1-24 次のお仕事は…… (2)
今更ながら会社の基本方針――半ば道楽という、少々微妙な物であったが――を決めたフィリッツは、それに適した仕事を探し始めた。
セイナのようなコネを持たないフィリッツが探せる仕事は、仲介市場で公開されている物に限られる。
その中でソルパーダ、もしくはその近辺で請けられる仕事をPNAを使って検索するが、出てくる仕事は比較的小規模な物が多い。
件数自体はそれなりにあるものの、どちらかと言えば小型船向け、中型であるサクラのペイロードを埋めるほどの荷物はあまりない。
サクラの燃費であれば赤字にはならないだろうが、船倉の大半は空のまま動くことになるため、効率は良くない。
「フィー、これとかどう?」
「ん? ……辺境星系への荷物。量は悪くないな。荷主はプロゾンか」
プロゾン。それは多くの星系で高いシェアを持ち、長い歴史のある通販大手で、『保護星系から硫酸雲の底まで、どこでもお届け』を謳っている会社である。
フィリッツやセイナも時々利用しているぐらいメジャーな会社。
名前の由来は『俺たちはアマチュアじゃねぇ、プロフェッショナルだ!』らしい。『ゾン』がどこから来たのか不思議である。
「こんな仕事、あったか?」
「受け取りがソルパーダじゃないから。タタスの倉庫で受け取ってケルペータ星系のデルポルスの倉庫まで運ぶお仕事ね」
「タタス……そういえば、プロゾンが買い取って倉庫を作るって話があったな」
タタスとは、ソルパーダから三つほど星を隔てた所にある小さな惑星である。
人間の居住には向かない環境なため無人だったのだが、数年前にその惑星をプロゾンが買い取り、倉庫を作るというニュースが流れた。
さほど大きな扱いもなかったのだが、フィリッツは『通販の荷物が早く届くようになるかも』と思ったため、記憶に残っていたのだ。
「代金はかなり良いと思うが、ケルペータ星系ってどこにあるんだ?」
『星系図を表示します』
フィリッツの疑問に、サクラが素早く星系図を表示する。
現在位置とケルペータ星系の位置がしっかりとマーキングされたそれを見て、フィリッツが少し呆れたような声を上げる。
「……うわっ、人類到達の最辺縁系だな!? ここまでどれくらい掛かるんだ?」
『タタスより通常運行で、五度の次元潜行を経て三八二時間です』
「えーっと、半月あまりか。遠いな。なんでこれなんだ?」
「ケルペータ星系の惑星二つから、遺跡が見つかってるの」
「ほうほう……悪くないな?」
辺境で、遺跡があり、しかも利益率も良い。
遠いだけに暇な時間も増えることになるが、輸送業ならそんなものである。
「調査はされてないんだよな?」
「移民がいるデルポルスは多少してるみたいだけど、他の惑星は『公式には』ゼロ」
「『公式には』ね」
「うん。そう」
なぜ『公式には』かといえば、政府管理下にない遺跡に関しては、調査に許可も報告も不要なため、フィリッツのように自前で船を持っている人や物好きな富豪が探索している可能性も否定できないのだ。
政府としては、『どうせ調査する予算もないし、何か見つけてくれたらそれはそれでオッケー。儲かるようなら税金で回収できるし?』という、ある意味で合理的なスタンスである。
民間人が大金使って調査しようと、それで仮に破産しようと、政府の懐は痛まないのだから。
「それじゃ、この仕事を請けて、遺跡探索と洒落込もうか!」
「ふふふ、これは人に自慢できる経験ね!」
「自慢できるかどうかはしらんが、得がたい経験ではあるな」
セイナが嬉しそうに笑い、フィリッツもまた苦笑する。
居住惑星にある遺跡ならともかく、それ以外の場所にある遺跡を『ちょっと見に行きたい』で億単位の金を使える人なんて、普通は居ない。
「それじゃ、遺跡探索の準備、よろしくな?」
「任せて! 人脈を駆使してしっかり整えるから!」
そう言って胸を叩いたセイナに、フィリッツは少し不安を覚えたものの、これでも彼女は軍で活動していたプロフェッショナルである。
彼が準備するよりもよほど頼りになることは確実。
そのことを思い、ただ一言、「任せる」とだけ応えたのだった。
――すぐにちょっと後悔することになるなんて、思いもせずに。
◇ ◇ ◇
「――ごふぅっ!」
翌日、会社資金の残高を見たフィリッツはそんな声を上げて、目を擦った。
昨日六〇億Cほどあった資金が、一気に五億C近くまで目減りしていたのだ。
「あの、セイナさん? 金がメチャメチャ減ってるんですが」
『任せる』と言った以上、少々多く金を使っても文句を言うつもりはなかったフィリッツだったが、この額は予想外だった。
さすがにこれは、と少し遠慮がちに尋ねたのだが、セイナは特に気にした様子もなく、コクリと頷く。
「うん、そうね。軍用の宇宙服と汎用移動装置、あとは荒地用駆動車とかそのへんの物を色々買っておいたから。あ、一ヶ月分のリース料、一五億Cはフィーの口座に入れておいたわ」
「……おぅ、またとんでもない桁数が」
セイナにそう言われ、自分の口座を確認したフィリッツがなんとも言えない表情を浮かべる。
会社の口座ではそれ以上の金額を見ていたわけだが、普段から使っている自分の口座に大金が入っているのとは、また印象が違うのだろう。
「つまり、装備の購入には四〇億Cぐらい使った、ってことで良いのか?」
「そんな感じ。軍用だからちょっと高いわよね。でも、民生品より丈夫だから、値段分の安全は確保できると思うわよ?」
セイナにそう言われ、フィリッツは心中で『四〇億C分の安全か』と呟く。
仮にフィリッツが生命保険に入るとするならば、多くてもせいぜい一〇〇〇万C。
それが命の値段と考えると、フィリッツ四〇〇〇人分の安全である。
あまり意味のない計算ではあるが、安全にそれだけのコストを掛けることは、なかなかできることではない。
「宇宙服も軍用だと高いんだよな?」
「ピンキリだけど、軽飛行機と戦闘機ぐらいの違いはあるわ。その辺で売ってる宇宙服と比べれば」
「(しかし、必要とはいっても、一気にこれだけの金を使うとは……さすが軍人、か?)」
資金があるのだから、安全のために使うという考え方は理解できるフィリッツだったが、実際に四〇億Cも使えるかと言えば、まず無理である。
小市民的感覚で、ほぼ確実にもっと安い物で妥協してしまうだろう。
だが軍事の世界では、下手をすると『ミサイル一発数億C』。
それが一瞬で爆散する世界である。
主計局にもいたセイナからすれば、必要であれば大金も使うことにためらいはなかった。
「せっかくの遺跡調査、できたらメイちゃんとツキノも連れて行ってあげたかったけど……」
「一ヶ月はさすがに無理だろ。長期休暇の時ならともかく」
「そうよねぇ。残念」
「完全に観光旅行気分だな? 別に良いけど」
必要な機材の価格を考えると、滅茶苦茶高価な観光旅行である。
だが、フィリッツ自身も楽しみなのは確かであり、その顔には笑みが浮かんでいた。
「ところでフィー、私に対する借金、返済する?」
「……あっ! 今なら余裕で返せるよな!? 返す。即返す!」
借りた時には大金だった資本金の半分も、今のフィリッツの口座残高から考えれば、ごく僅かである。
『お金を借りている』ということ自体が精神的負担な彼の性格からすれば、返さない理由がない。
「そっか。別に貸したままでも良かったんだけど」
「セイナ、そんなこと言って、さては俺の身体が目当てだな!?」
契約書の内容を思い出し、そんな冗談を言ったフィリッツに対し、セイナは――。
「うん」
「なっ!」
至極あっさりと頷き、フィリッツは絶句。
その直後、セイナはにんまりと笑みを浮かべる。
「嘘だけど」
「……くっ!」
「似合わない冗談言うからよ。はいはーい、じゃあ返してね。利息はサービスしてあげるから」
「はい……ありがとうございます」
フィリッツは悄然と頷き、言われるがままお金を振り込む。
そうして、フィリッツの身柄を担保にした金銭消費貸借契約は解消されたのだった。
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