1-20 お仕事開始! (2)

 コンテナの受け取りにアポソリマの保管施設を訪れたフィリッツたちを迎えたのは、軍人から向けられる厳しい視線だった。

 いや、正確には『フィリッツを』迎えたのは、であるが。

 同じように船から下りてきたセイナに対しては、「タカフジ大尉! お会いできて光栄です!」とビシリと敬礼して挨拶しているのに対し、フィリッツへの視線には、敵意に近い物が籠もっている。

「(やっぱ、セイナを引き抜いたからか……?)」

 現実にはセイナの方が主体だったのだが、そんなことは他人には判らない。

 フィリッツは、半ばジョークと受け止めていたセイナの人気も、ここまであからさまな視線を向けられれば、はっきりと理解させられてしまう。

 彼からすればあまり愉快な視線ではないとはいえ、相手はクライアント、一歩引いて沈黙を保つ。

「私はすでに退官し、大尉ではありません。予備役少佐へと編入されました」

「はっ! 失礼いたしました! 少佐殿!」

「いえ、予備役ですからそう硬くなる必要はないのですが……手続きお願いできますか」

「了解しました! 直ちに行います!」

 再び敬礼した軍人が手続きを始めるのに合わせ、フィリッツもセイナから離れ、搬入の準備を始める。

 そんなフィリッツに対し、側を通り軍人は舌打ちをしたり、ボソリと嫌みを言ったり。

 男性の軍人だけならまだ解るのだが、数少ない女性軍人から向けられる視線もまた少々厳しい。

 そんな態度にフィリッツもさすがにカチンとくるものはあったのだが、相手は軍人である。間違っても喧嘩を売ったりはしない。

 下手に険悪な雰囲気になれば、セイナの顔を潰すことになるのはフィリッツも理解しているし、そもそも本職に腕っ節で勝てるわけがない。

 黙々と、『お仕事、お仕事』と心中で唱えつつ、作業を進める。

 実際問題として、無茶を言われるわけでも、仕事の邪魔をされるわけでもない。

 むしろ軍人故か、作業の方は全く手を抜かず的確なのだ。

 この程度で不満を溜めていては商売などできないだろう。

 それでもあまり気分が良くないのは間違いなく、手早く作業を終えたフィリッツは後をセイナに任せて船へと引っ込んだのだった。


 船の中にセイナが戻ってきたのは、フィリッツが気分転換にコーヒーブレイクを始めてしばらく経ってのことだった。

 少し疲れた顔に苦笑を浮かべたセイナは、フィリッツの前に座ってため息をついた。

「ゴメンね、フィー。嫌な思い、させたでしょ」

「いや、仕事だからこんなこともあるだろ。あれか? コネで仕事を取ったからか?」

 運搬料を値引きをするとは言っても、コネを使ってコンテナをタダで借り受けるのだ。

 それを面白く思わない人がいてもおかしくはない。

 だが、そのコネのおかげでフィリッツたちは数百万C節約できたわけで。

「(おっ、そう考えたら、あの対応も全く気にならなくなったぞ?)」

 発想を変えれば、『嫌み』や『睨み』一回で数十万C。

 フィリッツからすれば、むしろもっと睨んでくれってなものである。

 もっとも軍人の反応から『その可能性は低いか』とは思っていたのだが、セイナはやはり困ったような表情で首を振った。

「あー、コネって言うより、私が軍を辞めてフィーの会社に入ったから? 自分で言うのは恥ずかしいけど、私、若いし、それなりに容姿も整った方だから……」

 セイナが少し照れたようにフィリッツから視線を逸らし、頬を赤らめる。

 客観的にセイナの言うことは間違っていないのだが、それを自分で言うのはやはり少し恥ずかしいのだろう。

「あぁ、やっぱりそっちか……嫉妬か」

「軍には女性はそんなに多くないしね」

 幼馴染み故に普段はあまり意識しないフィリッツだが、そんな彼から見てもセイナは美人なのだ。

 そんな美人で若い女性が軍を辞めて他の会社に移籍、再びやって来た時には若い男と一緒となれば、嫌みの一つも言いたくなるだろう。

 しかし、セイナが正式に軍を辞めたのは昨日のこと。

 その情報がすでにここの兵士たちに広まっているあたり、セイナの人気が知れる。

「……俺、軍の施設では顔出さない方が良いか?」

「あー、どうだろ? 直接手を出してくるような短絡的なのはいないはずだけど……」

「どっちが良い? セイナに任せるが」

「私としては、側にいて欲しいかな? 軍を辞めたからか、食事に誘ってくる人とかいたし……」

 さほど手間のかかる手続きではないにもかかわらず、セイナが戻ってくるまで時間がかかったのはそれをあしらう手間がかかったためだった。

 コンテナの数が数だけに、積み込み作業が終わるまでにかかる時間は半日を超える。

 それを考えれば、勤務時間が終わった後でも十分な時間が取れる。

 それを見越して、セイナとデートの約束を取り付けようと考えても不思議ではないのだろうが、彼女にとっては迷惑なだけである。

 今までであれば、ほとんどの相手から見れば上官だったため、そのような誘いも少なかったのだが、予備役となったためか、誘う方としても少しハードルが下がったのだろう。

「ん、解った。俺で虫除けになるならばくっついていよう」

「ついでに追い払ってくれると嬉しいかな?」

「……腕っ節が必要ないなら、努力する」

 男としては少々情けない台詞だが、フィリッツはごく普通の一般人。

 荒事専門の訓練を受けた軍人に敵うはずがない。

 言うなれば、張り子の虎である。

「それは大丈夫だよ。――手を出してきたら、私が対処するし」

「お、おう……」

 そう言って、凄味のある笑みを浮かべたセイナに、フィリッツは鼻白む。

「(やっぱりセイナって強いのか?)」

 帰省時に体力で負けていることは理解したフィリッツだったが、解っているのはそれだけ。

 だが、あれだけの体力があり、専門の訓練を受けているセイナがフィリッツよりも弱いという可能性は低いだろう。

 フィリッツがセイナと肉体言語で話し合う可能性はほぼゼロだろうが、まかり間違ってもブチ切れされることがないよう気をつけよう、そう心の中で誓うのだった。


    ◇    ◇    ◇


 およそ半日後、コンテナ積載後の出航は特にトラブルもなく、スムーズに行われた。

「次は、ソルパーダに降りて、二日ほど掛けて水の補給ね」

 ソルパーダはフィリッツたちの母星であり、その表面の九割が海という、水に恵まれた惑星だ。今回はこの海から水を汲み上げることになる。

 厳密に言うなら、惑星上から取水して別の惑星に持ち出すとその惑星の水は減ることになるのだが、今のところ、水資源の豊富なソルパーダには、公海上で取水することを制限する法律は存在しない。

 このあたりの法律は惑星によって異なり、場所によっては厳しい制限がかかっていることもある。

 このことだけに限らず、惑星によって各種法規が異なるのは当然なのだが、多くの惑星を訪れる宇宙船員がそのすべてを覚えることは不可能であり、基本はAI任せで、注意が必要な部分だけを教えてもらうのが船乗りとしての常識である。

「セイナ、どうせ降りるなら、海が穏やかで季候が良く、水が綺麗なところが良いよな?」

「うん。あと、公海上であまり海上船が来ないところが良いわね。陸地の近くだと色々面倒だから」

 重力制御装置グラビティ・コントローラで降りるため、轟音も噴射炎も出ないのだが、海上船に比べて宇宙船はとにかく大きい。

 サクラの場合は重力制御装置グラビティ・コントローラに余裕があるため、着水はせずに宙に浮かべたままする予定だが、それでもそんな物が近くに浮かんでいたら迷惑この上ない。

 そのあたりの共通ルールももちろんあり、訓練校でも習う常識ではあるのだが、実際に使われる機会はほとんどないし、できれば使いたくない知識だったりする。

 何故なら、大気圏降下機能を持たない大半の宇宙船にとっては、『大気圏内に降下する』イコール『不時着』なのだ。

 つまり、この知識が必要となる時はかなりヤバい状況である。

 中型宇宙船でのんびりと降下できるフィリッツたちは、数少ない例外だ。

「ん~~、この辺で良いか」

 惑星気象レーダーやカメラ映像を見ていたフィリッツが、陸地から遠く離れた海の真ん中の良さそうな位置を選んで、サクラに声を掛ける。

「サクラ、このあたりで適当な場所に降りてくれ」

『了解しました。海上五メートル地点まで降下します。降下後、海水の採取を開始すればよろしいですか?』

「ああ、それで頼む」

 ゆっくりと減り始めた高度計を確認し、フィリッツはぐっと伸びをしてシートから立ち上がった。

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