1-02 船、当たっちゃいました (1)

「失敗、したかなぁ……?」


 がらんとした宇宙船のブリッジでそう呟いたのは、二〇代前半の若者。

 彼は先日、宇宙船員訓練校を卒業したばかりの新米宇宙船員、フィリッツ・ヴァンヴェルグ。

 少しだけブラウンの混じったブロンドの短髪、アッシュグレイの瞳と整った面立ちはイケメンと言っても過言ではなかったが、今はその顔を物憂げに曇らせている。

 だがそんな表情とは裏腹に、今の彼を端的に表すならば『今年一番幸運な男』だろう。

 学校では真面目、堅実をモットーに生きてきたフィリッツは、基本無駄遣いをしない。

 そんな彼だったから、これまでロトの類いに手を出したことはなく、『スペースシップロト13』を卒業式の日に購入したのも、験担ぎ以上の意味はなかった。

 選んだ番号も、自分の生年月日時間をそのまま入力する適当っぷり。

 当選発表後の確認すら忘れていた。

 卒業式に貰った各種書類の整理の際、その中から出てきたクジをそのままゴミ箱に放り込もうとして、その手を止めたのは、たまたまニュースでやっていた『スペースシップロトに当選者が出た!』、『まだ当選者からの申し出がない』という話題を思い出したから。

 あり得ない、と思いつつもチェックする気になったのは、ほんの気まぐれである。

 番号を調べて照合しないといけないのならそのままゴミ箱行きだったのだろうが、個人用の携帯端末――PNA(Personal Network Adapter)にかざすだけでチェックできたことは、彼にとって幸運だった。


「金、ないんだよなぁ……」


 数回のキャリーオーバーを経ていたその当選金額は、かなりシャレにならないレベルになっていた。

 それなしでも中型宇宙船が十分に購入できる額なのだ。

 それがキャリオーバーしていればどうなるか、自明である。

 その総額は中型宇宙船一機ではとても使い切れない額なのだが、『スペースシップロト13』で当選するのは『中型宇宙船一隻』と決まっている。

 必然的に引き渡された宇宙船はとんでもないスペックになっており、それでも使い切れなかった半分程度の当選金は、オプション追加枠として提供されたほど。

 ただし、現金として当選者に渡されることはない。

 そういう決まりのロトなので。

 さて、スペースシップロトに当選した人が手に入れた船をどうするかと言えば、大抵は二通りに分かれる。

 一つは売却。

 仮に捨て値で売ったとしても、一生かかっても使い切れない額が転がり込んでくる上、手間もかからない。そのため、ほとんどの人はこれを選択する。

 デメリットは、一度に莫大な売却益が入るため、半分以上は税金として取られてしまうところか。

 もう一つはレンタル。

 企業などに有料で貸し出し、賃料を得る方法。

 貸出先を探すつてや管理の手間はかかるが、賃料は長期的な収入となるため、税金の負担は少なくなるところがメリットである。

 そしてごく希に選ばれる選択肢。

 それは、手に入れた船を自分で運用すること。

 宇宙船員スペース・セーラーとしては、非常に夢があり魅力的ではあるのだが、現実もまた知っているため、それを選ぶ人はほぼゼロである。

 現代の高度に自動化された宇宙船であれば、動かすこと自体は一人でもできるのだが、それで収益を上げられるかと言えば、全くの別問題。

 普通に企業を経営するだけの能力と人材、そして資金が必要になる。

 ならば、自家用として保有すれば良いかと言えば、そんなことはほぼ不可能。

 できるとすれば、とんでもない富豪ぐらいである。

 宇宙船という物は持っているだけでコストがかかる代物なのだ。

 馴染みのある物に例えるなら、高級大型リムジンをタダでもらったと考えてみれば良い。

 ある日突然、自宅前にリムジンがやって来て、『さあどうぞ、これをあなたにあげます』と言われたとしたら?

 『駐車場』。当然必要になる。

 仮に持っていても大型リムジンは入らないかもしれない。

 そうなったら作り直すか、別の場所を借りるかだ。

 『税金』。もちろん支払う必要がある。

 小型車より大型車の方が高いのだ。結構バカにならない。

 『車検費用』。きっちり受けないと乗れなくなる。

 高級車ほど整備費や部品代も高い。

 当たり前の話であるが、動かせなければ高級リムジンもただ豪華な狭い部屋である。

 それが宇宙船ともなれば、それらすべてが桁違いの額でかかってくるわけだ。

 そして先に述べたとおり、どんなに高額なキャリーオーバーがあっとしても、『スペースシップロト13』で受け取れるのは、『宇宙船とその付属設備』のみ。

 維持費は所有者がなんとか捻り出すしかないわけで。

 最初こそ『自分で――』と夢を見た人たちも、すぐに現実を知り、売却などへと路線変更するのが常であった。

 だがここに、『真面目で堅実』を標榜するわりに、なぜかとち狂って『自分で乗り回してみたい!』と思ってしまった男がひとり。

 そう、フィリッツである。


「うぅぅ、どうしよう……マジやばい」


 冷や汗を垂らしながら電卓を叩くが、関連費用は学校出たての二〇代がどうにかできるような額ではない。一桁違う、どころか数桁は違う。

 宇宙船を受領した時点で今年の税金は支払い済み、新造船で整備証明書もついてるため、数年は整備も不要。

 交換部品が必要になってもオプション追加枠はプールできるため、そこから部品を賄える。

 しかし、どうにもならないのが港湾使用料。

 現在宇宙船が停泊している場所の費用は今月いっぱい――あと二〇日ほどは支払い済みなので、その期間であれば入出港自由ではあるが、それ以降は自分で金を払うか、ここから出て行くかを選ぶしかない。

 なら払えば良いだけだが、その額は学生には決して安くない。

 いや、バリバリに働いている社会人であってもそう簡単に払えない額である。

 全長がキロメートル単位の中型船ともなれば、入港手数料だけで高級車が買え、一ヶ月も停泊すれば、余裕で豪邸が買える。

 辺境惑星にでも行けば港湾使用料は多少安くなるが、それでどうなるって話でもない。

 高額宝くじに当たって身を持ち崩すという話は時々あるが、フィリッツは今、別の意味で破産の危機にあった。

 もっとも、港湾使用料を支払えずに船の差し押さえとなっても、競売に掛けられた結果、使い切れないほどの残額が転がり込んでくるのだけなので、本当の意味で切実な状況というわけではないのだが。

 だが、フィリッツとしてはそれは避けたかった。

 彼としては、『スペースシップロト13』の当選を誰に自慢したわけではないが、宇宙船はコッソリ受け渡しができるほど小さな物ではない。

 身元が公表されることこそないが、この手の情報はどこからか漏れてしまうものである。

 その上で競売ともなれば確実に話題となり、絶対に訓練校の同期にもバレるだろう。

 一度喜々として船を受け取っておきながら、維持もできずに競売に掛けられた、なんて知られたら?

「確実に笑いものだよなぁ……」

 競売の残金を受け取り、どこかの田舎で隠居するのであれば気にすることはないのかもしれないが、彼としては苦労して得た宇宙船員スペース・セーラーの資格を無駄にしたいとは毛頭思っていない。

 この業界で仕事をしていれば、同期、もしくは同期から話を聞いた人物に会うことになるのは確実である。

 その度に向けられる視線を考えると、競売という末路はなんとしても避けたかった。

 だが、ここ数日、何度電卓を叩いたところで、金が増えるわけでもなく、適当な方策も浮かばなかった。

 フィリッツが何度目になるため息を大きくつき、上を見上げたところで彼の腕に装着されたPNAが一瞬震えた。

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