3-10. シャトーブリアン

「シ、シアン様……? なぜ……?」

「あれ? レヴィアどうしたの?」

 シアンはニコニコしながら聞いてくる。

「どうしたって、そのステーキを取りに来たんじゃないですか……」

「へ?」

 シアンは不思議そうな顔をする。

 すると神々しいまでに美しい隣の女性が、ジト目でシアンを見て言った。

「シアン、分身誰か忘れてない?」

 するとシアンは手を叩いて、

「あっ! そうだった、そうだった! 寝ぼけてたよ、ゴメンね」

 そう言って頭をかいた。シアンは同時に複数存在しているので、たまにこういう同期ミスが起こる。ステーキを注文したまま寝てしまった分身の行動が、共有されていなかったのだ。

「私の分が無くなっちゃったじゃないですかぁ……」

 レヴィアはしょんぼりとうなだれる。

「起こしてくれれば良かったのに」

 シアンは無邪気にそう言う。

「起こしましたよ。そしたらタワマンぶった切られたんです」

 レヴィアはちょっとムッとして答える。

「へ? タワマンを?」

「真っ二つになって崩壊しちゃいましたよ」

「それは、大変な事だね……、アチャー……」

 シアンは確認したらしく、額に手を当てた。

「後で直しておいてくださいよ!」

 レヴィアはトゲのある声で言った。

 すると、隣の女性は

「ごめんなさいね。松坂牛のシャトーブリアンを用意させてるから許して」

 そう言って手を合わせてウインクした。

「こ、これはヴィーナ様、恐縮です」

 レヴィアはビビりながら頭を下げた。

 彼女はシアンの同僚で、少し怖い女神様だった。

「では、帰りますよ。あの人ご自分で起こしといてくださいね!」

 レヴィアはシアンにそう言って、タワマンへと帰って行った。


        ◇


 レヴィアがパーティールームに戻ってくると、すでにテーブルの上にはステーキが並んでいた。熱々の黒い鉄板プレートが四つ、ジュージューと美味しそうなおいしそうな音を立てながら煙を上げている。

「いただきまーす!」

 シアンがいの一番に席に着くと、ナイフでステーキを切り始めた。

「おぅ! やわらか~い!」

 歓声を上げるシアン。

 ステーキは表面はカリッと軽く焦げるように焼かれているが、切り口は鮮烈な赤い色のままで、美味そうな肉汁がじわっと浮かんでいる。

「あっ! 僕も!」

 レオ達もやってきてテーブルを囲む。

「シアン様、こちらでも食べるんですか?」

 レヴィアはジト目でシアンを見る。

「別腹だからね!」

 そして肉汁がしたたるぶ厚いレアの松坂牛をほおばり、

「うほぉ! こっちの方が美味い!」

 と、歓喜の声を上げ、恍惚とした表情を浮かべた。


 それを見たみんなは、負けじとステーキにかぶりつく。

「えっ!? これ本当に牛肉ですか?」

 オディーヌがビックリしてレヴィアに聞く。

「これは松坂牛、日本最高級の牛肉じゃよ」

「こんな柔らかくて芳醇なステーキ生まれて初めて……。王宮でも食べられないわ……」

 オディーヌも恍惚として旨味にしびれている。

「かーっ! 美味いっ!」

 レヴィアも感激する。

「レヴィア! 酒だよ酒!」

 シアンがせっつく。

 レヴィアはモグモグとほお張りながら空間を切り、中から赤ワインを出した。

「こんなに美味い牛肉にはこういう重い赤ワインが良さそうですな」

 そう言いながら指先で器用にコルク栓を抜くと、ワイングラスに注いでシアンに渡す。 シアンはクルクルっとワイングラスを回し、空気を含ませると、ふんわりと立ち上ってくるスミレの香りにうっとりし、クッと飲んだ。

 そして、目を大きく見開くと、

「いやこれ、最高だね……」

 そうつぶやくと幸せそうな表情を浮かべ、目をつぶった。


     ◇


 その後何本かワインを開け、ずいぶんいい気分になったころ、シアンがレオに聞いた。

「で、国名はどうするの?」

「えっ? 国名……そうだよね、決めないと……。みんなが喜んでいるイメージの名前がいいんだよね……」

 そう言いながらレオは首をかしげた。

 するとオディーヌはMacBookを叩いて候補を探す……。

「喜び……ねぇ……、ジョイ、デライト、アレグリア……?」

 と、つぶやいた。

「アレグリアか……、少しひねってアレグレア……」

 レヴィアが首をひねりながら言う。

「それはひねったうちに入らないって!」

 シアンが笑う。

 渋い顔のレヴィア。

 レオが続ける。

「じゃあアレグリト……、アレグリル……、アレグリス……、ん!? アレグリスはいいかも!」

 レオはうれしそうにみんなを見回す。

「あっ、大切なことなんだからじっくり考えて!」

 慌てるオディーヌ。

「僕はいいと思うよ~」

 シアンは赤ら顔でそう言って、ワイングラスをキューっと空けた。

「喜びの大地、アレグリス……ね。いい感じじゃな」

 レヴィアはちょっと渋い顔で言った。

「意味も音もいいんだからこれにしよう!」

 レオはうれしそうにグッとこぶしを握った。

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