1-10. 首輪からの自由

「あーこれこれ!」

 シアンは契約書を一枚抜きだし、そしてビリビリッと破いた。すると、中から一本の細いワイヤーが現れる。

 シアンはそのワイヤーを抜き出すと、レオの首にガッチリとついている金属製の首輪の穴にそっと通した。


 ガチャ!


 首輪は音を立ててはずれ、地面にガン! と落ちて転がった。

「やったぁ!」

 レオは思わず両手のこぶしを握り、ガッツポーズ。

「これで君は自由だよ」

 シアンはニコッと笑った。

「ありがとう、シアン! 恩に着るよ!」

 レオは目に涙を浮かべながらシアンの手を取る。

「自由の国を作るんでしょ? これがスタートだよ!」

 シアンは優しく言った。

「うん! 一緒に作ろう!」

 レオは力強く言った。


        ◇


「おじゃましました~!」

 シアンがそう言って部屋を後にしようとすると、

「ちょっ! ちょっと待ってくださいぃぃ! 戻してくださいよ!」

 アヒルが可愛い声で叫んだ。

 振り返るシアン。

「アヒルはあのままなの?」

 レオはシアンに聞いた。

「放っておけば元に戻るからねぇ」

 シアンはちょっと悩みながらアヒルを見た。

「えっ!? どのくらいで戻りますか?」

 アヒルが必死に聞く。

「次の日蝕にっしょくかな?」

「それって……いつ?」

 レオが聞く。

「三年後……?」

「えぇぇ! そりゃないよ、ねぇさん!」

 アヒルが泣きそうな声を出す。

 悲壮なアヒルを見てレオが言った。

「僕は三年間あなたにいじめられ続けましたけどね?」

「……」

 アヒルは言葉なくうつむく。

 そして、ゆっくりと言った。

「ゴ、ゴメン……。悪かった……」

「まぁ自業自得だねっ!」

 シアンはニコニコしながら言う。

 アヒルは目を閉じてがっくりとうなだれた。相当な苦難が予想される三年、それはジュルダンにとって生まれて初めて感じた絶望だった。

 その様子を見てレオが言う。

「ちょっとかわいそう……かな?」

「そう! かわいそう!」

 アヒルは顔を上げると必死にレオにアピールする。

 シアンはそんな様子をしばらく眺め、アヒルを手にしてボーっと立っていたウォルターに聞いた。

「君はどう思う? 元に戻してあげたい?」

「え? お、俺ですか!? うーん……」

 考え込んでしまった。

「ウォ、ウォルター、今までたくさん世話してやったじゃないか! お前からも頼んでくれ!」

 アヒルは必死である。

「ご主人様は俺の事を奴隷だと馬鹿にして人間扱いしてくれませんでした。食べ物も硬いパンと残飯ばかり。正直不満だらけです」

 ウォルターは淡々と言う。

「あーあ、残念でした!」

 シアンはそう言うと立ち去ろうとする。


「ま、待ってくれ! ……。ウォルター! お前には酒も飲ませてやったじゃないか!」

 アヒルは必死に説得を試みる。

「あれ、飲み残し集めた奴ですよね? 俺、知ってますよ」

「いや、それは……」

 アヒルはうつむいてしまう。

「もちろん、感謝してるところもあります。だから、奴隷たちを人間扱いするって約束してくれませんか?」

 ウォルターはアヒルをジッと見つめて言う。

「……。そうだな……。俺が悪かった……。約束しよう」

 アヒルはうつむきながら神妙に答えた。

 シアンはそのやり取りを見ると、

「ふぅん……。それじゃ執行猶予を付けてあげる?」

 そう言って二人に聞いた。

 ウォルターもレオもゆっくりとうなずく。


 シアンはニッコリと笑い、自身の手を淡く光らせる。そして、アヒルの頭をなで、アヒルにも光をまとわせた。

 すると、アヒルはモコモコと膨らみ始め、やがて太った若い男へと変わっていった。

「おぉ! ねぇさん……、ありがとう!」

 ジュルダンは目に涙を浮かべながらシアンの手を取り、両手で包んだ。

「悪いことすると自動的にアヒルに戻るから気を付けてね」

 シアンはほほえみを浮かべながらも、鋭い目でジュルダンをにらんだ。

「わ、悪いことというのは具体的には……?」

「『これやったら困る人が出るな』ってこと。自分で分かるでしょ?」

「わ、わかり……ました……」

 ジュルダンはうつむきながら答えた。


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