1-03 船、当たっちゃいました (2)

「ん? 誰だ?」

 フィリッツはリストバンド型のPNAを操作して、ホロディスプレイを表示させる。

 コールの相手を確認し、彼は首をかしげた。

「セイナか。直接コールしてくるなんて、いつ以来だ……?」

 表示された名前はフィリッツの幼馴染みであるセイナ・タカフジだった。

 物心着く前から家が隣同士で、中等教育修了までは同じ学校に通っていた彼女は、訓練校に入学したフィリッツとは異なり、そのまま高等教育へ進んだ。

 そして通常は四年程度はかかる高等教育をわずか二年で卒業、そのまま軍に就職。

 訓練校のカリキュラムは六年制なため、フィリッツから見れば、もう四年も社会人をやっている先輩でもある。

 ついでに言えば、フィリッツが訓練校に合格できたのもセイナが勉強を見てくれたからであり、ありがたくも頭の上がらない相手。

 先日などは卒業祝いも送られてきており、連絡自体はそれなりの頻度で取り合っているのだが、セイナが就職したのが軍であるため、内部からのコールには制限もあり、基本メールでの連絡だったのだ。

 やや不思議に思いつつもフィリッツがPNAを捜査すると、ホロディスプレイに彼の記憶と変わりないセイナの笑顔が表示された。

「や、久しぶり、フィー」

「おう、そうだな。元気だったか?」

 どこか嬉しそうな幼馴染みに、フィリッツも軽く手を上げて挨拶を返す。

「特に変わりはないかな。フィーは最近何してる? 就職活動? 就職先は決めた?」

「あー、いや……」

 安定した職業に就いている先輩社会人に悪気なくそんなことを訊かれ、絶賛色々悩み中のフィリッツは言葉を濁す。

 そう、先日訓練校を卒業したフィリッツは、本来なら就職活動真っ最中の時期なのだ。

 ごく一部、特別なコネがある訓練生は在学中に就職が決まることもあるが、大半の訓練生は――卒業しているので厳密には訓練生ではないが――卒業証書兼成績証明書を手に、卒業式の翌日から就職活動を始める。

 クラスメイトに『真面目くん』や『堅実が服を着て歩いている』などと賞賛(?)されていたフィリッツの成績は控えめに言っても良かったし、普通に就職活動をすればどこかの貿易会社に潜り込むことぐらいはできただろう。

 だが、実際はと言えば、この船の引き渡しを受ける関係で就職活動はしていないし、当たり前だが就職先も決まっていない。

「え、まだ決まってないの? 何だったら軍に紹介してあげましょうか?」

 セイナは少し驚いたような表情を浮かべ、深刻そうな表情でフィリッツにそんな提案をした。

「えーっと、その……」

 決まってないというか、就職活動していないというか、就職すべきかも決まっていないというか。

 人生という海原で半ば迷走中である。

 必然、セイナに返す言葉も出てこない。

 そんなフィリッツの様子を見て、セイナは心配そうな表情を一転させ、笑みを浮かべた。

「ふふふっ、冗談。その反応、ロトに当たったの、やっぱりフィーだったのね」

「なっ――!?」

 セイナの発言に、フィリッツが驚愕の表情を浮かべて絶句した。

「何で知ってるんだ?」

 彼が船を受け取ったのは数日ほど前。

 それより前に当選したことを誰かに喋ったことはないし、それ以降は船から出ることも最小限で、ほとんど外部とは交渉を持っていない。

 親にすら話していないのだから、久しぶりに連絡してきたセイナが知っていること自体、普通に考えれば異常である。

 だが、そんなフィリッツの疑問を、セイナは軽く笑い飛ばした。

「そんな驚くようなこと? 結構簡単な推理よ。訓練校のジンクスは私も知ってるし、当選番号も公開されてる。フィーの生年月日は言うまでもないでしょ?」

「うっ……。そりゃそうだが……わざわざ当選番号、確認するか?」

「あのロトの性質を考えてみなさい。軍人の大半は買ってわよ? 当然私もね」

 基本的にギャンブルは控えるべきものと言われている軍に於いて、例外的に推奨されているのが『スペースシップロト13』である。

 それにはチャリティという側面の他に、もう一つ理由があるのだが、それはまた語るとして。

 セイナが当選番号を知っていたのも、ある意味では必然である。

「それでフィーは今、どこにいるの?」

「え? スプラット・アス港だけど?」

「ふんふん。やっぱり。――あれか」

 スプラット・アス港はフィリッツたちが暮らす惑星ソルパーダにある、宇宙港の一つである。

 下宿から一番近いと言うことで、そこで宇宙船の引き渡しを受けたフィリッツだったが、それ以降、一度も動かしていなかったりする。

 その理由はもちろん、お金である。

 当然のことながら、宇宙船を動かすと燃料を消費する。

 この船の場合、基本は水なのでそれ自体はそこまで高い物ではないが、量が多くなればバカにならない金額であるし、それ以外の消耗品もある。

 なんの見通しもなく乗り回したりすれば、港の利用期限が切れた瞬間、船を動かすこともできずに差し押さえを受ける可能性すらあるのだ。燃料を買えずに。

 更に言えば、フィリッツは引き渡し以降、ずっとこの船で寝起きしている。

 在学中に住んでいた下宿は卒業月の翌月で契約が終了したため、それに合わせて船に宿を移したのだ。

 場所的に不便にはなるが、設備自体は船の個室の方がよほど充実しているし、何より宿泊費が不要である。

 たとえ火に油であろうとも節約が必要な現状で、下宿の契約の更新をする理由はなかった。

「おじさんたちには伝えた?」

「いや……言ってない……」

「両親にぐらい言いなさいよ」

 呆れたようにため息をつくセイナに、フィリッツはもごもごと言葉を濁し、視線を逸らす。

「タイミングを逃したというか……なぁ?」

「『なぁ?』って言われても困るんけど」

 セイナのげんはもっともなのだが、もちろんフィリッツにも言い分はあった。

 彼の目から見て両親は『小市民な公務員』である。

 そんな両親に、『超豪華な宇宙船、手に入れちゃったぜ! 親父が百年働いても買えないようなの』と言ったらどんな反応が返ってくるか。

 きっと『ふざけんじゃねぇ!』と鉄拳が飛んでくるだろう。

 ――主に蛇足な後半部分に反応して。

 ついでに言えば、フィリッツ自身にもまた現実感がなかったことがある。

 ロトの運営元に連絡し、当選を認められた後でも『これって、実は夢なんじゃ?』という思いが消えず、今こうして数日間、船の中で過ごして、やっと自分の物としての認識が生まれてきたぐらいなのだ。

 フィリッツがそんな思いを伝えると、セイナも少し納得したように頷く。

「なるほどねぇ。解らなくもない。う~ん、今後どうする予定なのかによって、伝え方も変わってくるんじゃない?」

「そう、それ! 解ってくれるか! それを悩んでいたんだよ――ここ数日」

「いや、それは解らない。ここ数日って、フィー、悩みすぎ」

 今度こそ本気で呆れた表情で、セイナがため息をつく。

「でも一生の問題なんだぜ? そう簡単には決められないって!」

 セイナは数日は長過ぎと言うが、フィリッツからすれば足りないぐらいである。

 現に未だ答えが出ていないのだから。

 関わってくる金額が金額なのだ。これまでフィリッツが使ったことのある金額と比較すれば、文字通り桁が違う。下手すると一〇桁ぐらい。

「そうね、じゃあ私が選択肢を出してあげる。まず一つめ。売り払ってお金に換える。手に入れた大金をどうするかはまた考えないといけないけど、一番簡単な方法よね」

「それは俺も考えたんだが、人の視線がなぁ。特に同期になんて言われるか」

 あとは、宇宙船員スペース・セーラーとしての夢。

 普通の宇宙船員スペース・セーラーにとって自分の船を手に入れる事は、ほぼ到達し得ないながらも、誰もが夢みることである。

 そしてそれは、フィリッツも変わらない。

 故に船を所有することの厳しさを認識した今であっても、一度手に入れた船を手放すという選択肢を選ぶことは、なかなかに難しい。

「二つめは、今回手に入れた船は自家用船にして、普通に就職する」

「自家用船には……ちょっと大きいかなぁ? 二千メートル級だし」

「まぁね。普通なら、税金すら厳しいわよね」

 自家用の宇宙船という物も存在しているが、大きくても数十名が乗れる程度の大きさ。中型宇宙船とは全くスケールが異なる。

 それであっても決して税金は安くないのに、中型宇宙船ともなれば、新米宇宙船員の初任給では霞を食べて生活しても払いきれない。

 高級車とはまったくレベルが違うのだ。

「三つめ。船を貸し出す。船を手放す必要がないし、定期的に収入が得られて簡単」

「無難ではあるな」

「信用できる会社とつなぎが取れれば、だけどね」

 そう、一番の問題はそれである。

 宇宙は広い。必ずしも司法の目が行き届かないほどに。

 持ち逃げされてどこかでバラされて売られたら、取り返すことが難しいのだ。

 大企業なら信用があるが、そういう所は個人から船を借りずとも大手のリース会社を利用すれば良い。

 リース会社を利用せず少しでも費用を節約しようとする相手は、小規模で怪しげな会社が多くなり、必然的にリスクが高くなる。

「う~ん、四つめ。個人事業主、もしくは会社を立ち上げて自分で運用する」

「……できるものか?」

「多少のノウハウと、仕事を取ってこられる伝手があれば不可能ではないわよ。船のローンがないんだから、かなり有利じゃない? ……よしっ。来たわよ、フィー」

「来た? ――何のことだ?」

 フィリッツがそう口にした瞬間、船のAIから反応があった。

『マスター、三番搭乗口に来客反応があります。如何致しましょう?』

「……取りあえず、映像」

 フィリッツがそう応えた瞬間、正面にホロディスプレイが立ち上がり、そこには手を振るセイナの姿が。

 彼の持つPNAのコール画面にも、別アングルで同じ映像が映っている。

「……中に入れて、ここまで案内してくれ」

『了解しました』

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