1-06 将来への展望 (1)
「あ~~~、もう良いだろ。で、用事は?」
あまり話を続けても墓穴を掘ることが解っているフィリッツは、色々放り投げて、単刀直入にセイナにそう訊ねた。
そんなフィリッツにセイナは、少し首をかしげて微笑む。
「そこまで大した用事じゃないけど……フィーが困ってるかと思ってね。来てみた」
「困ってる? ……困ってるか」
「でしょ? さぁ、頼れるお姉さんに相談してみなさい」
「誰がお姉さんかっ。一ヶ月も差がないだろ!」
両手を広げてちょっと嘘くさい慈愛の笑みを浮かべたセイナに、フィリッツはチョップを食らわせ、彼女の隣に腰掛けて天を仰いだ。
「ただまぁ、悩んでるのは確かなんだよ」
「でしょうね。むしろフィーが船を売って、豪遊してた方が驚く」
フィリッツの性格をよく知る幼馴染みだけに、セイナは
「ま、そういうときはシンプルにね。まずはフィーがどうしたいか、よ。この船、売りたい? 売りたくない?」
「……売りたくない」
最初から売却を考えずに受け取っているだけに、可能、不可能を無視すれば、その答えが出るのは必然。
フィリッツは宇宙船に乗りたいから、宇宙船員訓練校に入学したのだ。
棚ぼた的にでも自分の船が手に入ったら、手放したくないのは当然だろう。
「そうよね。じゃ、売らずに済む方法を考えましょ。さっき、私がいくつか案を出したけど、その中、もしくはそれ以外で一番現実性があるのは?」
「……自分で運用?」
極端な話、昨今の宇宙船は責任者が一人いれば動かせる。
大半の作業はAI任せ。サポートロイドがいれば、細かな作業も自分でする必要はなくなる。
旅客運送を行うなら法令上ダメだが、貨物の運搬であれば、積み込み、積み卸しを港湾管理会社に委託してしまえば良い。
あとは仕事が取れるかどうかである。
もっとも、それが一番難しいのだが。
「仕事が取れるか心配なのよね? だからフィー、私を雇わない?」
「えっ?」
突然の言葉に、フィリッツの思考が停止する。
だが、そんな彼の様子にも構わず、セイナは言葉を続ける。
「株式会社でも作って、運送業でもやれば良いんじゃない?」
「ちょ! ちょい待ち。お前、軍に勤めているよな?」
ついでに言うなら、一兵卒ではなく、大尉にまでなっているエリートである。
もちろん軍なので、副業なんてできるはずもなく、その地位を捨てて別の仕事をするなら退官することになる。
「いやー、確かに給料は良いんだけど、私としてはもうちょっとのんびりしたいというか? フィーを社長に据えて、私が副社長あたりでのんびりできれば良いかなぁって」
「――っ! ここまでの流れ、お前の手の内か!?」
ニコリと笑ってそんなことを言うセイナに、フィリッツは驚愕の視線を向けた。
だが、そんな視線もなんのその、セイナの笑みは崩れなかった。
「手の内とか酷い。困ってると思ったから提案に来ただけなのに。実際、困ってるでしょ?」
「うっ……」
「私、便利だよ? 伊達に大尉になってないから人脈はあるし、色々やらされたから、できることも多いわよ?」
小首をかしげ、自分を指さしながらそんな売り込みをするセイナ。
実際、言っていることは間違っていない。
『少し有能』ぐらいではこの歳で大尉になんてなれないし、フィリッツも彼女に悪意がないことも解っている。付き合いの長さはピカイチなのだからして。
「もちろん、無理にとは言わないけど。私が困るわけじゃないしね。ちょっと残念だけど」
せっかく休みを取ってきたわけだし、とセイナは軽く言う。
そう、この話を蹴って困るのはフィリッツである。
セイナ自身は軍でしっかりと実績を上げているのだから、忙しいのを我慢すれば、今後も昇進する可能性は大。将来は明るい。
「……株式会社って、簡単に作れるのか?」
「あ、その気になった? 出資金さえあれば手続きは難しくないわよ」
セイナは嬉しそうにニッコリ笑って、簡単なプロセスを口にする。
専門家に依頼すればそれなりの費用がかかる作業ではあるが、行政手続きの多くはシステム化されているため、その作業は素人でもなんとかなる難易度。
必要なのは少しの忍耐力とシステム利用手数料ぐらいである。
資金の少ないフィリッツにとっては嬉しいことに。
「出資金は少なくても良いんだろ?」
「法律上はそうだけど、ある程度あった方が信用されるからね。私とフィー、半々ぐらいで頑張って積みたいわね、一〇〇〇万Cぐらい」
「ぶっっっ! ぐ、ゲホッ、ゴホッ!! だ、出せるか! そんな大金!」
さらりと言われ、ちょうど紅茶に口を付けていたフィリッツは思いっきり
半々にしても、五〇〇万C。
当然だが、先日まで学生だったフィリッツにそんな貯蓄は存在しない。
いや、中年以上のサラリーマンでも普通は無理だろう。
比較的高給取りと言われる
「そもそもセイナは出せるのかよ!」
「ん~~、三〇〇〇万ぐらいまでなら、問題ないかな?」
平然とそんなことを言いながら、セイナがフィリッツに囁いた彼女の資産総額はちょっと耳を疑うレベルだった。
セイナの言った『問題なく出せる額』と言うのが、現時点での現金資産なのだ。
すぐに現金化ができない投資資金も含めると、数倍に膨れ上がる。
「(……コイツ、何やってるの? 普通の軍人だよね? ヤバいことしてないよね? それがバレそうで軍から逃げようとか考えてないよね?)」
そんな疑問がフィリッツの頭をよぎる。
いくら大尉とはいえ、その給料の貯蓄だけでできるような資産ではない。
セイナの親はかなりの金持ちだが、大金を子供に渡すような親ではないことはフィリッツも知っている。
「……その金、クリーンな金なのか?」
「大丈夫、大丈夫、探ったところで何も出てこないわよ。――綺麗に洗ってあるから」
セイナは「あははっ」と軽快に笑いながら手を振り、最後にぼそっと聞き捨てならないことを呟く。
「おいぃいぃぃっ!!!! マジなの? マジでヤバいの!? ダーティーなアレなの?」
「冗談よ、冗談。本当に普通のお金だから。ほら、私一応、大尉でしょ? 職位給も結構付くから、案外高給取りなの。でも使う暇もないから、適当に運用してたら貯まっただけ」
そう言うセイナの顔をフィリッツがじっと見つめる。
「……嘘じゃなさそうだな」
「フィーに嘘はつかないわよ、私」
「軍の給料なんてよく知らないが、そんな簡単に貯まる額じゃないだろ……」
もちろんそうである。
兵卒レベルではその給料は悲しいほどに少ない。
住居や制服の支給があり、作戦行動中は食費も掛からない上、使う機会も少ないため、お金は貯まるのだが、セイナの資産はその程度で貯まるような額では無い。
それこそプロレベルで投資を行ったか、非常に運が良かったかのどちらかである。
「フィーも社会人になったら、預金だけじゃなく、投資もした方が良いと思うわよ? 堅実も悪くないけど、預金って、お金が減らないようで、実は減ってるからね」
「え? 確かに利子は微々たるものだが、減りはしないだろ?」
「いやいや、世の中にはインフレってものがあるから」
インフレ、つまりは物価の上昇である。
一〇Cだったジュースが一年後に一二Cに値上がりすれば、お金の価値は二割近く減ったに等しい。
だが、一〇Cでジュースを買って持っておけば、一年後にも同じだけの価値を持ち、額面としては二割ほど利益が上がったことになる。
簡単に言えば、これが投資である。
もちろん投資対象として、賞味期限のあるジュースは不適格であるが。
「でも、フィーの資産額と比べれば、私のなんて微々たるものよ?」
「いや、それはそうなんだが――ほら、解るだろ?」
現金資産はセイナに完全に負けているフィリッツだが、資産総額ともなれば中型宇宙船を持つ彼の資産は、セイナとは比較にもならない。
だが、あまりにも大きすぎて、ある意味で非現実的なフィリッツの資産額に対し、セイナの資産額は普通に金持ちと実感できる額である。
彼が微妙な表情になるのも仕方ないだろう。
「ま、気持ちは解るけどね。私も思った以上に貯まってちょっと驚いたし?」
「それでもちょっとかよ。ま、そんなわけで、俺が出せる金はほとんどない。せいぜい一〇万だな」
学生が暇な時間を見つけてはバイトを入れ、頑張って貯めたバイトの給料。
それを考えれば、そう悪くない貯蓄額である。
しかし、セイナの反応は少し微妙だった。
「う~ん、一〇万かぁ。私が出しても良いけど、そうなると出資割合がねぇ」
株式会社となると、最初の出資金の割合に応じて会社の株を持つことになる。
セイナとしてはフィリッツと彼女、二人とも同じぐらいの割合にしておきたいらしい。
「もうちょっと貯金とかないの? 親に預けているとか」
「少なくとも俺は把握してないな。金になりそうなのはこの船ぐらいだぜ?」
フィリッツの持つ現金以外の資産となると、宇宙船以外にはこの部屋にある物がすべてである。
下宿から持ってきた家具類は売れるような物ではないし、電子機器も二束三文。
一番高価な品はPNAだが、これを持たない現代人なんてあり得ないので、売るわけにもいかないのだ。
「この船の現物出資という方法もあるけど、そうなると私の出資割合が塵みたいなレベルになっちゃうし……」
互いに現金を出し合うとフィリッツの出資割合が低くなりすぎ、フィリッツが船を現物出資するとセイナの割合が低くなりすぎる。
しばらくポテトチップスをつまみながら頭を捻っていたセイナだったが、何か思いついたのか、ポンと手を打って言った。
「……よし、フィー、お金貸してあげるわ」
「えっ!? 俺、セイナから金借りるの? 五〇〇万Cも? 返せねぇよ!」
とんでもないことを言い出したセイナに、フィリッツが目を剥く。
五〇〇万Cという額は、中堅どころの正社員でもそうそう借りられるような額ではない。
銀行に申請しても厳重な審査は確実、それこそ四〇年ローンとかの世界である。
少なくとも、現状無職の新社会人もどきが貸してもらえるような額ではない。
「それは大丈夫。この船を会社にリースして、リース代として会社資金からお金を払うから、ぼちぼち返してくれれば良いわ。会社資金が足りなければ、私が貸し付けても良いし」
セイナの金をフィリッツが借りて、その金を会社に出資して、その出資金の中からフィリッツにリース代が支払われ、そのリース代をセイナに返済する。
「……なんかややっこしいな?」
「会社組織だから、そんなものよ。形式が重要なの」
「そうなのか」
会社である以上、資産の管理はきっちりしていなければ、税金関連や法務上の色々な問題が出てくるのだ。
例えば、フィリッツが船を現物出資してしまうと、万が一会社が破綻した場合、船の所有権を失ってしまう。
だが、個人から会社へのリースという形にしておけば、会社が破綻したとしても船はフィリッツ個人の持ち物として保全される。
たとえその会社の社長がフィリッツだったとしても。
それが株式会社のメリットである。
個人事業主という形であれば、ややっこしさは減るのだが、その場合の責任はフィリッツ本人にかかってくる。
何らかの事故が起こった場合の賠償にも無限の責任がおわされるため、船どころかその他の資産、一切合切失うことになるし、社会的信用度も低くなるため、仕事も受けにくくなるデメリットがある。
「え~~と、大丈夫? 俺、破産したりしない?」
「私、信用ない?」
「いや、セイナは信用してるが、何かよく解らないし?」
「大丈夫よ。万が一、会社が大
「え、それマズいじゃん?」
「ま、その時はフィーの所に永久就職させてもらおうかな?」
「あーっと……」
悪戯っぽく笑うセイナからフィリッツは視線を逸らし、言葉を濁す。
セイナのことは憎からず思っているフィリッツだが、正面からはっきりと言われると、慣れていないだけに、嬉しさよりも照れの方が先行する。
「(――彼女というわけでもないし)」
「もしもの時はよろしくね。もちろん成功するように頑張るけどね」
そう言ってセイナは再び、ふふふっと笑った。
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