1-08 実家への帰路 (1)

 預けた荷物どころか手荷物すらないフィリッツたちは、スムーズにシャトルから降り、空港に接続するリニアの駅に向かって歩いていた。

 最寄りの空港だけに、二人は何度も利用したことがあり、道に迷うこともない。

「リニアの時間は?」

「こんな感じ」

 フィリッツの見せた時刻表を見て、セイナは軽く頷く。

「少し時間があるわね。お土産でも買って帰ろうか」

「土産? ここ、地元だぜ?」

「こういうのは気持ちよ。むしろ変に珍しくて美味しくもないお土産よりも、地元のお土産で美味しくてコスパが良い物を贈る方がマシなぐらいよね」

「そういうものか……? 俺も何か買ってった方が良いかな?」

「フィーはまだ学生だから……ご自由に? 不義理をしてないなら必要ないかもね?」

 セイナはそう言い置いて、ショッピングエリアを巡り始める。

「不義理……してるよなぁ。ほとんど帰ってないし」

 そして、数少ない帰省時にも土産を持ち帰ったことはない。

「……何か買って帰るか。地元の名物料理は……なしだな」

 空港のお土産だけに、名物料理を家庭でも食べられるようにしたパッケージが販売されているのだが、地元民からすれば、それはなんか違う。

 不味いわけではないが、普通に食べに行った方がずっと美味い。

 少なくとも、実家へのお土産にするような物ではない。

 お手軽なのは地酒や調味料などだが、他所の地域では珍しくてもこのあたりなら近所のスーパーで売っているような代物。微妙である。

「あ、コレ、良いかも」

 悩むフィリッツが見つけたのは、棚にぶら下がった大蛸の丸干しだった。

 その大きさ、全長二メートル。

 シンプルに蛸を干しただけなので外れはなさそうだが、これをスーパーで買って、自宅で消費しようとはなかなか思わない。そんな食べ物。

 欠点は同じ量の蛸を買うなら、普通の蛸の方が安いところだが……。

「……よし、奮発しよう。会社設立祝い的な気分で。――すみません! これを」

「はい、ありがとうございます。丸めますか? そのままが良いですか?」

「丸めてください」

 台紙として二メートル×三〇センチの型紙があるので、そのままでも持ち歩けないことはないのだが、移動にはあまりにも邪魔である。

 フィリッツが丸めてくれるように頼むと、販売しているだけに店のお姉さんも慣れているらしく、上手く丸めて袋に詰めた。

 ただ、このお土産、大きさが命みたいな物であるだけに、完全に折り曲げてしまうと面白みがなくなるため、必然袋も大きくなりかさばる。

「まぁ、手荷物は何もないから、許容範囲か」

 普通の座席なら顰蹙ひんしゅくものだが、幸い、フィリッツたちはパーティションタイプの座席を取っているので、他人に迷惑を掛けることもないだろう。

 そんな大きさの袋を抱えてフィルッツがベンチで待っていると、比較的すぐにセイナも袋を下げて戻ってきた。

 フィリッツの袋に比べると、セイナは普通のお土産サイズ。

 彼のようにネタには走っていないようだ。

「結局買ったんだ? しかも妙に大きいし」

「あぁ。何か心惹かれる物があったから。セイナは何を買ったんだ?」

「私はあそこの洋菓子詰め合わせ」

 セイナが指さしたのは、地元で有名な洋菓子店。

 この地域では少し改まったお客さんが来るときや、人の家を訪ねるときの手土産なんかによく使われる。外れのない鉄板商品である。

「空港にも出店していたんだな」

「フィーは……タコ?」

 フィリッツの持つ袋を覗き込んで、セイナは首を捻った。

「おう。こういうの、買う機会ってないだろ?」

「確かにちょっと面白いし、外れってことはないだろうけど……食べるときには切るわよね?」

「……そうだな?」

 ちょっとあぶって食べようにも、このサイズじゃトースターには入らない。

 かといって適当な大きさにカットしてしまうと、色々台なしである。

「目の前でカットしながら焼く? いや、むしろこのまま部屋に飾っておく……?」

「止めなさい、無駄なことは。所詮それは一発ギャグ的なお土産なのよ」

「くっ! 否定できない!」

 家に帰ってお土産を広げ、『わぁぁ! 大っきい!!』。

 その時が盛り上がりの最高潮である。

 すぐさま盛り下がり、食べる段階ではもう平常運転である。

 ほぼ間違いなく。

 切ってしまえば普通の蛸なのだからして。

 その点セイナのお土産は、高級なお菓子を見せて盛り上がり、食べたときに美味しさでまた盛り上がる。

「負けたっ!」

「いや、別に勝ち負けじゃないでしょ、お土産なんて。それよりもそろそろホームに行きましょ」

「……あぁ、そうだな。駅弁でも買うか?」

 セイナがフィリッツの所を訪れたのが、午前中。

 すでに今は昼を過ぎているが、まだ二人とも昼食を摂っていない。

 お茶菓子としてもポテトチップスを出しただけだから、そろそろお腹が減ってくる頃合いである。

「てか、俺の腹が減った」

「うん、フィー、すでに売店に向かってるわよね? 別に良いんだけど」

 二人はホームの売店で飲み物と駅弁を買い込むと、すでに停車していたリニアに乗車、指定されたパーティションを探して席に着いた。

「結構広いんだな?」

 パーティションの中は、フィリッツが想像していたよりも広かった。

 二つのシートが隣り合うように配置され、前には折りたたみ式のテーブル。

 シートをリクライニングさせても、十分に足が伸ばせる程度のスペースが確保されている。

「取りあえず、食べながら話そうか。お腹減ったんでしょ?」

「うん」

 二人はテーブルを出して、それぞれ買ってきた駅弁を広げる。

 セイナが選択したのは、キノコご飯がメイン、牛のしぐれ煮が少し入ってお野菜多めのヘルシーな弁当。

 それに対し、フィリッツが買ったのは、ライスの上にソースカツがドカンと乗ったボリューミーな弁当。野菜少なめ。

 申し訳程度のキャベツがカツの下に敷いてある。

 はっきり言ってセイナの物に比べると健康には悪そうだが、とても美味そうではある。

 フィリッツは頬を緩ませながら、カツを一切れつまみ上げ、パクリと頬張る。

 その途端、口の中にじゅわっと広がるソースの味。

 お弁当だけにサクサク感はなく、しっとりしているが、コクがあって深い味わいのソースにどっぷり浸けてあり、そのソースもライスとマッチする。

「うん、これ、正解。野菜なんか必要ないね。ジャンクだが、これが良い!」

 バクバクと、ライスとカツをかっ込むフィリッツ。

 上品とは言えないが、それが美味いことは間違いない。

 だが、そんなフィリッツの心情とは裏腹に、セイナはその弁当を見て、少し眉をひそめる。

「フィー、野菜が少ないね。もっとお食たべ?」

 フィリッツとは違い上品に食事を進めていたセイナが、有無を言わさず野菜の煮付けを、ぽんぽんと彼の弁当の上に乗せた。

「お前は俺のお袋か!?」

「ん? こっちのお弁当も美味しいわよ?」

 邪気なく、あっさりとそう言われてしまうと、フィリッツとしても文句が付けづらい。

 彼としても、『この弁当には野菜がなくても良い』というだけで、子供みたいに野菜嫌いというわけではないのだ。

 半分ほど弁当を食べ終わったところで、箸休め的に野菜の煮付けを口に運ぶ。

「あ、確かに美味い。美味いんだが……」

 ある意味で暴力的なソースの味と、上品な味付けの野菜の煮付け、ミスマッチである。

「――残しておいて、最後に食べるか」

 フィリッツも厚意でくれた物を突き返すほど、非常識ではない。

 美味いのは本当なのだから。

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