1-09 実家への帰路 (2)

「さて、食べながらで良いから聞いてね。まず、会社の資本金の額は三〇〇〇万Cにしようと思うけど、良い?」

「……あれ? 一〇〇〇万Cじゃなかったか?」

 なぜか三倍になっている資本金に、フィリッツが首をかしげる。

「フィーが出せるなら一〇〇〇万で、と思ったんだけど、私が貸すなら多くても良いでしょ? 資本金、多い方が信用されやすいし」

 どうせ借金して払うなら、多少額が増えても良いでしょ、と言うことらしい。

「その借金額は、さすがに……」

「五〇〇万も一五〇〇万も大して変わらないって」

「いや、変わるぜ!? 三倍も違うんだぜ!?」

 フィリッツの言うとおり、五〇〇万なら、サラリーマンでもちょっと頑張ればローンを組めるが、一五〇〇万だと普通のサラリーマンなら利子の返済にさえ苦労する額である。

「会社からはリース代が入るんだから、返せるわよ」

「そんなもの、か?」

 セイナから軽く言われ、何となくその気になるフィリッツ。

 彼女に騙すつもりがあれば、簡単に騙されそうである。

「そうそう。えーっと、『貸付金額一五〇〇万C、一年複利、年利三%の八〇年払い、繰り上げ返済可』で良いかしら?」

「良いかしら、と訊かれても、俺、その分野は詳しくないから解らんのだが」

 一五〇〇万C借りて年利三%だと、利息が四五万。普通の新人宇宙船員なら、給料全部突っ込まないと払えない額である。

「銀行に預けた場合は、一%も利子が付かなかったが……借りる場合だとどうなんだ? 一般的にはそんな感じなのか?」

「まっさか! 無担保ローンなんて年利一〇%以上は当たり前。連帯保証人なしの三%なんてあり得ない。幼馴染み価格よ」

「お、おう。そうなのか。さんきゅ」

 きっぱりと断言するセイナに気圧されるように、フィリッツは頷く。

「――あ、ただし金額は一四九〇万Cで。一〇万Cは出せる」

「変なところで細かいわね。――うん。じゃあ、コレにサインと認証して」

「了解。金額や利息……うん、間違いない」

 セイナから送られてきたファイルを確認したフィリッツは、サインとID認証をしてから送り返す。

「うん、受領。じゃあ、フィーの口座に送金っと。確認して?」

「……おぉぉぅ、見たことない桁数が」

 PNAから自分の口座を確認して、フィリッツは慄く。

 そしてそれをあっさりと送金できるセイナにもまた、慄く。

 しかもセイナは同い年なのだから。

「な、なぁ、コレ、返せなかったらどうなるんだ?」

「え? そんなことは、まずないと思うけど、一応、さっきの金銭消費貸借契約書に書いてあったでしょ?」

「あの書類ってそんな正式名称だったのか」

 PNAからファイルを呼び出し、フィリッツは再度中身を確認する。

 実際のところ、さっきは金額と利子しか見ておらず、細かい契約内容は読み飛ばしていたのだ。セイナを信用して。

「ふむふむ――ん? ……なんか、最後に『返済できない場合は乙はその身体を以て弁済に充てる』って書いてあるんだが?」

「うん、そうね」

 そう疑問を呈したフィリッツに、セイナは平然を頷く。

「身体って……。――いやん」

「『いやん』じゃなーい。ふっふっふ、お前は売られたんだよ、そう、お前自身によってな!」

 アホな小芝居をするフィリッツに付き合い、両手をワキワキさせながら含み笑いをするセイナ。

 立場が逆である。

「てかさー、八〇年後って、俺一〇〇越えてるんだぜ? 価値ねーだろ?」

 フィリッツたちの住む星系では、平均寿命が二〇〇歳前後。一〇〇歳を超えると身体にも多少のガタが出始め、早期リタイヤ組も増えてくる。

 必然、よほど有能でなければ残りの人生で稼げる給料もしれている。

 それから酷使したところで、借金の形にはならないだろう。

 素面に戻ってそんなことを言うフィリッツに、セイナも苦笑して肩をすくめた。

「いや、マジに金額換算されても困るんだけど。まー、そのときは死ぬまで私の老後介護をやってもらうさー」

「いやいや、絶対お前の方が長生きするわ」

「ま、実際そんなことにはならないわよ――船が全損でもしない限り」

「えっ? つまり、船が廃船になるような事故を起こしたら終わりってことか!?」

 事故るつもりはなくても、絶対にないと言いきれないのが交通事故。

 もらい事故というのもあるのだから。

「可能性はゼロじゃない。そう、常にね!」

 きらん! とでも効果音が付きそうな、良いウィンクを披露するセイナ。

「いやいや、ここはそんな良い感じの台詞、言うところじゃないから!」

「心配しなくても、保険が利かないような状況じゃなきゃ大丈夫よ。戦時免責とか」

「戦時免責か……」

 ある意味で当然だが、宇宙船にも保険がある。

 ただし、あまり評判が良くないものが。

 もしものときには大規模な事故になりやすいため、保険料がバカ高い上に、免責事項もきっちりついている。

 その中でメジャーなのが、戦時免責と大規模自然災害免責。

 だが、ほぼすべての操作をAIが担当して、ヒューマンエラーが起きにくい宇宙船の運航に於いて、保険が必要なほどの事故なんて、大抵がこの二つに分類される。

 そんなわけで無用の長物と言われることもある保険だが、加入してないとほとんどの宇宙港で入港許可が下りないため、民間船の加入率はほぼ一〇〇%である。

「そもそもそんな状況で、フィーと私、生きてるかしら? 保証人つけてないから、フィーが死んだらチャラよ? 相続放棄すれば良いだけだから」

「嫌なこと言うなぁ、おい」

 フィリッツだって船長である。万が一の際には『絶対に船と運命を共にする』、とまでは言わなくても、ギリギリまでは残るぐらいの覚悟はある。

 それはつまり、戦争時や大規模災害時には死ぬ可能性も高いということである。

「なら、中破ぐらいの事故なら? 補償とかで吹っ飛ぶんじゃないか?」

「うん、会社は吹っ飛ぶかもね」

「ダメじゃないか!?」

 あっさり頷いたセイナにフィリッツは声を上げたが、彼女は平然と首を振った。

「いやいや、何のために株式会社にして船をリースにしたと思ってるの? 株は無価値になるけど、船自体はフィーの物だから、戻ってくるわよ」

 株式会社の場合、その責任の範囲はあくまでも出資金の範囲内であり、その他の個人資産には及ばない。

 フィリッツの宇宙船を会社が使っていても、リースという形態である限り、その所有権はフィリッツにあり、会社が補償金を払えずに潰れても船は彼の元に戻ってくるのだ。

 そのあたりが、すべての責任を負わされる個人事業主との違いである。

 もっとも、重大な過失があった場合には、背任行為として賠償を求められる可能性がないとは言えないのだが。

「ただし会社が潰れると、リース代と船の修理費用は未払いになるだろうから、船は手放すことになる可能性は高い。十分なお金は得られるだろうけどね」

「それは、まぁ、事故を起こしたなら仕方ないかな?」

「万が一、道義的責任とか言われても無視すれば良いだけだしね!」

 セイナはビシッと言い切って、クククッと笑う。

「(黒い、黒いよ、セイナ!)」

「そもそも『道義的責任』なんて、『法的に責任はない』の裏返しなんだから、無視して当然」

「うぅ、もしその立場になったら、無視できるか?」

 よく言えば『真面目で堅実』、悪く言えば『小心者』なフィリッツである。

 スペースシップロトも卒業式の日に初めて買ったぐらいに。

「まぁ、二人で出した三〇〇〇万Cが吹っ飛ぶのは痛いけど。そのへんまでが私たちが負うべき責任ね」

「――一五〇〇万Cか」

 そう言われると、責任を果たしたような気がしてくるフィリッツ。

 確かに庶民なら、無理をしても払えないような額である。

「結局は事故なんか起こさないよう気をつける、それが一番だな」

「そりゃそうよ。これらは本当に万が一の話。頼んだわよ、船長!」

 そう言ってセイナは、フィリッツの肩をパンパンと叩き、朗らかに笑った。

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