1-25 配達業務 (1)

 セイナの注文した商品の受け取り場所は、なぜかソルパーダの宇宙軍基地だった。

 そのことに少し疑問を持ったフィリッツだったが、『社会人』というものを理解し始めた彼は、それについて特に追求するするはなかった。

 もちろん、大量に運び込まれるコンテナ群の中身についても、同様である。

 フィリッツはとても良い笑顔で受け取りにサインするセイナから視線を逸らしつつ、出港準備、一路タタスへ。

 そこで受け取ったプロゾンの荷物でペイロードの大半を埋め、ケルペータ星系へと進路を取った。

 航海の期間はおよそ半月。

 ただし、今回は辺境星系への航路である上に、荷物もそれなりに価値がある物。

 更に今回受けた仕事は仲介市場を通しているため、大まかな仕事の内容や目的地が公開されている。

 それは宇宙海賊もその情報を手に入れられると言うことであり、危険性は水を運搬したときとは大きく異なる。

「サクラ、予定航路に宇宙海賊の情報は?」

『オフィシャル情報には存在しません。一部、不確定情報が数件ありますが、ケルペータ星系で最新の事件は半年ほど前になります』

「半年か……微妙だな」

 サクラの返答を聞いて、フィリッツは考え込む。

 宇宙海賊も船を襲えば当然軍が派遣されてくることは認識しているため、一度仕事をしたら即座にその場を離れる。

 多少荒事に慣れている程度では、専門の訓練を積んだ軍人、そして何より、武装した宇宙船に対抗できるはずがないのだ。

 そのため一度船が襲われた宙域は、しばらくの間は安全と一般的には言われている。

 もちろんそれを見越して、逆張りを行う宇宙海賊もいないわけではないが、現実的に宇宙軍がパトロールを行っているため、かなりリスキーである。

「フィー、軍だと宇宙海賊に注意することなんてなかったんだけど、やっぱり危ないの?」

「そりゃな。積み荷もだが、船自体が高価なんだ。上手く鹵獲できれば一攫千金。バカなことを考えるヤツも出てくる」

 それこそ襲撃時に船を破壊してしまって積み荷の確保ができなくても、エンジンが一つでも残っていれば、それだけで大儲けなのだ。

 特に辺境ともなれば、軍が駆けつけてくるまで時間も掛かる。

 宇宙海賊にとっては仕事がしやすいエリアである。

 もっとも辺境故に訪れる宇宙船の数も少く、獲物を見つけるのも大変なわけだが、そこはいろんな情報網を利用して対象を探すことになる。

 例えば今回のフィリッツたちが請けた『ケルペータ星系への輸送』という仕事。

 これは仲介市場を検索すれば誰でも見ることができる公開情報である。

 それを誰が請けたかまでは判らないにしても、その仕事が消えた時点で誰かが請けたことは判り、請けた時期と積み荷を類推することは容易い。

 あとは、それを元に網を張っていれば、獲物が掛かるというわけである。

「じゃあ危ないの?」

「さすがに全部の仕事でそんなことは起きないさ。それにこの船の性能があれば、十中八九、問題はない」

 フィリッツはそう言って、自信ありげに船のコンソールをポンと叩く。

 サクラのステルス性能は軍用機と比するほどであり、パッシブ・レーダーの性能も非常に高い。

 すでにこの時点で、宇宙海賊に見つかる危険性は非常に低く、万が一の際にも相手よりも先に発見することは容易である。

 更に相手がアクティブ・レーダーを使ってきたとしても、アクティブ・ステルス機能もあるため、そうそうは捕捉されない。

 そして、もし逃げる必要が出てきたとしても、サクラの全エンジンをフルロード状態にすれば追いつくことなどほぼ不可能だろう。

 無駄に豪華なサクラのスペックを考えるに、追いつける船があるとするならば、それは経済性などを無視した、よっぽどの物好きが作った船である。

「あー、そうだった。武装以外は下手な軍用機以上だったね、この船」

「辺境で仕事するなら、正直、武装したいぐらいだけどな」

 通常、民間機に搭載できるのは、チャフやデコイ、せいぜいECM(電子妨害装置)にECCM(対電子妨害対抗手段)まで。

 そのため民間機の大半は、宇宙海賊に遭遇した場合はとにかく隠れるか、軍に救助を要請してひたすら逃げるしかない。

「ん~~、武装、できなくはない、けどね」

「え?」

「ほら、私は一応軍人でしょ? その関係で、登録すれば認められるの」

 瞠目したフィリッツにセイナが教えたのは、予備役軍人が搭乗する宇宙船への特例。

 それは、『ある一定程度の武装までは許可される』という措置である。

 建前的には『非常招集時に危険地帯を移動できないと困るから』であるが、実態としては『退役軍人の就職先確保』が目的だというのが通説である。

「運送会社の方も、一人分の人件費で武装が認められるなら安い、ってところ。それに普通の退役軍人なら、ある程度は宇宙関連の資格も持ってるし、全然使えないなんてことはないから」

 ただし、武装の購入に関しては基本自腹である。

 補助を受けることも可能なのだが、その場合は非常時に船の供出が必要になるなど、デメリットも大きい。

「ま、武器は高いから、実際に武装している商船は少ないけど」

「それはそうだよなぁ。宇宙専用の装備は民生品でも高いんだから」

「『商船が武装している可能性がある』というだけでも意味はあるからね」

 一種の抑止効果であるが、それでもないよりはマシであろう。

 軍が完全に安全を確保できれば一番良いのだろうが、広大な宇宙をカバーするとなると、必要な軍事費は天文学的な額になることが容易に想像でき、土台無理な話である。

「どちらにしろ、当分は無理だよな。オプション枠じゃ買えないんだろ?」

「うん、軍を通して買うことになるから、現金払いだね」

「それに下手に武装を追加したら、中型を逸脱しそうだし?」

「あ~、かなりギリギリよね、この船の大きさ。よくぞ中型に詰め込んだ、って感じだし」

 中型船にできるだけ資金を投入するがコンセプト(?)になっているサクラの場合、拡張の余地がほとんどない。

 それこそ、何らかの武装を追加して突起物が増えると中型から大型へと型式変更が必要なほどに。

 そうなってくると、税金や規制など、様々な面で変更が必要になるため、フィリッツとしてもそれは極力避けたかった。

「ま、宇宙海賊に関してはサクラに任せておけば問題ないだろ。問題があれば報告してくれ」

『お任せください。宇宙海賊が持つようなロートル艦に負けるようなことはありません』

「おう、頼もしいな。それじゃ俺たちはのんびり――」

「宇宙服の訓練ね」

「……はい?」

 突然セイナが言った言葉に、フィリッツは顔に疑問を浮かべて首を捻る。

「フィー、軍用の宇宙服、着たことないわよね? それに汎用移動装置も」

「着たことないが、訓練なんて必要なのか?」

「宇宙服自体は民生品よりも動きやすいぐらいで問題ないけど、汎用移動装置がついてるから、こっちは練習しないと危ないわよ?」

 汎用移動装置とは、宇宙服に追加される個人用のオプションで、高重力下から無重力まで、素早く移動できるようにするための装置である。

 通常の民生用宇宙服に搭載されているような、簡易的なスラスターだけではなく、脚力、腕力のパワーアシスト、更には重力操作なども組み合わせて、移動だけに留まらない動作全般を補助する機能を有している。

 そのため、素人が下手に使うとあらぬ方向へ吹っ飛んでいったり、予想しない事故が起こりかねない、かなりヤバい装置なのだ。

 もちろん、その機能に比例して、お値段の方もかなりヤバい。

「慣れたら車並みの速度で走れるんだけど、そんな状態で転けたら……ちょっと痛いわよ?」

「いやいやいや! 痛いじゃ済まないだろ!?」

 セイナは小首をかしげながら軽く言うが、もちろんそんなレベルではない。

 衝撃的には交通事故に遭うようなものである。

 軍用宇宙服だけに銃弾程度であれば防げるのだが、車に突っ込まれて何の怪我も負わないほどの防御力はない。

「大丈夫、軍用宇宙服なら悪くても骨折で済むから。……死亡事故は滅多に起きないわ」

「起きるんかーい! 『悪くても骨折』はどこ行った!?」

「首の骨を折ると、たまに死ぬから」

 さすが軍用。民生用とは安全性が違う。

 悪い意味で。

「大丈夫よ。きちんと教官の指示に従って慎重に行動すれば、普通は起きないから、そんな事故は」

「ちなみにセイナは?」

「私? 私は怪我したことはないわね。だからフィーも指示に従ってね。一応、私もインストラクターの資格、持ってるから安心して」

「らじゃ。よろしく頼む」

 正直なところ、フィリッツとしては『汎用移動装置は使わなくても良くない?』とも思ったのだが、購入価格を見ると口を噤まざるを得ない。

 彼の金銭感覚からして、それだけの金額を出した代物を使わずに放置するなんてことは、あり得ないことであった。

 それに使いこなせれば便利なことは確実であるし、無料で指導してくれるインストラクターまでいるのだ。

 貧乏性のフィリッツとしては、やらないという選択肢は到底取り得なかった。

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