1-19 お仕事開始! (1)

 前祝いの翌日であっても、セイナの朝は早い。

 すでに退官したため時間的には余裕があるはずなのだが、さすが軍人と言うべきか、規則正しい生活を崩すつもりはないらしい。

 それに対し、学校に通う必要がなくなったフィリッツは、少々堕落した生活を送っていたワケだが、セイナと一緒に暮らすようになるとそんな生活が許されるはずもない。

「ほらほら、朝食もできてるから、早く準備して!」

「おーうー、すまん」

 ベッドから叩き出されたフィリッツが、顔を洗ってリビングに顔を出すと、テーブルの上にはすでに料理が並んでいた。

 一応、フィリッツの部屋のリビングなのだが、そこに置かれているのは彼の持っていた小さなテーブルではなく、セイナが持ち込んだ四人掛けのテーブル。

 それなりに高給取りの軍人だったためか、その質もフィリッツの物に比べると数段良い。

 ちなみに、リビングに置いてあったフィリッツのベッドはすでにベッドルームへ移動され、リビングにはテーブルの他にもいくつかセイナが持ち込んだ家具が増えている。

 元々セイナの住んでいた部屋がフィリッツの下宿に比べて広かったこともあり、以前と比べると、多少まともなリビングへと様相を変えている。

「悪いな、朝食も作ってくれたんだよな?」

「一緒に生活してるのに、別々に作るのも無駄でしょ? 作れるときは作ってあげるわよ。面倒なときはインスタントになるけどね」

「それは全然問題ないぞ。……うん、美味い」

「そう? ありがと」

 料理に箸をつけ、そう感想を言うフィリッツに、セイナは嬉しそうに微笑む。

 料理自体は特に手の込んだ物ではなく、ごく普通の家庭料理なのだが、その出来映えは決して悪くない。

 むしろセイナの年齢を考えると、十分に作り慣れている様すら窺える。

「やっぱセイナは、普段から料理してたのか? 俺は学食とインスタント、出来合いを買ってくることが多かったが」

「ある程度はしてたけど、私もインスタントは多かったかなぁ。なかなか忙しくて、料理する時間が取れなくて。それに、インスタントも案外美味しいしね」

「そうそう。それに下手に作るより安いものな!」

 長期保存可能なインスタント食であっても、その味とコストパフォーマンスは、少なくともフィリッツが作るよりは格段に良い。

 さすがに生野菜に関しては味が劣るが、それさえ気にしなければ十分に食べられるため、ほとんど料理をしないという人も決して珍しくなかったりする。

「ま、私は料理、嫌いじゃないから、仕事を変えて時間が取れるようになったのはありがたいけどね。朝、こんなにのんびりできなかったし」

「やっぱり軍人って忙しいのか?」

「部署によるけど……のんびりできるような仕事ではないかな?」

 軍人は基本的に二四時間稼働なので定期的に夜勤が回ってくる上に、緊急時には時間なんて関係なく呼び出される。

 任務に出ているときは、二四時間拘束状態で軍のスケジュールに合わせて動くことになるので、自由もない。

 メリットを上げるとするなら、預金の貯まりやすさか。

 生活に必要な物品の多くは軍からの支給品がある上に、幸か不幸か、使う暇もないため、必然的に預金残高だけは増えていく。

「ま、嫌いってわけじゃなかったから、こういう機会でもなければ続けてたと思うけど……こっちの方が好きかな? フィーとのんびり働けそうだしね?」

 そう言って笑うセイナに、フィリッツも胸をなで下ろす。

 セイナ自身は『自分で決めたから』とは言っていたが、フィリッツからすれば自分の事情に彼女を巻き込んだようなもの。そのあたりは気になっていたのだ。

「それで今日から業務開始、なわけだが、まずは……コンテナを借りに行く? いや、それとも契約が先か?」

「契約の方はやっておくから問題ないわよ。衛星のアポソリマにある軍の保管施設へ行って、コンテナの受け取りね」

「ふむふむ……何個借りるんだ?」

 そう訊ねたフィリッツに、セイナがやや呆れたような視線を向ける。

「……フィー、自分の船のペイロード、把握してないの?」

「いや! もちろん、してるぞ? ただフルスタックまで借りられるのかと思っただけだぞ?」

「大丈夫、LLコンテナをフルスタックまで借りられるように手配してるから。うち一一個はタンクじゃなくて浄水装置だけどね」

「ふむ…………」

 そう言ってフィリッツは視線をさまよわせる。

「(この船のペイロードなら、LLコンテナで三万四〇三四個、だったよな?)」

 セイナには把握していると答えたフィリッツだったが、実のところ、細かい数字までは曖昧だったりする。

 正直に言えば、サクラに確認したいところだったが、セイナに「把握している」と答えた以上、それは少々気まずい。

「……三万四〇三四個、借りられるわけか」

「そうね。タンクだけなら三万四〇三四個。積載できる水の量は約九二〇〇万トンね」

「(よしっ! 間違ってなかった!)」

 内心ガッツポーズをして、ホッと胸をなで下ろすフィリッツ。

 一応自分の船だけに、僅かばかりのプライドがあるのだ。

「ただ、二%弱は水タンクじゃないから、水の量としては九〇〇〇万トンぐらいかしら」

「え? そうなのか?」

「ええ。海水を淡水に浄化したら塩が取れるから、それを保管するためのコンテナね」

「……保管しなくても海に捨てれば良いんじゃないのか?」

 そう口にしたフィリッツに、セイナは大きく首を振って否定した。

「いやいやいや、捨てるなんて勿体ない。水より高く売れるのよ?」

「あ、そりゃそうか」

「それに、浄水装置は借りられるけど、消耗品は自前で買わないといけないから。お金になる物を無駄になんてできないわよ」

 浄水装置の稼働に必要なエネルギーは船から供給されるが、ゴミの分離と浄化、海水の淡水化を行うためにはフィルターが必要で、これはフィリッツたちの負担という契約になっている。

 それ自体はそこまで高価な物ではないのだが、浄化する水の量がとにかく多い。

 必然的に使用するフィルターの量も多くなる。

 であるならば、副生成物の塩を売って足しにしようというセイナの考えは、経営者として非常に正しい。

「惑星上で売ると安いけど、宇宙基地で売れば、それなりの値段になると思うしね」

「なるほどなぁ。あと、コンテナの積み込みにかかる時間は……」

「軍のトラクターも借りられるから半日程度かしら? コンテナ同士の接続はサポートロイドに任せれば良いから、私たちがすることは特にないわね」

「それが終われば地表に下りて水汲みだな。浄水装置の能力は?」

「かなり高性能よ。まぁ、それでも量が量だから、丸二日ぐらい海の上で滞在しないといけないけど」

 その後、再び宇宙に出て二日ほど移動、カリクス宇宙基地で水を引き渡して業務終了。

 帰路を考えても、一週間ほどの仕事である。

「大半の時間は何もすることなんだよな……。そう考えると、運送業って暇だよな?」

「そうねぇ。港から港へ運ぶ運送業は大半の時間、待機しているだけだから……船の操縦も、荷物の積み卸しも基本、AI任せで済むわけだしね」

 ただし法律上、AIのみで宇宙船を運航することはできない。

 最低でも一人は宇宙船員を乗せておく必要があるため、この資格を持っていれば、ほぼ食いっぱぐれることがないと言われる。

「資格商売、バンザイ、だよなぁ」

「でも、普通の会社だと別の仕事することになるでしょ? 給料自体も特別高いわけじゃないし」

「まぁ、そうかもな?」

 普通の会社に就職すれば、暇な航行中は別の仕事をさせられるのは当たり前。

 平均よりも給与が高いとは言っても、平均の何倍というレベルではないので、実際には『資格商売、バンザイ』と言えるような職業でもなかったりする。

「しかし、水一トン一Cの利益でも、一週間で九〇〇〇万C。大半の時間、ぼーっとしていてこれか……ボロいな」

 そんな適当な計算をしたフィリッツに、セイナが呆れたような視線を向け、現実を突きつける。

「いや、なに、その適当な計算? 利益はもっとあるし、逆にその程度の利益じゃ厳しいからね? 船の維持費、知らないわけじゃないでしょ?」

「あー、そうだよな……」

 訓練校で習った、宇宙船の維持費関連の授業を思い出し、フィリッツはため息をつく。

 学生の金銭感覚からすれば九〇〇〇万Cは超大金だが、実際には宇宙港への入港料やちょっとした船の修理程度でも、簡単に吹き飛ぶ程度の額でしかない。

 フィリッツはすでに船を持っているのでまだマシだが、仮に船を購入してローンの支払いを行うとなれば、水の運搬で利益を出すのはかなり難しい。

 そもそも簡単に利益が出るのなら、訓練校を卒業した学生も就職などせず、自分で船を購入して起業していることだろう。

「っていうか、『金を稼ぐ』という点だけ考えれば、即座にこの船を売った方が、この船を一生使って俺が稼ぐよりも、多くの金が手に入るんだよな、多分……」

「フィー、それはもう結論が出た話でしょ? お金じゃなくて、真面目に働く。それに価値を見いださないと!」

「そうだよな。それなりに稼いで会社をそれなりに大きくする。それが目標で良いよな?」

「私としては、頑張って稼いで、できる限り大きくして欲しいけど。そっちの方が面白そうだし?」

「それは……努力目標ということで?」

「うん、ま、今はそれで良いかな?」

 少し困ったように眉尻を下げたフィリッツを見て、セイナは肩をすくめて笑った。

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