1-22 水を汲む日々 (2)

 そんなこんなで待機すること二日間。

 成果として得られたのは、淡水九〇〇〇万トン、塩が三〇〇万トン、食用の魚が二〇キロ。

 食用の魚は運悪く吸い上げられた魚のうち、食べられる物だけを残した結果である。

 その他のゴミは、核融合ジェネレータに備え付けられた不要物分解炉に放り込んで綺麗に処理している。

 ソルパーダの法律では、ゴミの投棄に厳しい制限があり、今回のように海水を汲み上げる段階で手にしてしまったゴミでも、再び海に戻すと罰則があるのだ。

 厳密に言えば戻しても良いゴミ、ダメなゴミが決まっているのだが、量が量である。

 手間を掛けて分別するほどの価値を見いだせなかったフィリッツたちは、非食用で生きている生物だけを海に戻し、後はまとめて処理してしまったのだった。

「あとは、これをカリクス宇宙基地まで届ければ良いんだよな?」

「そうね。サクラに頼むだけだけど。ということで、サクラ、お願い」

『了解しました。これより衛星軌道上まで上昇し、一度の次元潜行を経て五二時間後に目的地に到着予定です』

「うん、了解。航行中、フィーは何かすることあるの?」

「いや、基本的にAI任せだな。通常航行ならAIの方がミスしないと信用されてるからなぁ。入港時にブリッジの船長席に座っていればそれでオッケーだぞ」

「うわー、結構楽な仕事ねぇ」

「緊急事態さえ起きなければな。万が一にときにはすべて自前でできないといけないから、大変なんだぞ?」

 そしてそれこそが、宇宙船員の役割である。

 普段AIが担っている役割を代替するため、観測、操舵、機関に関する基本的知識、関連法規、コンピュータ知識などかなり広い範囲の技術が必要となる。

 もちろん、すべてにおいてスペシャリストになることは難しい。

 一般的な宇宙船員が可能なのは、各種機器のメンテナンスや応急処置、壊れた機関をモジュールごと交換するという作業ぐらい。

 それで近くの宇宙港まで移動させることさえできれば、宇宙船員としては十分なのだ。

 もっとも、その『十分』が難しいから、宇宙船員は狭き門なのだが。

「でも、実際に活躍する場面って、ほとんどないわよね?」

「まあな。そもそもそんな状況、ほぼ絶望的だし。半分ぐらい、形式的なものだよな」

 最低でも二系統はあるコンピュータ。その両方が壊れてAIがまともに機能しなくなることなんて、通常の航行ではほぼあり得ない。

 ただし、『通常の航行』でなければあり得る。

 戦争や事故、宇宙海賊からの襲撃など、AIが機能しなくなる状況というのはないわけではないのだが、そのような状況を一人の宇宙船員がなんとかできるかと言えば……ほぼ無理である。

 それこそ、映画のヒーローでもなければ。

 通常は不要、危機的状況でも限定的にしか役に立たない。

 悲しいことに、それが現在の宇宙船員の立場なのだった。


    ◇    ◇    ◇


 それから二ヶ月ほど。数度の水運びを終えたフィリッツたちは、初めての仕事を無事に完遂し、報酬を手にしていた。

 もっとも、航路自体はよく知られたもので安全性も高く、運んでいる物はただの水。

 しかも運搬先は軍の施設なのだから、宇宙海賊に狙われる危険も少なく、ほとんどの作業はAI任せ。これでは失敗する方が難しいだろう。

「セイナ、今回の仕事でどれくらい利益があるんだ?」

「えっと……、大体、六〇億Cぐらいかな?」

「すげっ! そんなに儲かるのか!?」

 簡単に計算してそう答えたセイナの言葉に、フィリッツは目を見張り、声を上げた。

 だが、セイナの方は苦笑して首を振る。

「うーん、かなり燃費が良いこの船を使ってこれだから、結構厳しいわよ?」

 サクラには強力な重力制御装置があるため、低コストで惑星に降下し、水を汲むことができるため、原価が非常に低い。

 淡水化に使用したフィルター等の費用は必要になるが、他の手段で惑星に降下する場合や軌道エレベーター上の宇宙港で水を購入する場合と比べれば、圧倒的に安い。

 併せて塩の売却を行っていることも、地味に収益に寄与している。

 また、当然のことながら燃費は通常の航行にも影響するため、これを節約できることはダイレクトに利益に影響する。

 サクラは最新型かつ最高品質故に、同型の中型輸送船に比べると数割、下手をすれば五割以上も低燃費で航行が可能なのだ。

「ここから、フィーに支払うサクラのリース料も引くことになるし。取りあえず、しばらくは月額一五億Cで良い?」

「……え? そんなに? マジで?」

 会社の設立から二ヶ月あまり。

 三〇億C、つまりは今回の利益の半分がフィリッツに支払われることになる。

 当たり前だが、庶民のフィリッツには想像もつかない大金であり、それを受け取れるとなれば絶句するのも仕方ないだろう。

「船の価値を考えたら激安だけどね。この前、減価償却について教えたわよね? 中型輸送船の一般的な価格で計算してみるといいかも」

「なるほど」

 セイナにそう言われたフィリッツは、PNAで計算ソフトを開き、中型宇宙船の標準的な価格、耐用年数などを確認、一年あたりの償却費用を算出する。

 そして、そこに表示された数値を見て、首を捻る。

「今回の利益を全部使っても……償却費用でギリギリ? 仕事がない期間があったら、成り立たない?」

 正確にはリース料も費用に含まれるため、先ほどセイナが言った『利益が六〇億C』というのは間違っていて、正確に言えば『リース料を除いた利益』なのだが、フィリッツの計算結果はその六〇億Cはすべてリース料で消えるという結果が出ていた。

 しかもこれはサクラを使った場合の利益であり、それよりも燃費の悪い標準的な中型宇宙船を使えばどうなるか、自明である。

「だよね。更に宇宙船をローンで買っていたらその金利も掛かる。船の維持費も考えれば、これじゃ成り立たないでしょ?」

 フィリッツたちの場合は、金利は不要でリース料も自由設定にできるが、船の維持費は必要である。

 ある程度はオプション枠で対応できるとはいえ、それを使うことは会社の費用をフィリッツがポケットマネーで支払っていることになるので、会社経営的には悪手である。

 そもそも宇宙船の法定検査費用や駐機代、宇宙港利用料などはオプション枠では対応できないのだから、会社にもある程度の資金をプールしておかなければいけない。

「私たちの給与……は、まあ割合的には微々たるものだけど、それらの費用も別途かかるわけだし」

「あー、金銭感覚、崩壊する……」

 セイナが『微々たる物』と口にしたとおり、中堅以上の宇宙船員の平均年収二人分を支払っても、全体から見ればほとんど誤差でしかないのだ。

 宇宙船の運航にどれだけ費用がかかるか、解ろうものである。

「しかし、今回の仕事、普通なら赤字だろ? 請ける業者っているのか?」

「普通はいないわね。だからこそ私がコネで仕事を取ってきても問題なかったわけだし」

 セイナの言うとおり、今回の仕事で利益を出せる会社はごく僅かで、その利幅も低く、仮に競争入札を行ったとしても応札する業者はゼロだろう。

 しかし、予算に余裕のない軍はそうそう予定価格を引き上げることもできず、不調に終わった場合は自分たちの輸送船を使って運ぶことになるのだが、本来の任務とは異なるため、あまり望ましくはない。

 そんな仕事を今回セイナが取ってきたのは、サクラなら利益が出せるという計算があったのは勿論だが、早急に現金が必要という現実もまたあった。

 普通に考えれば十分に大金の資本金も、宇宙港の利用料や停泊料を考えれば、決して安心できる額ではない。

 いや、むしろ僅かな時間で溶けてしまう程度の金額である。

 コネで即請けることができて、クライアントの信用度は抜群で、支払い能力も心配する必要がなく、比較的容易。

 利益率を別にすれば、決して悪くはないお仕事なのだ。

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