。
その際には通常の予備役としての給与とは別に、訓練参加手当が出るのだが、大した額でもないのでセイナとしては参加せずに済む方がありがたい。
一応、訓練の代替措置は制度としては認められているため、上司が認めればこのような運用も可能なのだ。
「訓練自体は大したことないけど、運送会社だと、この星にずっといるわけじゃないしね」
「そうなのか」
ちなみに、セイナは『大したことない』と評した訓練だが、十二分に大変な訓練であり、少し高齢になった予備役の軍人にはかなり評判が悪かったりする。
「更に、仕事ももらってきました!」
「おお! え、マジで!?」
「うん。うちの会社には結構向いてる仕事だと思うわよ」
セイナが取ってきた仕事。
それは、水を軍港や宇宙基地に運ぶ仕事だった。
基本的に宇宙の居住空間に於いて、水は循環させて使用する。
だが、水を燃料として使用する場合や宇宙船に補給した場合など、少しずつ消費もされるので、その際はどこからか運んでくる必要がある。
その補給業務を請け負ってきたのだ。
「この船、純粋に商業船としてみると、使い道がないデッドスペースが多くて非効率なんだけど、装備はリッチだからねー」
「まぁ、輸送業務だけ考えるなら、船を二割は小さくできるよな」
客室エリアは要らないし、船員エリアもかなり削れる。
その分、燃費や港湾利用料なども削減できるのだから、普通の会社ならこんな船は作らないだろう。
エンジンやジェネレータも不必要なほどの冗長性があり、ある意味、汎用性はあるのだが、実用面ではかなり微妙な代物なのだ。
「でも、今回はそのリッチな装備のおかげで、利益が上がりそうなのよね」
「そうなのか?」
訊ねるフィリッツに、セイナは頷き、指を一本立てた。
「うん。まずうちが有利な点、その一。私のコネ。直接発注を受けてるから、中抜きされることがない」
「いきなり装備じゃない!?」
コネクション。
ネガティブな面もあれど、大会社の下請けや仲介業者を挟んで仕事を受ける場合に比べれば、マージンがない分、発注者、受注者共に利益がある。
普通なら設立したばかりの会社に軍が直接依頼などするはずもないが、そこはセイナのコネの強力さ故か、それとも予備役を受ける代わりに交渉したのか。
「うちが有利な点、その二。私のコネ。水の運搬に必要な水輸送用コンテナを無料で軍から借り受けることができる」
「再びのコネ!? ――え? 無料? セイナのコネ、すごすぎない?」
貨物輸送を行う場合、工作機械などのように直接船倉に運び込む場合もあるが、多くの場合、貨物はコンテナに詰めて運搬される。
ほとんどの場合は、荷主から受け取ったコンテナをそのまま輸送先に降ろすことになるのだが、まれに貨物を積み込むコンテナを輸送業者で用意する必要に迫られることもある。
そのような機会は多くないため、普通の業者はコンテナをレンタルすることになるのだが、今回の水運搬用のコンテナのように、汎用ではない専用コンテナのレンタル料はかなり高い。
もちろん、そのレンタル料は輸送量に加算されて請求することになるのだが、その支払いがあるのは輸送終了後のことである。
フィリッツたちのように手元資金が少ない場合、レンタル業者に支払う金が足りず、コンテナを借りられない、延いては仕事を受けることができないという羽目に陥ることになる。
それ故、いくらセイナがいるとはいえ、小さな会社に無料でコンテナを貸し出すというのは、かなり優遇されていることは間違いがない。
「あ、もちろん、無料と言っても、その分、輸送費用は値引きするんだけどね。それでも、資金がないうちにはありがたいでしょ?」
「ああ。かなりな」
ニコリと笑うセイナに、フィリッツは深く頷く。
中型宇宙船と言っても、サクラのペイロードはかなり大きく、大型のコンテナでも数万の単位で詰め込める。
仮に一つ一〇〇〇Cでレンタルできたとしても、それだけで資本金が軽く吹っ飛ぶレベル。
フィリッツが震えながら(?)借金した金額でも、仕事の必要経費にもならないのだから、会社の資金運用はまさしく桁が違う。
「有利な点、その三。MIL規格のマウントがある」
「おっ、やっと船の装備が出てきた」
セイナが三本目の指を立てながら言った言葉に、フィリッツは嬉しげな笑みを浮かべた。
『リッチな装備のおかげ』と言われながら、最初の二つがセイナのコネなのだから、その気持ちも当然だろう。
「うん。MIL規格なら水輸送用コンテナを限界まで詰め込めるでしょ? UNI規格だと、水を満載したら耐荷重オーバーでフルスタックできないし」
「なるほど。確かにそれは利点だな」
MIL規格とUNI規格のマウント。
一見すると、面積あたりのマウントの数程度にしか違いがないのだが、実際にはMIL規格で許容される荷重を支えるため、船の構造体部分まで強化が施されている。
小型の船で積載数が少なければ不要なのだが、大型船のように何十個もコンテナを
宇宙船に詳しくない人は『無重力なのに?』という反応をしたりするのだが、無重力状態であっても物質の質量は変化しないのだ。
例えばマウントが破損して、三〇トンのコンテナが秒速一メートルで漂ってきたとする。
無重力だから受け止められる?
とんでもない。
そのままゆっくりと押しつぶされるだけである。
受け止めようとするなら、同じだけの力、つまり『三〇トンのコンテナを秒速一メートルに加速する』だけの力をかけなければいけないのだ。
そんなこともあり、マウントの規格はきっちりと決まっていて、簡単にUNI規格をMIL規格に変更する、なんてことはできなくなっている。
「最後の有利な点、その四。強力な
「……あぁ、水を運ぶにはあった方が良いよな」
サクラのような強力な
まず一口に『水を運ぶ』と言っても、最初にその水を手に入れなければ運ぶこともできない。
ではどこからその水を持ってくるかと言えば、それは大まかに二種類に分けられる。
一つは軌道エレベーターの先にある宇宙港で購入する方法。
手軽に入手でき、浄水である反面、軌道エレベーターを通じての汲み上げ費用と浄化費用が加算されるため、そう安くはない。
もう一つは惑星の大気圏内に降下し、海などから直接汲み上げる方法。
この方法なら水自体はタダで手に入るが、浄化する手間と大気圏内への降下・離脱にコストがかかる。
まず第一に、惑星降下能力を持つ船というのが限られる。
通常の宇宙船は宇宙港から宇宙港へ移動すれば良いだけなので、莫大な費用を掛けて惑星降下機能を追加することは無駄であり、普通はしない(ただし、非常時に備えて、すべての宇宙船は一度だけの降下には耐えるように設計されている)。
更に、惑星からの離脱にかかる燃料コストもバカにならない。
それが水のような重量物を満載しているとなれば、言うまでもない。
一般的に大気圏から離脱するのに最も効率の良い方法は、
そのような
その点、サクラは無駄に強力な
はっきり言えば、人が生活可能な重力の惑星なら、水はもちろん、大抵の金属ならペイロード一杯に詰め込んでいても、余裕で重力圏を離脱できるほどである。
それほどに強力な
「専用の水輸送船でも持っていれば別なんだけど、そうでなければサクラみたいな船じゃないと厳しいからね」
極一部に水輸送専用の宇宙船も存在するのだが、水の需要は確実にあれど、宇宙基地などでは基本的に循環して使用するため、常に運ぶ必要があるほどには仕事がない。
専用船を建造してしまうとそれ以外の用途には使用できないし、結果、大半の時間は休ませておくことになる。
必需品だけに、確かに利益は上がるのだが、運ぶのは所詮水。
莫大な利益が上がるような物でもない。
高価な
「なるほどなぁ。ある意味、お
「それは大丈夫。面倒だから細かい説明は省くけど、指名発注が可能な案件だから。私、これでも主計局にいたこともあるしね」
「そうか。セイナのコネに感謝して、なら安心して受けるとするか」
「うん、そうして、そうして」
法的に問題がないのであれば、フィリッツとしても拒む理由は何もない。
「それじゃ、初仕事の前祝いだ。今夜は祝杯を挙げるか!」
「いぇーい!」
フィリッツとセイナは二人でハイタッチをして、その日に納入された食料を早速使い、セイナの手料理で祝杯を挙げたのだった。
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