1-14. 騎士こん棒

「オディーヌは何が得意?」

「そうね……。国際情勢や外交の情報持ってるし、本もたくさん読んできたわよ」

「それは頼もしいなぁ。お金の仕組みも分かる?」

「経済学ね、ちゃんと勉強したわよ! 銀行に証券に信用創造……」

「うわぁ、それはすごいね。シアン、どうかな?」

 ケーキをパクついていたシアンは、

「うん、外交と財務担当かな? 王様にはどう説明する?」

 そう言ってオディーヌを見る。

「うーん、こういうのはどうかしら? ドラゴンの領地に我が国ニーザリを代表して研修に行くって形にするの」

「なるほど、研修ね。いいかも」

「じゃあ、財務大臣と外務大臣はオディーヌね。よろしく!」

 レオはうれしそうに言った。


         ◇


 ドタドタドタと、廊下の方から足音が響いてきた。

 レオとオディーヌは顔を見合わせて不安な表情を浮かべる。


 バーンとドアが開き、王子が戻ってきた。今度は騎士団一行を連れてやってきたのだ。


「王族を侮辱する魔女め! ニーザリ最高の剣士を連れて来た。成敗してやる!」

 ドヤ顔の王子。

 シアンはそんな言葉を無視し、ひたすらケーキを楽しんでいる。

 王子は、隣の鎧を着こんだアラフォーの剣士とアイコンタクトを取ると、剣士が前に出てきた。

「お嬢さん、お手合わせをお願いします……」

 シアンはチラッと剣士の方を見て、

「ふぅん、勝負するんだ?」

 そう言うと、立ち上がり、フォークで刺したケーキをパクッと食べ、ニヤッと笑って見せた。そして、フォークを指先でクルクルっと回し、

「どこからでもどうぞ」

 そう言ってうれしそうに笑った。

「お嬢さん……、剣は?」

 剣士は怪訝けげんそうに聞いてくる。

「僕はこれで十分」

 そう言ってフォークを指先でピン! と弾き、空中をクルクルと回転させると親指と人差し指でつまみ、剣士に向けた。

 剣士はバカにされたとムッとし、剣をスラっと抜いて構える。

 ニコニコしてフォークを構えるシアン、全身に気合をみなぎらせ中段に構える剣士……。

 部屋中に緊迫した空気が満ちる。

 剣士は細かく剣をゆらし、タイミングを計る。シアンはそれに合わせて指先で持ったフォークをまるで指揮者のようにゆらす……。

 レオもオディーヌも手に汗を握って推移を見守った。


 すると、剣士は脂汗をたらたらと流し始める。

「どうした! 何やってる!」

 王子が喚く。

「くっ!」

 剣士がそう言いながら軽くステップを踏み始める。

 シアンはフォークを振りながら、ニコニコとうれしそうにそれを見ていた。


 しかし、剣士は斬り込む事が出来なかった。シアンのフォークの動きが剣士の剣の動きに完全にシンクロしていたのだ。フェイクを入れてもフェイントを入れても遅れることなくついてくる……。

 人間は腕を動かそうと思ってから筋肉が反応するまで百分の五秒かかる。動きを見て、判断して、合わせようと思ったらもっと遅れる。にもかかわらず、全く遅れることなく完全にシンクロしている。シアンが剣士の動きを事前に読んでいるとしか思えなかった。そして、そんなことができるとしたら……それはもはや人間ではないし、とても勝てるような相手じゃないのだ。


 やがて剣士は汗びっしょりになり、剣を下ろし、頭を下げて言った。

「参りました……」

 シアンはそれを聞くとうれしそうにうなずいた。


「おい! お前! ふざけんなよ! 何もやってないじゃないか!」

 王子は剣士を叱責しっせきする。

「彼女は私の動きをすべて見切っています。とても人間技には思えません。少なくとも人では勝てません」

 剣士はそう言うとうなだれた。

「もういい! お前ら一斉に斬りかかれ!」

 王子は周りの騎士に命令した。

 レオとオディーヌは真っ青になって逃げ、五、六人の鎧をまとった騎士たちは一気にシアンに斬りかかる。

 シアンはニヤッと笑い、先頭の騎士の足元に素早く滑り込んで斬撃をかわすと、足首をガシッと持って持ち上げる。

「うわぁ!」

 喚く騎士。

 あまりにも異様な出来事に騎士たちの動きが止まる。すると、シアンはつかんだ騎士をまるでこん棒のように振り回した。

「ぐわぁ!」「ひぃ!」「やめろぉぉ!」

 阿鼻叫喚となる室内。

 ブウンと振り回され打ち付けてくる騎士に、後続の騎士たちはかわす間もなく打ち倒されていった。

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