1-04 幼馴染みが現れた! (1)

「やっほ! 久しぶり、フィー」

 そんな軽い声と共にブリッジに入ってきたのは、先ほどまでコール画面に映っていたフィリッツの幼馴染み。

 尋ねる相手が幼馴染みであるが故か、ラフで活動的な服装をしている。

 そんな彼女とフィリッツが前回会ったのは、去年の年始。

 実家に帰省した時のことである。

「(あの時は確か振り袖を着ていたな。普段着を見るのは本当に久しぶりだよなぁ)」

 セイナの家は祖先が日系であるため、そっち方面のイベントを行うことも多い。

 隣に住むよしみでフィリッツもよくそれに巻き込まれるのだが、彼としては餅とか美味い物をお裾分けしてもらえるため、むしろ大歓迎だったりする。

「色々聞きたいことはあるが……なんで来られた?」

「ん~~、何から聞きたい?」

 悪戯っぽく笑うセイナにフィリッツは椅子を勧め、腕を組んで考え込んだ。

 まるで友達の家を訪ねるかの如くやって来たセイナだが、ここにいきなり訊ねてこられること自体、色々とおかしいのだ。

「まず、なんでこの場所に、この時間で来られた? 俺の居場所とか知らなかったよな?」

「そうね。はっきりしたのは、さっき訊いてから」

「コールで居場所を訊いた時か。――いや、いくら何でもここに到着するのが早すぎだろ!」

 フィリッツはセイナの今の住所を知らないが、フィリッツが今居る宇宙港という物は軌道エレベータの上に存在する。

 超高速エレベータで地上と繋がっているのだが、いくら何でも気軽に来られるような距離では無いし、居場所を訊いてから移動を開始したのではとても間に合うような時間では無い。

 それこそ、コールした時点ですぐ側にでも居ない限り――。

「ああ、その時はこの港にいたから」

「なんで!?」

 しれっとそんなことを言うセイナに、フィリッツは思わず叫んだ。

「フィーが当選したことはほぼ確信してたからね。いくら何でも出生時間まで一致するなんて偶然、ありえないでしょ」

「お前、俺の出生時間、分単位まで覚えてるのか!?」

「うん、見せてもらったことあるわよね、IDカード」

「それはそうだが……」

 あっさりとそう答えたセイナに、フィリッツは戸惑いの表情を浮かべる。

 生まれた時に作成される個人認証用のIDカードには、分単位で生まれた時間が記録されているし、フィリッツ自信もセイナのIDカードを見たことはある。

 だが、誕生日は当然覚えているにしても、生まれた時間なんて覚えていなかった。

 精々が『午前中の早い時間だったか?』という程度である。

 セイナが分単位で覚えているのは、記憶力の良さ故か。

「いや、それでも偶然という可能性もあるだろ?」

「たまたまフィーの生年月日の数字を選ぶ人がいて、たまたまその番号が当選した、って? その可能性はほぼゼロ、で良いんじゃない?」

 それよりも、フィーが買ったと考える方がよっぽど確率が高い、とセイナが笑う。

 『スペースシップロト13』はその名の通り、一三桁。

 単純に言うなら、一致する確率は一〇兆分の一。

 フィリッツと同じ時間に生まれた人はいるだろうし、ロトで選ぶ数値に生年月日を使う人もいないとは言えないかもしれない。

 だが、その二つを兼ね備えた人が今回、スペースシップロトを購入したと考えるよりは、スペースシップロトを購入しているフィリッツが、数字として生年月日を選んだという可能性の方がよっぽど高いというのは、確かにセイナの言うとおりだろう。

「ついでに言うと、今回当選したのが訓練生であることは、ほぼ判っていたしね?」

「……なんで?」

「蛇の道は蛇、じゃないけど、その程度は調べられるのよねぇ、私ぐらいになると」

 正確に言うなら、セイナが調べられたのは『訓練校の売店で当選番号が販売された』ことなのだが、利用者を考えれば購入者が訓練生であることはほぼ確実である。

「軍隊、こえぇ……」

「まー、関係者、多いしね。場所に関しては、訓練校がある場所で船の引き渡しができる宇宙港なんて限られるし、今、この港に泊まっている船の中で新造船を探せばすぐ解るわよ。元の住所が空室になってたから、こっちに来たってわけ」

 セイナとしてもいきなりフィリッツを探してこの港に来たわけではない。

 『ちょっと驚かせてみようかな?』という軽い気持ちで、フィリッツの下宿を訊ねてみたものの、すでにそこはもぬけの殻。

 多少の推理を働かせてスプラット・アス港へ移動、対象の船に目処を付けてからコールしてきたのだった。

 普通であれば下宿に行く前、もしくは下宿にいなかった時点で連絡してきそうなものだが、そこであえて連絡しないあたりがセイナのお茶目(?)な所である。

「なるほど、場所の特定方法に関しては、まあ理解した。だが、どうやってここまで入った? 普通、入れないだろ?」

 宇宙港は間違っても、『入れてください』、『はいどうぞ』で入れるほどにセキュリティは甘くない。

 テロ行為も皆無ではないし、万が一、宇宙空間で事件・事故が起きれば大惨事に繋がるため、そのセキュリティレベルは大気圏内を飛ぶ空港よりも厳しいのだ。

 もちろん通常のロビーであれば誰でも入れるし、ふらりと遊びに来ても楽しめる商業施設も充実しているのだが、今フィリッツが宇宙船を泊めているのは、レンタル専用の駐機場である。

 公共交通向けの駐機場に比べればややセキュリティレベルは落ちるものの、気軽に入れるようなエリアではない。

 通常手続きに則るならば、フィリッツのように駐機場をレンタルするか、もしくはレンタルしているオーナーから招待を受けて、パスの発行してもらう必要がある。

 そして当たり前だが、フィリッツは招待をしていない。

「普通に入れたわよ、私のIDを見せたら」

 セイナが平然とした表情でIDカードを掲げる。

 それをフィリッツが素早く抜き取くと、カードの内容に視線を落として声を上げた。

「普通のIDで通れるほどセキュリティは甘くは……って、オイ! お前、いつの間に大尉になったんだよ!?」

 セイナの見せたIDカードは軍人用で、そこに記載されている階級は大尉。

 間違いなくしっかりと記載されている。

「(軍人、だからなのか? 大尉だし)」

 宇宙港自体は民間が管理しているのだが、その重要性から警備に関しては軍も関係している。

 原則としては軍人であっても許可なく入れないエリアではあるが、所詮はお金を出せば借りることができるレンタル駐機場。

 身元が確認できる軍人、しかも大尉となれば、拒否されることもなく通れてしまうようだ。

「いや、そもそも就職して四年で大尉とかおかしいだろ!?」

「そうでもないんじゃない?」

「え、そうなのか?」

 セイナに平然とそう返され、フィリッツは戸惑ったように首を捻る。

 フィリッツも軍の階級ぐらいは知っているが、その評価基準や昇進制度などに関しては全く知識がない。

 そのため、セイナが『おかしくない』と言ってしまえば否定することは難しい。

 では、実際のところはどうなのかと言えば――おかしいのはセイナである。

 学校出たての新人が、わずか四年で大尉にまで昇進することなど、普通はあり得ない。

 飛び級するほど優秀であったとしても、はっきり言って、異常。

 だが、それを指摘できないフィリッツは、諦めたようにため息をついた。

「……はぁ、もういいや。それで今日は何の用だ? 前、あんまり休めないって愚痴ってたが、今日は休みなのか?」

「休めないのは変わりないけど、せっかくだから有休を取って会いに来てあげたのよ」

「ふーむ……」

 軍人故にあまり休日が取れないとフィリッツに愚痴っていたセイナが、突然、それも一年以上ぶりに会いに来た。連絡もなしに。

 高額商品を当選させたフィリッツに。

「……金ならないぞ?」

 フィリッツがそう言った途端、セイナの雰囲気が変わった。

「……ねぇ、私がフィーにたかったことなんてある? むしろ先日なんて、卒業祝いを贈ってあげたわよね?」

 その声を聞き、フィリッツの背中に汗が流れる。

「(あ、ヤバい。これ、マジ怒りだ)」

 セイナは表情的には眉をひそめた程度であるが、付き合いの長いフィリッツにははっきり解る。完全に雰囲気が違う。

 フィリッツは慌てて手を振り、引きつった笑みを浮かべた。

「いや、すまん。ジョークだ、ジョークだ。お約束かと思って言っただけだ。そう怒るなよ、な?」

「――怒ってないわよ」

 否定しつつも、セイナの表情は少し硬く、言葉には不機嫌さがにじみ出ている。

 だがこれは、完全にフィリッツが軽率である。

 いくら気心が知れている相手でも、『ロトに当たったから、金をせびりに来たのか』みたいに言われて怒らないわけがない。

 しかも、卒業前にセイナから送られてきたのは、かなり高級なジャケット。

 同い年の友人から贈られるには不相応なほどの品を貰っておきながら、こんなことを言われたら、セイナが怒るのも当然だろう。

 むしろビンタぐらいしても、十分に無罪判決を勝ち取れるだろう。

 軽い気持ちでも、言って良いことと悪いことがある。

「ホント悪かったって。……お茶、飲むか? 菓子も少しはあるぞ?」

 フィリッツは両手を合わせると、ペコペコと頭を下げた。

 完璧に接待モードである。

 幼馴染みだからこそ許されるほどに、あからさますぎるが。

「気にしてないけど。お茶はもらう」

 だが、少しぶっきらぼうながら答えが返ってきたことで、フィリッツはホッと息をつく。

 本気で怒っている状態では、あからさまに機嫌を取るようなことを行っても無視される。それはこれまでの経験で理解していた。

「了解! じゃあ、ここじゃ何だから、俺の部屋に行こうぜ」

 少なくともブリッジは、客をもてなすようなスペースではない。

 そのぐらいは理解しているフィリッツは、セイナを促して立ち上がった。

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