1-30 初めての遺跡探訪 (3)
「……はい?」
一瞬呆けたフィリッツがハッとして台を押すと、そのままズズッと二メートルほど横移動し、下へと続く階段が現れた。
「おいおい、おい! なんだこれ! なんだこれ!?」
「え、ホントに? 一つ目の遺跡でこれとか……」
遺跡を探索するアニメが好きだっただけに、喜色を浮かべて階段を覗き込むフィリッツに対し、セイナは驚きつつも彼に呆れたような視線を向ける。
彼女もそのアニメを見ていただけに、こういう展開は嫌いではないのだが、あまりの事態に喜びよりも別の感情の方が先に立っているのだろう。
「もしかしてフィーって、すっごく運が良い……?」
「えーっと……」
セイナにそう言われ、少し考え込むフィリッツ。
スペースシップロトに当選したことは、誰がどう考えても滅茶苦茶運が良い。
これ以上はないほどに。
ついでに、難関と言われる宇宙船員訓練校に合格したこと。
「(――いや、これは、幸運とは言いたくないな。受験勉強、血反吐を吐くほど苦労したし)」
彼からすればその受験勉強は、運で合格できたとはとても言えないほどには大変だったのだ。
それを考慮すれば、実力と言っても良いだろう。
だが、その勉強を見てくれる幼馴染みがいたことは、かなりの幸運である。
大人になるにつれ疎遠になりがちな異性の幼馴染み。
そんな相手と思春期を越えても仲が良く、更に会社まで手伝ってくれる。
しかもお金持ちで美人、頭も良いとなれば、なかなかに得がたい。
他人から見れば、『もげろ!』と言いたくなるほどには幸運だろう。
「うん、そうだな、セイナと幼馴染みになれたのは、運が良かったと思うな」
「な、なに、突然? 持ち上げても何も出ないわよ?」
フィリッツとしては素直なところを口にしたのだが、セイナは戸惑ったような表情で頬を赤らめた。
「だが『運』を言うなら、セイナの方だろ? こっちを選んだのはお前なんだし」
「そういえば、そうね?」
「プロゾンの仕事を取ってきたのもお前だし。それがなければこの星系にも来なかっただろ?」
「うーん……」
フィリッツに指摘され、セイナは小首をかしげて少し考え込む。
この成果に運の要素があるとするならば、仕事と遺跡の選択、そして台がずらせると見つけたこと。
二勝一敗でセイナの勝ちである。
「……ま、いっか。でもサクラのセンシングではこの下に空間なんてなかったわよね? サクラ、何か判る?」
『少々お待ちください。……やはり探査結果はネガティブです。ただ、先ほどマスターが動かした開口部から、僅かに奥に広がる空間が探査できています。恐らく、センサーを妨害する何らかの物質があると思われます』
通信機越しに返ってきたサクラの返答は、意外なものだった。
『センサーを妨害する物質』という物は存在している。
重要施設など、調べられては困る建物を防護するために使われているのだが、それらを使っても『探査できない空間』として探査ができる。
決して『何もない』と探査されるわけではないのだ。
「これって空間があるのに単なる地盤として偽装されている、ってことだよね? もしかして、大発見……?」
空間の存在自体を隠蔽できるとなれば、軍事施設などにとってはかなり重要な意味を持つ。
その原理を解明し、そのような物質を製造できるようになれば、かなりの儲けが期待できるだろう。
それを理解し、セイナは事の重大性に震える。
だが、そんなことよりも、目の前に現れた冒険に心を奪われている人物がいた。
そう、言うまでもなくフィリッツである。
「なぁなぁ、早く入ろうぜ? まさか入らないって選択肢はないよな? なぁ?」
「えーい、ちょっと落ち着きなさい! センサーを偽装できるって凄いことなのよ? それこそ莫大な利益が得られるような!」
だが、そんなセイナの言葉に返ってきたのは、フィリッツの平然とした応えだった。
「えー、でも、別にお金には困ってないし?」
「…………それもそうね?」
フィリッツたちが遺跡調査をしようと思ったのも、単なる知的好奇心と冒険心である。
お金を儲けて遊んで暮らしたいだけなら、現状でも十分可能なのだ。
それを思い出し、逆に自分の方が浮き足立っていたことを理解して、セイナは大きく息を吐いた。
「この物質も興味深いけど、それよりもこっちの方が面白そうか」
「だろ? 誰も入ったことのない遺跡。俺はこういうのを求めてたんだよ!」
「それじゃ、入ろっか? でも、危険があるかもしれないから、注意してね」
「おう!」
『マスター、その内部に入ると、通信が妨害される可能性があります。中継装置の設置を推奨します』
「なるほど。了解」
サクラのアドバイスに従い、中継装置をその場に設置し、フィリッツたちは階段を降り始める。
階段の幅は一・五メートルほど。四〇段あまり下りて到着したフロアは、上の建物とは違い、コンクリートのような構造物だった。
階段を下りた位置から左右に長い廊下が伸びて、廊下の両側にはいくつもの扉が見える。
「病院……? それとも、研究所……?」
それを見てセイナがポツリとつぶやくが、イメージとしてはそんな感じである。
「どうする?」
「取りあえず、部屋の中を見ていくしかないでしょ?」
「だよなぁ……なんかイメージ的には遺跡調査と言うよりも、ホラーゲームだな」
なんか俺の思っていたのと違う、とでも言いたげなフィリッツの背中を押して、一番近い扉へと向かう二人。
「それじゃ、開けて」
「……おう」
フィリッツは『何か嫌だなぁ』とか思いつつも、さすがにセイナに開けろと言うこともできず、素直に扉に手をかける。
構造的に元々は自動扉であったと思われるが、エネルギーが供給されていない状態では意味もない。
やや力任せに扉を開けた先に広がっていたのは、一辺一〇メートルほどの四角い部屋。
そこにカプセル型のベッドのような物が無数に並んでいる。
薄暗い中、ライトに照らし出されたそれは十分な雰囲気を持っており、びくりと身体を震わせたセイナは、咄嗟にフィリッツの腕を掴んでいた。
「これって……コールドスリープのカプセルに似てない?」
「奇遇だな。俺もそう思った」
この時代、完全なコールドスリープは実現していないが、半冬眠状態で一〇分の一程度まで老化速度を遅らせる技術は確立されていた。
実際に使用される機会はほとんどないため、フィリッツたちは実物を目にしたことはなかったが、形状程度は記憶にあった。
目の前に並んでいたのは、それとよく似た機械。
その用途を考えれば、セイナがビクつくのもまた仕方のないところだろう。
「フィー、ちょっと見てきて?」
「俺が? ……仕方ないか」
一瞬、『マジで?』みたいな表情を浮かべたフィリッツだったが、セイナにぐいぐいと背中を押され、諦めたように部屋の中に入った。
そして恐る恐る一つのカプセルに近寄ると、そこに取り付けられた透明な窓から、中をそっとライトで照らし……大きく息を吐いた。
「空だ」
「空? 他のは?」
「ちょっと待ってろ」
一つ覗いて度胸がついたのか、歩き回りながらカプセルの中を照らしていくフィリッツ。
そのまま一通り見て回り、少しホッとしたように肩をすくめる。
「全部、空。何もなし」
「それって……空だったのかしら? それとも空になったのかしら?」
「……うっ、それは……」
それが意味することにフィリッツは息をのむ。
仮にこのカプセルがコールドスリープ装置で、現在一般的に知られている物と同じ性能だとすれば、最も長く生きたとしてもせいぜいが二〇〇〇年。
この遺跡の年代を正確に知ることはできないが、それ以上の長きにわたって閉鎖されていたとすれば、死亡した後、その遺体が完全に分解されてしまった可能性もゼロとは言えない。
フィリッツは何かの痕跡を探すかのように、改めてカプセルの中を覗き込むが、そこには何も残されていない。
中途半端に何か残されていなくて良かったのか、悪かったのか……。
「こ、怖いこと言うなよ! セイナ!」
「だ、だって、気になるでしょ!?」
「否定はできないが……次、次に行こうぜ!」
少しセイナを急かすように次の部屋に移動したフィリッツだったが、その部屋でもまた、同様の光景が広がっていた。
そしてその次も……。
「もしかして、全部こんな感じなのか?」
「判らないけど……手分け、する? あまり気は進まないけど」
「でもそうでもしないと、時間かかりすぎるだろ?」
フィリッツにそう言われ、セイナは少し困ったように左右の廊下を眺める。
多く並ぶ扉の中で、確認したのは未だに二つ。
このペースではかなりの時間がかかることだろう。
「……それじゃ、私が右側、フィーが左側の部屋を見ていこうか」
「了解」
そうして二人は分かれて歩き出した。
◇ ◇ ◇
およそ一時間あまり後、階段前で二人は再び合流していた。
「どうだった?」
「さっぱり。大半の部屋は例のカプセルが並んでいたが、すべて空だったな。あ、下への階段は見つけた」
「私も概ね同じだけど、一部屋だけ、資料室らしき部屋はあったわよ。とにかく隙間なくラックを詰め込んだような感じで、しかも記録媒体が何なのかさっぱり。一応一つ持ってきたけど」
そう言いながらセイナが差し出したのは半透明の板。
厚みは一センチほどで、大きさは二〇センチ×三〇センチほど。
材質もよく判らず、セイナが言うとおり本当に記録媒体なのかも判らないが、状況から考えれば、単なる板をラックに並べて保存していたとは考えにくいだろう。
「何らかの方法で読み取れる、のか? 興味はあるが……見た目、半透明のプラスチックだよな。――側面に書いてあるのは、文字、か?」
その板をかえすがえす調べていたフィリッツが、板の側面に書かれていた文字らしき物に目を止めるが、それは彼に理解できるような文字ではなかった。
「サクラ、この文字? 何か判るか?」
『……ライブラリを検索しましたが、一致する文字はありません』
「少なくとも、現状では認知されていない文明であることは間違いないみたいね。もっともそれ自体はそう珍しいわけじゃないけど」
理解できない文字自体は、遺跡を探索すれば大抵見つかる程度の物である。
だが、ここまで保存状態が良い遺跡は珍しいといえば珍しい。
「取りあえず、サンプルとして何枚か持ち帰って、側面の文字だけはある程度記録しておくか」
「了解。解読の手がかりになるかもしれないしね」
一度、セイナの見つけた資料室に移動した二人は数枚の板を回収し、残りの板のうち、あまり手間をかけずに確認できる物の側面の文字を記録して、サクラへと送信。
そして今度はフィリッツの見つけた階段へと移動、途中に下りていた隔壁を力業で解放して先へと進んだ。
「この階も、ほぼ同じ構造?」
「みたいに見えるな……」
再び長く続く廊下に、左右に並ぶ扉。
少しうんざりしながらも部屋を調べていく二人だが、そこにあるのは上の階と同じ光景。
そして廊下の突き当たりにあったのは、再び隔壁の下りた階段だった。
「……更に下りる?」
「この遺跡を見つけて、成果がその板だけってのもさすがに……。もう一階だけは調べてみようぜ? それで変化がなければ、とにかく階段を探して深く潜ってみるってのは?」
「そうだね。それでいこうか」
少し変化が欲しいなぁ、と思いつつ下りた地下三階だったが、その願いも空しく、広がっていたのはやはり同じ光景。
半ば作業のように扉を開けていった二人だったが、残り数個の扉まで来た時、待望の変化があった。
「フィー! こっち!」
「何があった!? ……研究室?」
セイナの覗き込んでいた部屋は、これまでと比べて随分と小さな部屋だった。
フィリッツが口にしたとおり、やや乱雑に散らかった部屋の左右には棚が設置され、床にも物が散乱している。
そしてその部屋の奥には、これまでの部屋にもあったカプセルが鎮座している。
「あんな意味ありげな配置……絶対アレだって。フィー、見てきて」
「『絶対アレ』とか言いながら、躊躇なく人に見に行かせるとか、シビレルなぁオイ! でも、さすがにそんなことは……あったよ」
フィリッツは少しだけ躊躇いつつも、多分これまでと同じだろうとカプセルに近づいていったが、その中に何かの影を見て足を止めた。
「――っ! マジかよ……」
恐る恐る照らしたライトの光の中に浮かび上がったのは、一〇歳ぐらいに見える子供の顔だった。
宇宙船、あるんですけど? いつきみずほ @ItsukiMizuho
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