1-05 幼馴染みが現れた! (2)
フィリッツはこの船を手に入れた時、どこを自分の部屋にするべきかと少し悩んだ。
自分以外に使う人がいないのだから、『最も豪華な部屋を使ってしまえ』とも考えたのだが、その部屋を見た瞬間、即座にその考えは却下した。
最も豪華な部屋。
それは客室エリアにあるエグゼクティブ・ロイヤルスイート。
その無駄に高級そうな名前の通り、その部屋は無駄に[#「無駄に」に傍点]広く、フィリッツのような一般人からすれば、数家族で暮らしてもまだ持て余す。
ましてや家族も居ない、フィリッツ一人だけでは言うまでもない。
そもそもの問題として、客室エリアに自室を構えると、ブリッジまでの距離がかなり遠くなる。
動かす予定がなくても、『ブリッジ』という雰囲気を感じたいフィリッツにとってはデメリットであるし、元々そんな広い部屋を必要としていない。
そのため、フィリッツが占拠したのは、船員エリアにある船長室だった。
エグゼクティブ・ロイヤルスイートほどではないがこの部屋もかなり豪華で、独立したキッチンや風呂、ベッドルームにリビング、複数の個室など、一般的なファミリー用マンションよりも広い作りになっている。
そう、豪華で広いことは広いのだが――。
「なんというか……豪華というか、チグハグというか……コメントに困る部屋ね?」
それが部屋に入ったセイナの言葉である。
苦笑しながら部屋を見回すセイナだったが、その隣でフィリッツもまた頷いていた。
「言いたいことは解る」
宇宙船の内装というものは、簡単に言えば二種類に分けられる。
建造時に装備されるビルトインの家具や扉、照明、壁紙などに対し、完成後に設置するテーブルや椅子など移動可能な家具。
この部屋に於いて前者は、ドアの取っ手にまでこだわりが込められているほど上質なのに比べ、後者ははっきり言って貧相。
実用上は問題ないのだが、全く部屋の格と一致していない。
それもそのはず、それらの品はフィリッツが下宿から運び込んだ物なのだ。
フィリッツとしては就職してからも使えるよう、訓練校入学時にそれなりの品を購入したつもりなのだが、所詮はその辺の量販店で購入可能な量産品。
本当にそれなり[#「それなり」に傍点]でしかない。
だがセイナとしては品質以外にも不満があるようで、リビングルームの中央にポツンと置かれたテーブルを指さした。
「質については置いておくけど、まず、サイズがあってないわね?」
そのテーブルは二人掛けの小さな物で、フィリッツが普段食事をするのに使っていた。
そのサイズも、当然その程度の大きさである。
ちなみに擦り傷ありのB級品扱いでお値段、一二〇〇
質から考えればお値打ち品である。
「いや、あれは余白を生かす配置で――」
「生かしすぎでしょ、余白! 生かしすぎで、むしろ余白が野生化してるわよ!?」
フィリッツの抗弁にそんな応えを返すセイナ。
意味が分からない。
だが言いたいことは何となく解る気もする。
「それに、なんでリビングにベッドがあるのよ!」
次にセイナが指さしたのは、部屋の隅の置かれたベッド。一人用のシングルサイズ。
折りたたみ可能だが、人が来た時ぐらいしか畳まれないヤツ。
こちらは通常価格品で四八〇C。安価で丈夫ながらすでに六年間使用したため、ギシギシという音が少し気になる品。
そろそろメンテナンスか買い換えが必要な時期である。
テーブル以上に部屋にあっていない。
「……面倒だから?」
「使いなさいよ、ベッドルーム! 小市民か!」
間違いなくフィリッツは由緒正しき小市民である。
この惨状にしても、単に下宿にあった物をすべてこの部屋に詰め込んだ……いや、
フィリッツの住んでいた下宿はワンルームで、物は元々多くなかったのだが、同じワンルームであってもここのリビングとは全くサイズが異なる。
故にフィリッツは家具をどう配置するか悩み、すぐに面倒くさくなって、部屋の片隅に下宿のワンルームの配置を再現していた。
それはそれで変化が少なく使いやすかったのだが、『なんか
「だって、今まで持っていた家具、捨てられないだろ?」
「気持ちは解るけど……」
解るとは言いつつも、少し困ったような、納得いっていないような表情で部屋を見回すセイナ。
フィリッツに比べると裕福な家庭に育ち、色々と上質な物に囲まれて成長したセイナから見ると、この違和感はなんだか居心地が悪いのだ。
フィリッツの元の下宿のように、全体としてマッチしているのなら別に安物でも気にならないのだが、部屋自体は広く高品質なだけに、その中に置かれた安物の家具がとても気になる。
「ま、諦めて、取りあえずソファーにでも座ってくれ」
現状でできることなんて、せいぜいベッドをベッドルームに移動させることぐらいだが、それで解消されるような違和感ではない。
セイナは色々諦め、フィリッツに勧められるままソファーに腰を下ろす。
それを確認し、フィリッツはキッチンに移動して紅茶の準備を始めた。
「(お茶菓子は……ポテチで良いか)」
人が来ることを想定していなかったフィリッツの部屋に、ケーキみたいな洒落たお菓子、置いてあるはずもない。
必要であれば同じ施設内にケーキ屋が数軒はあるので、買いに行くことも出来るのだが、一応『同じ施設』と言うだけであり、そこまでの距離は以前の下宿からケーキ屋に行くよりも確実に遠い。
キロメートル単位の宇宙船が泊められる宇宙港の広さは、伊達ではないのだ。
下手をすると、この船の出口までの距離がキロ単位なのだから。
更に言えば、やって来たのはセイナ。
フィリッツからすれば、そこまで気を使う相手でもない。
――そんな調子だから、ポロリと失言してセイナを怒らせることになるのだが。
フィリッツはトレイの上にお皿を乗せ、そこにポテトチップスをざらざらと空ける。
その隣に載せられたティーポットとティーカップが、フィリッツの趣味から言えば上品かつ上質なのは、これがセイナから入学祝いにもらった物だから。
贈り物だけに値段を聞いたりはしていないが、少なくとも普段使いにするのに躊躇するぐらいには高そうなことは一目瞭然。
フィリッツの持ち物で高級品は、大抵はセイナからの贈り物である。
「お待たせ。えーっと……」
トレイを持ちリビングへ戻ってきたフィリッツは、置き場所を求めて視線をさまよわせる。
以前の下宿ではテーブルに置き、その隣のソファーに座っていたのだが、現在の配置ではソファーからテーブルは全く手が届くような距離ではない。
「仕方ないか」
フィリッツはそう呟くと、部屋の隅に積んであった、引っ越しに使った箱を引っ張ってきてソファーの前に設置、その上にトレーを置いた。
それをなんとも言えない表情で見つめ、セイナがため息と共に言葉をこぼす。
「……ねぇ、せめてローテーブルぐらいは買ったら?」
「うむ。同意せざるを得ない」
さすがに色々ダメなことは、フィリッツも認識していた。
今の心情を表すなら、『なんだコレ?』である。
「お金、ないの?」
少し心配そうにそう訊ねたセイナに、フィリッツはゆるゆると首を振った。
「いや、当選額が当選額だったから、オプション追加枠ならまだ大量にあるんだが……」
宇宙船のオプションは機械関係以外にも、インテリアとしてカタログに掲載されている物はその枠内で購入ができる。
だが、いわゆる純正品なため、フィリッツの感覚からすれば随分と割高なのだ。
一部の宇宙船専用にカスタマイズされた物に関しては、仕方ない部分もあるのだろうが、普通に売っている民生品を、宇宙船メーカーのカタログに載せただけで価格が跳ね上がるのは、フィリッツ的には全く納得がいかない。
配達、設置まですべて任せられるというメリットはあるが、通販で購入すれば何割も安く買えるのだ。なかなか踏ん切りは付かない。
もっとも、その場合はオプション追加枠が使えないため、自腹を切る必要があるのだが。
「なるほどねぇ、普通に安く買える物にオプション追加枠を使うのも勿体ない、と?」
「うむ。さすがよく解ってる。どうせなら普通に買えない物に使いたいだろ?」
エンジンのアップグレードをしたいと思っても『通販で買って自分で設置する』なんてことは不可能なのだから、そういった用途のためにオプション枠は残しておきたい、というのが未だオプション枠を使っていない理由である。
「気持ちは解る。解るけど……誤差の範囲って気もするけどね。無駄に超高価なのを選ばなければ」
「いや、まぁ、そうなんだが」
苦笑しながらそういったセイナに、フィリッツもまた苦笑して頭をかく。
節約のためにインテリアは買わないと言ったところで、宇宙船にかかるコストとしては、その程度は誤差でしかなかったりする。
フィリッツが少し頑張って、多少高価なローテーブルを買うのもちろん、彼の思う『ちょっと豪華なリビング』を実現したとしても、宇宙船の装甲板一枚に満たないだろう。
「でも、困ってないからなぁ。不要な物を買うのは……」
「困ってない?」
そう言いながらセイナが指さしたのは、トレーが置かれた箱。
少し汚れもあり、間違っても客が来たときにテーブル代わりに使うような物ではない。
これを許してくれるセイナは、かなり懐が深い。
「……いや、人、訪ねてこねーし?」
「友達、いないの?」
「…………さて、何の話だったかな? そう、なんでセイナが訪ねて来たか、だったな?」
そんなフィリッツの『それは話題にしないで!』というサインをさっくりと無視し、セイナは言葉を続ける。幼馴染み故に、このへん、全く容赦がない。
「このペアのティーカップ、使うのいつ以来?」
「あぁ、何時だったかな……?」
最後の抵抗に、そう言いながらスイッと視線を逸らすフィリッツ。
誤魔化しているが、実際のところは数年前、セイナが訪ねて来た時以来である。
フィリッツの通っていた宇宙船員訓練校のカリキュラムは『学生生活をエンジョイ!』とか言っていられるようなヌルいものではなかったし、空き時間にはバイトをすることもあった彼の家に、人が訪ねてくることなんてほとんどなかった。
そして、まれに訪ねて来たとしても、高級なティーカップを出すような相手ではなかったし、万が一割られ出もしたら、いろんな意味でシャレにならなかったため、使う機会もなかったのだ。
「もしかして、前回、私が行ったとき?」
「………」
「……大事にしてくれてたのね。ありがとう」
フィリッツの沈黙からすべて悟ったセイナは、微笑を浮かべてそうフォローした。
もっともそれはフィリッツにとって、傷口に塩を塗り込まれるに等しかったのだが。
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