1-28 初めての遺跡探訪 (1)

 個人で輸送業を営む役得の一つとして、『様々な惑星を訪れることができ、余裕があれば観光もできる』ということがある。

 だが、今回のデルポルスに関しては植民初期の惑星だけに、あえて見所を上げるとしてもせいぜいが自然ぐらい。それも、テラフォーミング《居住可能化措置》によって惑星改造が行われているため、ある意味ではありきたりな自然である。

 それ故、荷物の引き渡しを終えてしまえば、デルポルスに留まる理由もなく、フィリッツたちは早々に地表を離れた。

 その点では少々面白みに欠ける仕事だったのだが、惑星軌道上から地表へ、少し航行距離を伸ばすだけでかなりの割増料金が貰えたのだから、利益面ではかなり良い仕事だった。だが、良い仕事だったのプロゾンの方も同じだったようで……。

「報酬と一緒に、お礼が届いたわ。『機会があればまたよろしくお願いします』って」

「やっぱあれか、地上まで輸送したから?」

「たぶんね。積み替えをせずに一気に地上まで運べれば、コストも大幅にカットできるから」

 軌道上でコンテナを降ろして、シャトルに積み替えて地表までピストン輸送。

 仮にそれにかかるコストと同じ料金を割増料金としてフィリッツたちに払ったとしても、時間的に短縮できれば、十分以上にペイするのだ。

 ついでに言えば、実際に払われた割増料金はそれよりも安いのだから、プロゾン、フィリッツたちの双方にまったく損はない。

 できれば今後も、フィリッツたちと付き合いたいと考えるのは当然だろう。

「一応、『仕事があれば連絡してください』と返しておいたから、オファーがあるかもしれないわ」

「ありがとう。ま、実際に請けられるかは、そのときにいる場所次第だろうけどな」

 いくら利益率の高い仕事であっても、荷物の引き受けのために空荷で移動するとなれば、あまり意味がない。

 それを考えれば実際に仕事を請けられる可能性は低くなりそうだが、プロゾンの展開範囲も考慮に入れると、若干事情が変わる。セイナもそれを考えて返事をしたのだろう。

「さて、仕事は無事に終わったし、遺跡観光だな。サクラ、この星系で遺跡が見つかっているのは?」

『第八惑星と、第九惑星です。ただし、まともな調査はされていませんので……』

「他の惑星にもあるかも、ってこと?」

『はい。移住可能な惑星以外はほとんど調査されませんから』

「まぁ、そんなものだよな」

 宇宙には莫大な数の星があるのに、一々調査していたらいくらコストが掛かるか。

 簡単なレーダーによる探知で気になる物でも見つからない限り、それ以上の調査は行われないのが普通である。

 さすがに入植予定の惑星で見つかれば調査されるが、それ以外は例え同じ星系内にあろうとも基本、放置である。

 それらの遺跡に関しては特段の規制でもない限り、誰でも自由に立ち入り、調査することができる。

 一応、無意味に破壊することは禁止されているが、誰が見張っているわけでも、確認に来るわけでもないため、所詮は努力目標レベルの法律でしかないのだ。

「ケルペータ星系に規制は?」

『第四惑星のデルポルス、その近傍二惑星圏内、そして恒星ケルペータ以外には特にありません』

 簡単に言うなら、ケルペータ星系第六惑星の公転範囲外であれば、特に制限がないと言うことになる。

 厳密に言えば第一惑星も調査可能ではあるが、恒星に近すぎて地表温度が高く、多少の装備では地表を歩くことも不可能なため、気軽に『遺跡観光』などと言っていられる余裕はない。

 そもそも、遺跡自体発見されていないので、行く意味もないのだが。

「ま、普通にどちらかに行けば良いよな。セイナ、八と九、どっちが良い?」

「私はどっちでも良いけど……サクラ、どっちの星が小さいの?」

『圧倒的に第八惑星が小さいですね。半径一五〇〇キロに届きません。第九惑星は四二〇〇〇キロほどはあります』

「そうなんだ? じゃ、なんとく小さい方で」

『解りました。第八惑星に向け移動を開始します』


    ◇    ◇    ◇


 ケルペータN8。

 それがフィリッツたちが向かった惑星の正式名称――いや、正確には特に名前は付いていないと言うべきだろうか。

 単純に、ケルペータ星系の第八惑星という意味である。

 少々味気なくも感じるが、実際の所、恒星と入植する惑星以外に名前を付けるのはあまり推奨されていなかったりする。

 理由はもちろん、星が多すぎるためだ。

 仮にすべての星に記号的ではない名前を付けるとすれば、重複する物が大量に発生することだろう。

 一応、すべての星には固有の番号が付いているため、それを併記すれば判別はできるのだが、そうなってしまうとかなり面倒くさいことになる。

 もっとも仕事を請ける場合など、間違いの許されない場合は『ケルペータ星系デルポルス(FS409425035N4)』などのように表記されるのだが。

 ちなみに、『FS409425035』が恒星ケルペータの番号で、『N4』が第四惑星を現している。惑星に衛星がある場合は、惑星に近い順に『S1』などと表記され、正式には『FS409425035N4S1』となる。

 解りにくいことこの上ないが、距離の近い恒星には似た名前を付けないぐらいの配慮はされているので、『ケルペータ星系デルポルス』だけでもほとんどの場合は同定でき、実用上の問題はあまりない。

「サクラ、ケルペータN8の情報は何かあるか?」

『ケルペータN8。二酸化炭素を主成分とする大気を持ち、自転周期二〇・五二時間、公転周期一万二一四七・九五時間。地表温度は一八七K。赤道部分での惑星半径一四九二・二キロ。地軸は公転軌道面に対して約五八・三度傾斜しています。現在見つかっている遺跡の痕跡は赤道から回帰線までの間に集まっていて、それより以北、以南では見つかっていません』

「ほぼ正確に五九二日で公転してるのね」

「標準時間だと……五〇六日ぐらいか。って、ちょい待ち。遺跡の? 残ってないのか?」

『簡易調査のデータでは、「何らかの衝撃を受けたかのように崩れている」と書かれていますが、単純な経年劣化という可能性も否定できません』

「それだと面白みとしては期待薄? サクラ、軌道上からのリモートセンシングでそれ以上の情報は取得できそうかしら?」

『専用調査船ほどの能力はありませんが、可能です。簡易調査を行った船は大した能力を持っていなかったようですので』

 一般的な宇宙船の場合、惑星地表を調査するという必要性がほぼないため、それに向いたセンサーを持ち合わせていないことが普通である。

 だがサクラは惑星降下能力を持つ。

 整備された場所へ降りるのであれば問題ないのだが、単なる空き地などへ着陸するのであれば、サクラの重量を受け止めることができる場所なのか、事前に地盤の強度などを確認しなければ危険である。

 そんな理由から、例によって下手な調査船よりも高度なセンサーが多数搭載されているのだ。

「なら、上空から調査して、面白そうな場所があれば降りてみる、でどう?」

「ああ、それで良いぞ。サクラ、そういうことで調べてみてくれ」

『了解しました。調査終了までしばらくお待ちください』

 それからしばらく。

 表示された調査結果を見たフィリッツたちは唸っていた。

「ほとんど残ってないんだな」

「そうね。でもほら、場所を選ぶのは苦労しそうにないわよ」

 そう言ったセイナが表示を切り替え、映し出されたのは岩山の麓。

 土砂で覆われたその場所も、センサー画像を切り替えると、岩壁をくりぬくようにして建てられた建物が見えてくる。

「大半は埋まっているみたいだけど、崩れてはいないようだし、かなり頑丈に作られた、重要な場所だったんじゃない?」

「だが、入れるのか? 専用の機械もないし、掘り起こすのは無理だろ?」

「大丈夫。ほら、ここ。三角屋根の先っぽが出てるから、ここから入れると思うわ」

 セイナが拡大した画像には、土砂に埋まった洞窟の天井付近に、建物が僅かに見えていた。

 しかし、そんな場所に入り口なんて存在しないため、そこから進入するのであれば、物理的に穴を空けるしかない。

 考古学者からすれば許されざる行為かもしれないが、どちらかといえばフィリッツたちは探検家。必要であれば破壊行為も辞さない心意気である。

「それじゃ、その近辺に降りてみるか。地盤は?」

『マスターたちが歩く程度は問題ありませんが、さすがに私が機関を停止して着陸するのは難しいですね』

 簡単に言うならば、常に重力制御装置グラビティ・コントローラを作動させておいて、半ば浮いているような状態をキープして置く必要がある、ということだ。

 これであれば、地表の状態に関係なく着陸できるのだが、常にエネルギーを消費し続けるため、燃料を消費してしまうという欠点がある。

「燃料的には問題ないんだよな?」

『はい。次元潜行に使うエネルギーに比べれば誤差の範囲ですね』

「解った。それじゃ着陸してくれ」

『了解しました』

 サクラがそう答えると同時に、船はゆっくりと降下を始めた。

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