3-6. 寿司の洗礼

 昼過ぎには主要部の電気と水道が開通したので、一行はタワマンに入る。

 大理石造りの広いエントランスには間接照明が上品に並んでおり、脇の壁面には滝のように水が流れ、まるで高級ホテルのロビーのようだった。

「うわぁぁぁ……」「すごい……」

 レオもオディーヌも瞳をキラキラさせながら歩く。

 

「こっちだよ~」

 シアンが案内する先にはエレベーターホールがあった。

 ポーン! とエレベーターがやってきて、レオが恐る恐る最上階のボタンを押す。

 高速に上昇するエレベーター。

「耳がツーンとするね……」

 レオがシアンに言う。

 シアンはそっとレオの頬をなで、耳を治した。


 ポーン!

 あっという間に五十階に着く。

 長い廊下の角部屋まで行ってドアを開けると、豪華なメゾネットつくりのパーティールームになっていた。窓の向こうには海が見え、風力発電の巨大な風車とどこまでも続く水平線が広がっている。

「うわぁ!」

 レオは走って窓に張り付くと、しばらく真っ青な海を眺めていた。

 オディーヌは辺りをキョロキョロと見回しながら、皮張りのソファーに無垢一枚板の大きなテーブル、シックな間接照明など豪華な調度品に圧倒されていた。そして、

「どこの部屋もこうなの?」

 と、シアンに聞いた。

「ここは特別な共用のパーティールーム。他の部屋はこんなに広くないよ。でも、家具はここと同じだよ」

「全部この家具なの!? すごい……贅沢ね……」

 そう言って絶句した。

 もちろん、王宮の家具や調度品は金をあしらってあったりして豪華ではあるが、オディーヌにはシンプルでシックなこの部屋の方が上質に感じられてしまっていた。

 スラムの人たちがこんな素敵な部屋で贅沢な家具を使うようになる。それは特権階級として君臨していた王族としては、なかなかに受け入れがたい想いがあるようだった。


        ◇


「お昼にするぞー」

 レヴィアはそう言って、シアンに頼まれた握りずしを持ってきてテーブルに並べた。

「うわぁ、綺麗……。でもこれは……何?」

 レオが聞く。

「これは生の魚じゃな」

「えっ!? 魚は生で食べちゃダメなんだよ!」

 驚くレオ。

「わはは、日本の寿司はその辺考えて作られとるから安全じゃよ」

「いただきまーす!」

 シアンが大トロをつまんでパクリと一口でいく。

「えっ!? 手で食べてる!」

 レオはビックリ。

 そして、シアンは目をギュッとつぶって、

「うほぉ……、うまぁぁ……」

 と、恍惚とした表情を見せる。

「寿司は手で食べてもいいんじゃが……我ははしで行かせてもらう」

 レヴィアはサーモンを取って食べた。

「サーモンから行くの? おこちゃま? プクク……」

 シアンが冷やかす。

 レヴィアはモグモグと味わいながら、

「おこちゃまでもいいんです! 美味い物から行くんです。そもそも、最初はタイかヒラメが王道ですよ?」

 と、言い返した。

「ふーん、そうなんだ……」

 そう言いながらシアンはまた大トロをつまんだ。

「あー! ダメですよ! 大トロは一人一つです!」

 レヴィアが突っ込む。

「ふーん、そうなんだ……」

 そう言ってシアンはパクリと食べた。

「もぉ……。お主らも早く食べて! 全部喰いつくされちゃうよ!」

 レヴィアはレオとオディーヌに言った。

「じゃあ一つ……」

 レオは恐る恐るカンパチを手で取り、醤油をつけて食べる……。

「……、ぐっ!」

 レオは急に真っ赤になって洗面台に走った。それを見たシアンは、

「レヴィア、ワサビ抜かなきゃ……」

 そう言いながらサーモンをつまんだ。

「え? 私のせい?」

 レヴィアは少し困惑し……、トボトボとせき込んでいるレオのところへ行き、背中をさすった。


「えっ? 何があったんです?」

 オディーヌはシアンに聞く。シアンはマグロのネタをはがして、緑色のワサビを見せた。

「この香辛料がね、美味しいんだけど辛いんだよ。オディーヌも辛いの苦手ならはがして食べて」

「そ、そうなのね……」

 オディーヌはそう言うとマグロの赤身を持ち上げ、しげしげとワサビを眺めた。

 そして、丁寧にワサビをはがし、マグロの赤身を恐る恐る食べる……。

「あら……。美味しい!」

 オディーヌは目を輝かせて言った。

「美味しいでしょ。僕、ここの寿司はお気に入りなんだ」

 そう言ってシアンはニコッと笑うと、えんがわをつまんだ。

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