1-07 将来への展望 (2)

「さて! それじゃ早速動き出すわよ! 時間がないからね。ここ、いつまで借りてるの?」

「残り二〇……今日を含めて二二日だな」

「うわっ、すっごい無駄遣い。でもそれなら、期限内に手続きは終わりそうね。まず駐機場に移さないとダメかと思ったけど。シャトルはあるのよね?」

「ああ。五機、搭載されてるな」

「さすがハイスペック! 冗長性がありすぎる!」

 すでに述べたとおり、港湾使用料はバカ高い。

 特に今のフィリッツのように一区画を完全に借り切る形だと、シャレにならない額である。

 一応、その期間内は出入港自由というメリットがあるが、普通の船は荷積みを終えて出港すれば、次は別の港に向かうので、時間単位で借りるのが常識である。

 ではしばらく船を泊めておきたい場合にどうするかと言えば、宇宙港から少し離れた宙域にある駐機場に泊め、小型シャトルで移動するのだ。

 駐機場であれば利用料はせいぜい一日数千Cであるし、小型シャトルなら空港の駐機場に泊めても一日一〇〇〇Cに満たない。

 それでも一般人が払い続けるのは厳しい金額ではあるのだが、空港に中型宇宙船を泊めておく費用とは比較にもならない。

「だが、本当に軍を辞めて俺と会社を立ち上げるのか? 軍に入るの難しいんだろ? 結構昇進もしてるわけだし」

「難しい……のかな? 普通に試験受けて採用されただけだし」

 そう平然と言ったセイナだが、その採用されるのが難しいのだ。

 特にセイナの所属している宇宙軍は、その難易度が高いことでも知られている。

「確かに階級も上がったけど、それと人生楽しいかは別だし。どうせなら面白い仕事、やりたいわよね?」

 辞めたくても辞められない、世のサラリーマンに聞かせてあげたい言葉である。

 きっと熱い視線を向けてくれるだろう、憎しみの。

 もっとも、自分の才覚で一生生活できるだけの十分な資産を形成したのだから、何をしようと自由なのであるが。

「あと、ヤバいことやって軍から逃げるわけじゃないんだよな?」

「しつこい。むしろ、私が辞めるって言ったら、何人もが慰留に集まってくるぐらいだから。きっと!」

 ドヤ顔でそんなこと言うセイナに、疑いの視線を向けるフィリッツ。

 昇進している以上、有能なことは間違いないのだが、フィリッツとしては一緒に学校に通っていた中等教育の頃のイメージが強いため、イマイチ信じ切れないところがあるのだ。

「う~ん、よし解った。取りあえず、手伝ってくれてありがとうと言っておく」

「うん、大いに感謝すると良い」

 腕を組んでうむうむと頷くセイナに付き合い、フィリッツもははーっと頭を下げる。

 様式美である。

「じゃ、まずは会社設立にあたって、親に説明ね」

「え、いるか、その説明? 俺たち、成人してるんだぜ?」

 そういったフィリッツに、セイナはため息をついた。

「あのねぇ……たとえ成人していても、親は親なの。後日、いきなり会社設立してましたって聞かされる親の気持ちも考えないと。悪いことするんじゃないんだから、一言言っておくのがマナーでしょ?」

 フィリッツの顔にビシリと指を突きつけ、「親しき仲にも礼儀あり、よ!」と強く言う。

 正論である。

 ただ単にフィリッツが、親に説明したくないだけである。

「別に船の詳細までバカ正直に伝えなくても良いの。『運良くロトで運送業に使える船を手に入れたから、運送会社をやる』って言えば、細かいことは言われないって。おじさんたちは宇宙船のスペックなんてよく解らないでしょ?」

「それはそうかもだが……『親しき仲にも礼儀あり』は?」

「『嘘も方便』よ! そもそも、嘘じゃないし!」

 そう、話してないだけである。

 船の規模を考えれば問題大ありではあるが、心の中に棚を作ったフィリッツは、それをその棚の中に大事に仕舞った。

「それよりも、あまり時間がないんだから、早く行かないとね。うちまでの交通手段は……」

 そんなフィリッツの心情をよそに、セイナは自分のPNAで各種交通手段の時刻表と空席状況を調べ始めた。

 最も一般的なリストバンドタイプのPNAを使っているフィリッツに対し、セイナの使っているのはネックレスタイプ。

 コンパクトで邪魔にならない代わりに、その値段はリストバンドタイプと比べるとかなり高いのだが、セイナの資産を知った後ではどうこう言う気にもなれないレベルである。

「一番早いのは、ここからシャトルで家の最寄り空港に下りる方法だけど、それで良い? お財布的に厳しかったら、軌道エレベーターで下りて、そこからリニアってことになるけど」

「エコノミーならなんとか。時間もないしな」

「おっけー。じゃあ取るね。――うん。直近だからディスカウントありのが取れたわよ」

「おっ、それはありがたい。できれば節約したいからな」

「でも、三〇分ちょっとしかないから急いでね」

「おう……おぅ!? 三〇分!? この宇宙港、結構広いんだけど!?」

 キロメートル単位の宇宙船が何十隻も泊められる事を考えれば、その広さも実感できるだろうか。

 更に言えば、宇宙向けの停泊エリアと地上向けシャトルの発着場はかなり離れている。

「うん、だから急いで。あ、おじさんたちに時間を取ってもらえるように連絡しておいてね。私も両親にメールしておくから」

「それ今必要か!? シャトル内でも良いだろ! ――って、そうじゃない! 出るぞ、セイナ!」

 必要な荷物は、と一瞬部屋の中を見回したフィリッツだったが、すぐに諦めたのかそのまま部屋を飛び出す。

「(行き先は実家だ。PNAさえあればなんとかなる!)」

 廊下へと出たフィリッツは、ボーディング・ブリッジめがけてひた走る。

 船内でも数百メートルは移動しないといけないのだから、三〇分の余裕のなさが解ろうものだ。

 で、そんなフィリッツに普通に着いてくるセイナ。

 活動的でラフな格好、スニーカー履きではあるが、ほとんど加減なしに全力疾走しているフィリッツに全く遅れることもなく、平然とした顔で併走している。

 男としての自信がへし折れそうになるフィリッツだが、そこは『さすがは軍人』と自分を慰める。

 宇宙船員訓練校は座学だけではなく、実技もそれなりに厳しいのだが、そこは脇に置いて。

 宇宙港のロビーに入ったら、長距離移動用のカートに飛び乗る。

 行き先を指示してから、PNAで搭乗手続きを終わらせ、やっと一息。

「はぁ、はぁ、はぁ……。いくら何でもギリギリすぎないか?」

「えー、だから安売りしてるんだし。フィー、運動不足じゃない?」

 セイナにそう言われ、フィリッツが改めてセイナの購入したチケットの料金を確認する。

「……あ、半額以下」

 シャトルの利用料は、早期購入割引があるのは勿論だが、出発時間ギリギリになった場合にも値引きが行われる。

 特に三〇分前ともなれば、宇宙港で待っていなければ間に合わないレベルなので、運行会社としても『空荷よりマシ』と、かなりの値引きを行うのだ。

「そろそろ着くわよ。大丈夫?」

「――っ、お、おう。何とか」

 カートが止まると同時に、フィリッツとセイナの二人は再びダッシュ。

 セキュリティゲートを素早く通り抜ける。

 手荷物すらないので、検査も早い(検査官には少し訝しげな視線を向けられたが)。

 時間ギリギリで搭乗ゲートに飛び込み、シャトルの座席に座り込んだフィリッツは、やっと大きく安堵の息を吐いた。

「ま、はっ、はっ、ま、間に合ったな?」

「辛いなら無理に喋らなくても……ホント、大丈夫?」

 心配そうにフィリッツを見るセイナは、彼とは対照的に顔色も変わらず、息もほとんど乱れていない。

 フィリッツは軍人の体力に驚愕しつつ、志望しなくて良かったと、こっそり胸を撫で下ろす。

 宇宙船に乗りたかった彼にとって、宇宙軍に就職するというのも一つの選択肢であったのだ。

 それを止めて宇宙船員を目指したのは、宇宙軍の門戸は狭い上に宇宙船以外での勤務も多い、と聞いたからである。

「うーん、ちょっと高くても、もう少し余裕がある方が良かった?」

「い、いや、大丈夫。安いは、正義、だから」

 今はちょっとでも節約したい。

 それがフィリッツの今の心情。走るだけで節約できるなら、むしろありがたいぐらいである。

「そう? ならいいけど。私は必要書類とか作ってるから、フィーは落ち着いたら、親に連絡入れるの、忘れないようにね」

「おう」

 セイナがPNAを使って書類を作り始めるのを横目に見ながら、フィリッツは息が落ち着くのを待ってメールを書き始めた。

 その内容は、今日帰ることとセイナと一緒に話があること。

 食事の準備もあるだろうと、日帰りではなく一泊することも追加する。

 話の内容についても簡単に書こうとしたところで、フィリッツは手を止めた。

「半端に書くよりは……直接説明した方が良いか」

 端的に『セイナと一緒に会社を起こす』と書けば、『どういうことだ?』とのメールが返ってくることはほぼ確実。

 それに一々返答するより、直接会って話した方がずっと早い。

「なぁ、セイナ。面倒だし、説明は家とお前の両親、纏めての方が良いよな?」

「うん、そうね。それぞれが自分の親に説明しても良いけど……フィー、上手く説明できる?」

「よし。纏めてにしよう」

 即断即決であった。

 フィリッツが勉強してきたのは、宇宙船に関することだけと言っても過言ではない。

 会社の仕組みなんてよく知らないし、親に何か聞かれても答えようがない。

 それを考えれば、セイナに任せる方が『合理的判断』と言えるだろう。

 ――いささか情けないが。

「ま、いいけど。それが終わったら、リニアの時間を調べて、ペアのパーティションタイプの座席、予約しといて」

「え? それって別料金いるよな?」

 パーティションタイプの座席とは、個室になっている座席である。

 普通の座席よりも大幅に広くて快適、仕事をやるにも都合が良いのだが、当然ながら通常の運賃に加えて、利用料が発生する。

 ちょっとリッチなビジネスマンが利用する物で、もちろんフィリッツが利用したことなどあるはずもない。

「家に帰るまでに相談したいこともあるから。厳しければ、それぐらい出してあげるわよ?」

「――いや、割り勘で良いけれども」

 セイナの優しい言葉に心ぐらつかせながらも、なんとか言葉を絞り出すフィリッツ。

 パーティションタイプは個室になっているだけで、特別なサービスがあるわけではないため、べらぼうに高いわけではないのだが、その金額は学生であったフィリッツにとっては、そう安くはない。

 PNAに表示された金額に、ちょっと指が止まってしまったのは仕方がないことだろう。

「(くっ……さっさと予約してしまおう)」

 大切なのは勢い、と素早く予約操作を終え、フィリッツは息をつく。

 それに前後してセイナの方も作業を終え、ホロディスプレイを消去した。

「予約、取れた? そろそろ到着するわよ」

「本当に早いよなぁ、シャトルって。落ち着く暇もない」

 大気圏内を飛ぶ飛行機に比べ、シャトルの移動時間は非常に短い。

 大気圏外を超高速で飛ぶため、目的地上空までの移動時間ごく僅か、ほとんどの時間は宇宙港からの出航にかかる時間と、目的地上空から地表までの降下時間に費やされる。

 また、大気圏内降下・脱出用の強力な重力制御装置グラビティ・コントローラを持つため、加速・減速のGはもちろん、騒音の類いもほとんどなく、非常に快適な乗り物である。

「これで安ければなぁ……」

「移動距離と時間を考えれば、決して高くはないと思うけど?」

「それ、金より時間が大事な人の発想」

 二人がそんなことを話している間にシャトルは地表に降り立ち、ボーディング・ブリッジへと地上を移動し始めていた。

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