1-23 次のお仕事は…… (1)

「ま、今回は現金が必要だったから、取り急ぎ仕事を請けたわけだけど、今後の方向性は考えないといけないわね」

「方向性って?」

「一応、会社を作ったわけだけど、フィーはどうしたい? これからの人生、遊んで暮らしたいってわけじゃないのよね?」

「もちろん」

 そう訊ねたセイナに、フィリッツは力強く頷く。

 遊んで暮らしたいのであれば、最初に船を売ってしまえば使い切れないほどの現金が手に入るのだから、手間を掛けて会社を設立する理由がない。

 そもそも今回の報酬から支払われるリース料だけでも、普通の人が一生かかってもまず稼げない大金である。

 もしフィリッツが、とにかく大金を持つことが嬉しい、という趣味嗜好を持っているのなら別だが、基本的に彼は小市民なので、ある程度以上の大金となるとあまり現実感がないというのが正直なところだったりする。

「じゃあ、今後どうしたい? 大規模運送会社を目指すのか、宇宙船一隻だけの小規模運送会社を続けるのか」

「そうだなぁ……」

 セイナの言う大規模運送会社とは、複数の宇宙船を所有し、運行している会社のことだが、このタイプの会社は案外少なかったりする。

 とにかく宇宙船は高価なので、運送専門の会社や大企業の運送部門も、その多くは自社で宇宙船を持つのではなく、リース会社から借り受けて運行している。

 ではリース会社が、自社の資金で宇宙船を購入しているかと言えば、そうではない。

 リース会社は宇宙船債スペースシップ・ボンドを発行し、それを投資家に売却、その資金で宇宙船を購入する。その宇宙船を企業に貸し出し、受け取ったリース料を分配することで利益を上げるのだ。

 小規模の運送会社もまたリース会社から借りて営業していることが多いため、自分で船を持っているネビュラ運送は、単純に『小規模』とは言い切れないところもある。

 もっとも、厳密に言うならネビュラ運送も、フィリッツからリースしている形を取っているため、同じとも言えるのだが。

「セイナはどうすべきだと思う?」

「フィーの好きにすれば良いと思うけど……フィーは何で宇宙船員になりたいと思ったの?」

「それは……その……、アレだよ、昔見たアニメの」

「……あぁ、アレね」

 少し恥ずかしそうにそう口にしたフィリッツに、セイナは納得したように頷く。

 フィリッツが子供の頃に見たアニメ。

 それは宇宙船に乗って宇宙海賊と戦ったり、ピンチになったヒロインを助けたり、異文明の遺跡を発掘してお宝を見つけたりするお話。

「懐かしいわね。私も好きだったわ」

 フィリッツの影響もあって、そのアニメはセイナも見ていたのだが、なかなかに出来が良く、面白かったのを覚えている。

 だからこそセイナも、フィリッツが宇宙船員に憧れることは理解できるのだが――

「でも、フィクションよ?」

「解ってるよ! さすがに思春期特有のアレは卒業してるよ!」

 『知ってる?』と言わんばかりに首をかしげたセイナに、フィリッツは少し顔を赤くして声を上げた。

「そうよね。宇宙海賊やヒロイン云々はともかく、現実に遺跡でお宝を見つけることは難しい。多分、スペースシップロトに当選するよりも確率低いわよ?」

「……つまり、あり得ることだと?」

「確かにフィーは当たったけれども! ふつーは当たらないから!」

 普通なら不可能の代名詞になりかねない『スペースシップロトに当選する』も、現実に当選した人物が目の前に居ては、『もしかすると……?』という評価になりかねない。

 少し悪戯っぽく笑ったフィリッツに、セイナも苦笑しながら否定した。

 だが、フィリッツはふと気付いたように、首を捻る。

「……ん? でも、『低い』ってことは、たまにはあるのか?」

「あー、うん。そうね。グラビティ社の重力制御装置、あれの元となっている技術は遺跡から発見された、って噂があるわ」

「え、マジで?」

「うん。軍内部のなんやかやだから、それなりに確度は高いかしら?」

 詳細はぼかしつつも肯定するセイナのその返答に、フィリッツは目を見開く。

 現在の宇宙船に欠かせない重力制御装置グラビティ・コントローラは、当時なんの前情報もなく発表された。

 起業したばかりの小さな会社が行った発表だけに、当初は投資詐欺かと目されていたが、公開実験によって効果が証明されると爆発的な話題になる。

 その時点では出力が一Gにすら達していなかった代物だったが、重力の制御ができたことは間違いがなく、大量の資金集めに成功した結果、比較的すぐに実用的な重力制御装置グラビティ・コントローラが発表されるに至る。

 今でこそある程度原理が解明されているが、その当時はあまりにも技術的ギャップが大きく、なぜグラビティ社がそんな物を開発できたのか、疑問の声が上がったものだった。

「もっとも私が知っているのもそれぐらいなのよね、遺跡関連のアレって。それに対し、スペースシップロトは平均すれば二年に一回は当選者がいるでしょ?」

「確率だけを考えるなら、そうなるか……」

 世界全体で見ても遺跡調査に赴く回数なんてごく僅かなため、確率を考えるのが正しいのかという疑問はあれど、回数だけを見るのであれば、確実にスペースシップロトの方が多い。

 フィリッツも大人になって現実を見ているし、フィクションはフィクションと理解しているのだが、遺跡探索に興味があったのは確かである。

「遺跡には行ってみたいと思っていたんだが……そこまで可能性が低いのなら、止めるべきか? 金もかかるし」

 だが、『残念だけど』という気持ちをにじませながら諦めようとしたフィリッツに、セイナは平然とした表情で答えた。

「んー、遺跡探索がしたいならすれば良いんじゃない? 幸い株主は妹たちとお父さんたちだから、借金さえしなければ文句は言わないと思うし」

「え、良いのか?」

「うん。宇宙船の維持費と私たちの生活費があればいいわけだし、お金稼ぎにあくせくする必要もないでしょ? 成果は期待せず、観光がてらの遺跡巡り、みたいな感じで」

「遺跡巡りか。それも楽しそうだな」

「それに、私も少し、遺跡に興味あるしね」

「あ、そうなのか?」

「うん。だってあのアニメ、私も一緒に見てたから。資料にまとめてみるのも、ライフワークとしては面白いかも。ただ、遺跡を第一目標にするとキリがないから、仕事を請けた届け先に遺跡があれば、ぐらいの感じでどう?」

「そうだな。取りあえずはそんな方針にしておくか。気が変わったら、その時考えれば良いよな?」

「そうそう。幸い、路頭に迷うことはないんだから。無駄遣いしなければ」

 フィリッツはもちろん、セイナにしても、仮にネビュラ運送が潰れたところで、すでに一生生活できる程度の蓄えがあるのだ。

 日々の生活に汲々としている庶民から見れば、なんとも羨ましい、半ば道楽の会社経営である。

「それじゃ、その方向で面白そうな依頼を探しましょうか」

「面白そうって……まぁ、そのぐらい気楽な感じで良いのかもな。遺跡なら、やっぱり辺境の方が良いか?」

 そもそも『遺跡』とは何かというならば、それは『過去の存在した知的生命体の残滓』とでもいう物だろう。

 人類が宇宙で活動するようになって幾星霜。

 入植に適した場所を探す過程で、そんな遺跡が見つかることは、さほど珍しいことではなかった。

 何らかの理由で絶滅したのか、それともどこかへ移住したのか。

 謎はあれど、それらすべてに調査が行われるかといえば、決してそうではない。

 それどころか、むしろ放置されることの方が多い。

 自分たちのルーツである惑星ですら、すべての遺跡が調査されているわけでも、保存されているわけでもないのだ。

 考古学者からすれば当然調査はしたいのだろうが、お金にならない学問になかなか予算がつかないのは、残念ながら必然である。

 人の生存に適していない場所での調査ともなれば、その費用は莫大。

 有人惑星の近くであれば多少はコストも削減できるが、遠く離れた辺境ともなれば、そのコストはちょっとシャレにならない。

 宇宙船を一隻用立てる、ただそれだけで月に数十億Cのコストが必要になるのだから。

 必然的に調査されている遺跡なんて、ほとんど存在しないわけだ。

「そうだね、辺境なら手つかずの遺跡もあると思うけど……いきなり遺跡探索を目的に仕事を選ぶの? 装備を整えないと、死ぬわよ? 冗談じゃなく」

 セイナは真面目な表情で、フィリッツをじっと見る。

 調査されていない遺跡があるのは、基本的に人の生存に適していない環境である。

 軍の演習で、そのような環境でのサバイバルも経験してきた彼女の言葉はとても重く、フィリッツはゴクリと唾を飲んだ。

「……そのための装備、買えないか?」

「フィーに払うリース料が遅れても良いならなんとかするけど?」

「じゃ、任せる。適度に安全性を考慮した物を頼む」

「りょーかい。注文しておくわ」

 セイナはフィリッツに軽く応え、自分のPNAを操作し始めた。

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